見もの・読みもの日記

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新・華夷秩序の目論見/「反日」中国の文明史(平野聡)

2015-02-08 23:11:50 | 読んだもの(書籍)
○平野聡『「反日」中国の文明史』(ちくま新書) 筑摩書房新社 2014.9

 ちょっと微妙な匂いのする本だった。著作が、という意味ではなく、パッケージ商品として。「『反日』中国」というタイトルや、カバー折り返しの概要紹介の「『驕った大国』の本質」という表現は、売れ筋の嫌中・嫌韓本と誤解されかねない感じがした。しかし、平野聡さんの過去の著作、『清帝国とチベット問題』や『大清帝国と中華の混迷』は、普通に納得できる中国研究だったことを思い起こして、読んでみることにした。

 序章は、2013年に始まった習近平の「中国夢」キャンペーン(中華民族、あるいは中華文明を主人公とする国威発揚、愛国運動)を紹介する。私は最後に中国に旅行したのが2012年なので、それ以降の中国情報に乏しい。習近平体制になって、好ましくない方向に向いていると漠然と感じていたが、こんな自己肥大が進んでいるのかと呆然とした。

 中国の自文明に対する過剰な信仰はなぜ生まれ、正当化され、近代の苦痛・煩悶を通じて、あらためて強化されているのか。著者は、一気に中国文明の源流に遡る。「五帝」伝説に始まり、夏・殷・春秋・戦国…。これ、中国史好きの私は面白かったが、「反日」中共国家への批難だけを聞きたかった読者には退屈だろうなあ。

 やっぱりポイントは清だろう。満洲人皇帝が、儒学的天子、仏教王、イスラームの保護者という複数の顔を使い分け、多様な文化集団を支配下においてきたという、なかなか日本人には分かりづらい体制。重要なのは、漢字と儒学の「中華」は内陸アジアには広がらなかった事実である。温暖な農耕社会では経験知が物を言うから、年長者や上下の秩序を重んじる中国文明には適合性がある。しかし草原に生きる遊牧民族にとっては、長幼・上下の序を尊ぶ文明など「命取り」である。文明というものは、どれほど影響力を持つとしても、それが生まれた自然・社会環境に左右され、やがてある一定の範囲で広がるのを止める。このように冷静に説かれると、全くその通りだと思った(少なくとも近代以前に源流を持つ文明については)。

 さて近代である。中国文明の大前提である「天理」としての上下秩序は、西洋近代文明の衝撃によって、直接には、いちはやく近代国家関係に適応した日本の出現によって、打撃を受ける。その体験が、今日中国の抱く不満の根源なのである。日清戦争は、単なる地域紛争ではなく、「国際関係は対等であるべきか、それとも上下関係であるべきか」という妥協なき矛盾をめぐる、文明の衝突であったと著者は捉える。

 日本への敗北で始まった中国の近代は「日本の近代の模倣」として展開する。社会改良、啓蒙主義、新文化運動から国民党、中国共産党の成立。毛沢東独裁の下に展開された計画経済、大躍進、文化大革命という動乱の時代。ここで著者は小休止して、そもそも上下秩序(礼)を基本とする中国文明は「国民づくり」に向いていないことを指摘する。統治の責任を負うのは皇帝と一部のエリートのみで、庶民のほとんどは、家族・朋友・信仰などのネットワークに安住している。「中国文明のもとでは個人は竜のように強い。しかし互いをつなぐものは弱くバラバラである」というのは、とてもよく分かる。実のところ、私が伝統中国に愛着を持つのは、まさにこの特質によるのだから。

 さらに本書は、毛沢東の死、華国鋒体制、小平と胡耀邦による改革開放、六四天安門事件と、20世紀末から今世紀への中国政治社会の変動を一瀉千里に駆け抜ける。これほどの多事多端の中で、共産党の独裁体制がなぜ崩壊しなかったか、その解説は興味深い。しかし、さすがに今日、中国全体を覆う不正や環境破壊は、人々の不安を呼び覚ましている。それゆえ、中共政府はナショナリズムに頼り、新・華夷秩序(上下関係の国際秩序)を導入しようとしている。ううむ、21世紀になっても「上下秩序」を持たない、対等の二国間関係というのが受け入れられないのだな。困ったことに。しかし、それは19世紀の帝国主義国家の繰り返しでしかない。日本国民がななすべきことは、このような権力に抵抗し、法治と開かれた社会を求める中国の多くの人々に声援を送ることだという著者の提言に同意する。どっちへ行くんだ、中国。

 琉球=沖縄、朝鮮半島、尖閣諸島などの個別地域問題についても詳しい解説あり。意外と袁世凱が高い評価を受けていたことも興味深かった。民国の初期、退位させた満洲人皇帝が引き続き紫禁城に住むことを許し、「清室優待、満蒙回蔵各族優待」策をとったのは、清の生え抜き官僚である袁世凱だからできたことで、広東出身の孫文にはできなかっただろうという。なるほど。
コメント
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