○東京国立博物館 本館・特別5室 特別展『みちのくの仏像』(2015年1月14日~4月5日)
週末、暴風雪の合間をくぐりぬけるように東京に行って、戻ってきた。最重要のお目当てはこの展覧会。東北地方の各県から19件の仏像・神像がおいでになっている。冒頭には、岩手・天台寺の温容な聖観音菩薩立像。いわゆる鉈彫り仏。ただし、なめらかな木肌と鉈彫りの縞模様を巧みに使い分けている。天台寺の別の如来立像は、あまりにも簡素な、すっぽり肉体を覆った着衣の表現が特徴的。身体の中央に入ったS字型の割れ目に幻惑されるため、腰をひねって踊っているようにも見える。
宮城・双林寺の薬師如来坐像は、彫りの深い顔立ち、ひきしまった腰が、どことなく異国的。東日本大震災では、余震の際に、脇侍の天王像が主尊に倒れかかり、両像とも破損したが、2年かけて修復されたとのこと。よかった。何しろ、本展に出陳されている仏像を見ると古いので驚く。前半はどれも平安仏。この薬師如来などは9世紀の作である。ええと、小野篁とか在原業平の時代! 畿内にだって、滅多にある時代の仏像ではない。というか、むしろ京都の周辺では、相次ぐ戦乱で焼けてしまったものが多いのでないか。
福島・勝常寺の薬師如来坐像と両脇侍立像も9世紀作だ。厚い胸板、太い首、充実した頬。額が狭く、小さめの唇をへの字に曲げている。全体に均等に盛り上がった螺髪。災害や疫病に対して全く無力だった当時の庶民のことを考えると、こういう圧倒的な肉体への畏敬の念は理解できる。薬師如来って、しょせん現世利益だよね、と軽視していた時期もあったけれど、だいぶ考えをあらためた。年を経て、板彫りの「本性」があらわになりつつある光背も見どころ。
岩手・黒石寺の薬師如来坐像も、また別タイプの堂々とした造形である。あまり人間性を感じさせない造形は、神像に近いのかもしれない。この像の内刳りには「貞観四年」(862)の墨書がある。まず単純に古いことに驚くが、貞観11年(869)に東北を襲った「貞観地震」を体験しているという解説を読んで呆然とした。2011年の東日本大震災では、もう少しで台座から落ちるところだったそうだ。「千年に一度」の大地震を二度くぐりぬけたという奇跡に、手を合わせたくなった。
小ぶりな岩手・毛越寺の訶梨帝母坐像、青森・恵光院の女神坐像はたぶん初見。垂髪のずんぐり幅広の女神坐像は、最近の調査で見つかったものだという。興味深かった。山形・慈恩寺からは、十二神将立像のうち4体(丑・寅・卯・酉)が来臨。ちょっと次元の違うカッコよさ。「これはイケメンだな~」という観客の声も聞かれた。半裸体の細マッチョな卯神は、頭上の球形のウサギとのギャップに萌える。円空仏も3体来ていたが、ノミ跡の荒々しい後期の作品と異なり、繊細で丁寧な仕上げであるのが面白いと思った。
このほか、心に残ったのは、特別2室・特別4室の特別展『3.11大津波と文化財の再生』(2015年1月14日~2015年3月15日)。 被害日本大震災における被災文化財と、その補修・復元成果を紹介する。あとは『綱絵巻』(室町時代)や伝・狩野元信筆『商山四皓竹林七賢図屏風』を楽しむ。蕪村も池大雅も玉堂もよいなあ。
東洋館(アジアギャラリー)では、いつものように 8室(中国の絵画)に直行し、清代絵画を中心とする『倣古と模作』(2015年1月27日~2月22日)を楽しむ。有名絵画の模倣と言えば「蘇州片」しか知らなかったが、明清文人画の模倣に優れた「河南造」、宮廷絵画の倣古に優れた「後門造」(北京・紫禁城の後門地区)などのテクニカルタームを新たに覚えた。
