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見もの・読みもの日記

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「中国史」を超えて/唐:東ユーラシアの大帝国(森部豊)

2023-04-19 23:31:35 | 読んだもの(書籍)

〇森部豊『唐:東ユーラシアの大帝国』(中公新書) 中央公論新社 2023.3

 めちゃめちゃ面白かった。何度も読んできた唐の歴史なのに、なぜ、こんなに新鮮で面白かったのか。従来の標準的な歴史は、後世の中国人が編集した典籍史料をもとに書かれてきた。しかし20世紀以降、敦煌やトルファンで見つかった同時代の文書史料、中国全土で見つかっている石刻資料(墓誌など)によって、唐の歴史像は大きくアップデートされているのだという。

 本書は、唐の歴史を「中国史」ではなく、東ユーラシアに展開した歴史としてとらえなおすことを目指す。このとき、重要な画期となるのが「安史の乱」である。安史の乱以前の唐の歴史は、「中国本土」(漢人の住む空間)の北部とモンゴリア、マンチュリア、そして東トルキスタンまでを舞台に展開する。安史の乱以後は、長江流域の存在感が増し、唐は黄河流域と長江流域のみを統治する王朝へと変化している。

 本書の記述は、唐の建国から始まる。隋唐革命が成功した要因のひとつが、ソグド人の協力であるという指摘がおもしろかった。太原の南の介州にあったソグド人のコロニーが李淵の挙兵に従ったことが、あるソグド人の墓誌から明らかになったという。次いで、固原や武威のソグド人集団も李淵に帰順している。

 このあたり、私はさまざまな中国ドラマを思い出しながら読み進んだ、武周時代の記述で、武攸寧、武攸暨の名前を見たときは『風起洛陽』を思い出して、色めき立ってしまった。安史の乱前夜「絢爛たる天宝時代」といえば『長安十二時辰』である。玄宗が政治への情熱を失った頃、モンゴリアでは突厥第二帝国が滅亡し、ウイグル帝国が誕生するという大事件が起きていた。このことが大規模な人間の移動を引き起こす。

 安禄山が拠点とした幽州(河北)には、ソグド人商人・突厥遺民・奚(けい)・契丹など、遊牧系・狩猟系の人々が集まっていた。安史の乱は、彼らエスニック集団の独立運動とみることもできる。唐朝では粛宗が即位し、西域方面に唐軍への参加を呼び掛けた。これにアラブ兵(大食)、ソグド人、東方シリア教会のキリスト教信者などが応え、不空の密教集団も協力している。最終的にウイグル軍が唐軍に参じたことで安史の乱は終結する。しかしその直後、唐朝はチベット軍の侵攻を受け、一時的とはいえ長安を占領されてしまう。チベットも、古くはふつうに好戦的な国家だったのだな。

 安史の乱以後、代宗・徳宗のもとで塩の専売や漕運改革が進められ、唐は財政国家に面目を改めたが、藩鎮の独立割拠を収めることはできなかった。一方、外交面では北のウイグル、西南の南詔、西アジアのアッパース朝等と結んでチベット帝国を封じ込めようとした。この壮大なプランを献策したのは宰相の李泌で(『長安十二時辰』の李必!)、穆宗の時代に唐・チベット・ウイグル三国の講和条約となって実を結ぶ。ああ、ラサへ「唐蕃会盟碑」を見に行きたいなあ。

 唐の滅亡まであと8代。本書は丹念にその衰退と混迷の様子を描いていく。ダメな皇帝列伝といえば明朝だと思っていたが、唐朝の終盤もなかなかのものだ。「会昌の廃仏」で知られる武宗は、道教を除く全ての宗教を排斥の対象とし、三夷教と呼ばれた景教(キリスト教)・祆教(ゾロアスター教)・明教(マニ教)は中国から姿を消してしまう。お~金庸の武侠小説でおなじみ、明教はここで邪教と認定されるのだな。安史の乱によって国力が衰退し、漢民族と非漢民族の対立が深刻化するにつれ、初唐の国際性や普遍性が失われ、「華夷思想」が表面化していく。

 やがて高仙芝・黄巣ら賊徒が登場し、中国全土を荒らしまくる。黄巣軍は広州に侵攻し、広州在住の中国人だけでなく、12~20万人に及ぶイスラーム教徒、ユダヤ教徒、マズダク教徒を殺害したことが、イスラーム史料によって知られるという。黄巣の長安占拠にあたっても、いたるところで人々が殺された。中国の歴史を読んでいると、こういう衰退の時代に生まれ合わせたら、何もどう頑張っても長くは生きられない感じがする。黄巣軍は李克用に討伐されたが、唐の命運はほぼ尽きていた。

 唐の後には「五代十国」と呼ばれる時代が来るのだが、北中国の「五代」は李克用と同系統の沙陀部族出身の王朝で、南中国の「十国」は黄巣と同様、河南から江淮の群盗や塩賊の出身であるという。後者については、玄宗の時代、この地に六州胡(ソグド系突厥)が移住させられていたというのも気になるところだ。

 ぼんやり「国際色豊か」くらいに考えていた唐のイメージの解像度がどんどん上がって、素晴らしく面白い1冊である。やっぱり歴史は何度でも書き直され、読み直さなくてはならないと思う。

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