週末、暴風雪の合間をくぐりぬけるように東京に行って、戻ってきた。最重要のお目当てはこの展覧会。東北地方の各県から19件の仏像・神像がおいでになっている。冒頭には、岩手・天台寺の温容な聖観音菩薩立像。いわゆる鉈彫り仏。ただし、なめらかな木肌と鉈彫りの縞模様を巧みに使い分けている。天台寺の別の如来立像は、あまりにも簡素な、すっぽり肉体を覆った着衣の表現が特徴的。身体の中央に入ったS字型の割れ目に幻惑されるため、腰をひねって踊っているようにも見える。
宮城・双林寺の薬師如来坐像は、彫りの深い顔立ち、ひきしまった腰が、どことなく異国的。東日本大震災では、余震の際に、脇侍の天王像が主尊に倒れかかり、両像とも破損したが、2年かけて修復されたとのこと。よかった。何しろ、本展に出陳されている仏像を見ると古いので驚く。前半はどれも平安仏。この薬師如来などは9世紀の作である。ええと、小野篁とか在原業平の時代! 畿内にだって、滅多にある時代の仏像ではない。というか、むしろ京都の周辺では、相次ぐ戦乱で焼けてしまったものが多いのでないか。
福島・勝常寺の薬師如来坐像と両脇侍立像も9世紀作だ。厚い胸板、太い首、充実した頬。額が狭く、小さめの唇をへの字に曲げている。全体に均等に盛り上がった螺髪。災害や疫病に対して全く無力だった当時の庶民のことを考えると、こういう圧倒的な肉体への畏敬の念は理解できる。薬師如来って、しょせん現世利益だよね、と軽視していた時期もあったけれど、だいぶ考えをあらためた。年を経て、板彫りの「本性」があらわになりつつある光背も見どころ。
岩手・黒石寺の薬師如来坐像も、また別タイプの堂々とした造形である。あまり人間性を感じさせない造形は、神像に近いのかもしれない。この像の内刳りには「貞観四年」(862)の墨書がある。まず単純に古いことに驚くが、貞観11年(869)に東北を襲った「貞観地震」を体験しているという解説を読んで呆然とした。2011年の東日本大震災では、もう少しで台座から落ちるところだったそうだ。「千年に一度」の大地震を二度くぐりぬけたという奇跡に、手を合わせたくなった。
小ぶりな岩手・毛越寺の訶梨帝母坐像、青森・恵光院の女神坐像はたぶん初見。垂髪のずんぐり幅広の女神坐像は、最近の調査で見つかったものだという。興味深かった。山形・慈恩寺からは、十二神将立像のうち4体(丑・寅・卯・酉)が来臨。ちょっと次元の違うカッコよさ。「これはイケメンだな~」という観客の声も聞かれた。半裸体の細マッチョな卯神は、頭上の球形のウサギとのギャップに萌える。円空仏も3体来ていたが、ノミ跡の荒々しい後期の作品と異なり、繊細で丁寧な仕上げであるのが面白いと思った。
このほか、心に残ったのは、特別2室・特別4室の特別展『3.11大津波と文化財の再生』(2015年1月14日~2015年3月15日)。 被害日本大震災における被災文化財と、その補修・復元成果を紹介する。あとは『綱絵巻』(室町時代)や伝・狩野元信筆『商山四皓竹林七賢図屏風』を楽しむ。蕪村も池大雅も玉堂もよいなあ。
東洋館(アジアギャラリー)では、いつものように 8室(中国の絵画)に直行し、清代絵画を中心とする『倣古と模作』(2015年1月27日~2月22日)を楽しむ。有名絵画の模倣と言えば「蘇州片」しか知らなかったが、明清文人画の模倣に優れた「河南造」、宮廷絵画の倣古に優れた「後門造」(北京・紫禁城の後門地区)などのテクニカルタームを新たに覚えた。