見もの・読みもの日記

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科学的精神と愛国/天災と国防(寺田寅彦)

2014-05-20 23:34:51 | 読んだもの(書籍)
○寺田寅彦『天災と国防』(講談社学術文庫) 講談社 2011.6

 引き続き、明治人の著作を読む。「天災」と「国防」は、どちらも2014年現在の日本にとって、大きな課題である。「天災」は、2011年の東日本大震災と福島原発事故が解明も解決もしておらず、日に日に混迷を深めているように見えるし、「国防」については、解釈改憲による自衛隊のあり方の変更が(実現してほしくないが)焦眉の急として迫っている。

 本書は、寺田寅彦(1878-1935)の著作から、災害に関するものを集めて再構成している。冒頭の一編が「天災と国防」と題した昭和9年(1934)11月発表のエッセイ。昭和9年といえば、前年に日本軍(関東軍)の熱河省侵攻、国際連盟からの脱退があり、「非常時」が合言葉になった年だ。その同じ年に、函館の大火(1934年3月)や室戸台風(同9月)などの激甚災害が日本の国土を襲っていたことは、あまり認識になかった。

 著者は、われわれが忘れがちな重大な要項として「文明が進めば進むほど天然の暴威による災害がその激烈の度を増す」という事実を指摘する。なぜなら、文明が進むに従って人間は自然を征服しようという野心を起こす。文明の力を買い被って、過去の経験を大切にしない。人間社会が複雑化したため、その一部が損傷を蒙ると、全体に有害な影響を及ぼす。ああ、いちいちその通りだ。

 怖いのは、今度の風害(室戸台風)が「いわゆる非常時」の最後の危難の出現と時を同じゅうしなかったのは何よりのしあわせであった、と著者が書いていること。この狭い国土に、戦争と天災が同時に襲ってきたら、その結果は「想像するだけでも恐ろしいこと」だ。21世紀の今日にも、絶対に引き起こしてはならない事態だと思う。

 「砲弾弾雨の中に身命を賭して敵の陣営に突撃するのもたしかに貴い日本魂(やまとだましい)であるが(略)天然の強敵に対して平生から国民一致協力して適当な科学的対策を講ずるにもまた現代にふさわしい大和魂の進化の一相」であり、「二十世紀の科学的文明国民の愛国心の発露にはもう少しちがった、もう少し合理的な様式があってしかるべきではないか」と著者は述べる。科学的「防災」の心構えを推奨すると同時に、浮足立って、合理性のない戦争に突入しようとする世間に厳しい「否」を突き付けている。表面は冷静だが、科学者の凄みが感じられる文章だ。

 「災難雑考」は、災難事故の原因究明について。多くの場合、責任者に対するとがめ立て、責任者の弁明ないしは引責だけで、その問題が落着した気になってしまうのは、今も昔も変わりないようだ。この通例に反して、しっかりした事故原因の解明がなされた例として、旅客機「白鳩号」の事故調査が上がっている。Y教授というのは岩本周平らしい。

 著者が実際に天災に遭遇した記録も採録されている。昭和10年(1935)7月の静岡地震では、わざわざ東京を急行で経ち、被害の様子を見に行っているのに驚いた。同年8月には、軽井沢に滞在中、浅間山の噴火に遭遇する。そして「震災日記より」は、大正12年(1923)8月24日から始まり、9月1日の関東大震災を経て、9月3日までの日記。9月1日、上野二科展を見て、喫茶店で紅茶を飲んでいるとき、地震が起きる。足の裏に感じた振動、建築の揺れ具合が、詳細に描写されている。すごいな。科学者って、自分の周囲の諸現象を、いつもこんなふうに観察しているものなのか。夕方、大学の様子を見にいくと「図書館の書庫の中の燃えている様が窓外からよく見えた。一晩中くらいはかかって燃えそうに見えた」という。そんなにひどい火災でありながら「あたりには人影もなくただ野良犬が一匹そこいらにうろうろしていた」というのが、何かシュルレアリスムの絵画のように思い浮かんだ。

 たぶん関東大震災の経験を踏まえてのことだと思うが、「流言蜚語」という一編には、大地震、大火事の際に「暴徒が起って東京中の井戸に毒薬を投じ、主要な建物に爆弾を投じつつあるという流言が放たれたとする」という仮定に基づく一段がある。科学的常識に基づき、概念的な推算をしてみれば、地震の発生にあわせてそんな準備をしておける可能性が著しく低いことは想像がつく。活きた科学を身につけているかどうかは、事に臨んで現れるものだ。

 結局、「科学」というのは、ノーベル賞を取るような大学者だけに関係する事項ではなく、市井に生きる一人ひとりが身につけなければいけない教養なのだな、ということを本書を読みながら強く感じた。そして、天変地異の多いこの国土に住む国民として、過去の経験に学び、流言に惑わされず、科学的態度をもって、防災の調査研究と応用・普及にあたる者こそ「愛国」精神の発露と呼ぶにふさわしい。科学の背骨のない盲目的な熱狂は、愛国でも何でもないのだ。
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青年は苦労する/青春の夢と遊び(河合隼雄)

2014-05-20 00:35:50 | 読んだもの(書籍)
○河合隼雄著、河合俊雄編『青春の夢と遊び』(岩波現代文庫:〈子どもとファンタジー〉コレクション VI) 岩波書店 2014.3

 私が河合隼雄さんの本をよく読んでいたのは、1970年代後半から1980年代だったと思う。自分の発達段階でいえば、児童期を終えて青年期にいた頃だ。「あとがき」によれば、著者はこれまで『子どもの宇宙』『大人になることのむずかしさ』『中年クライシス』『老いのみち』『生と死の接点』と人生の諸段階についての本を書いてきたが、「青春」のところだけが抜けていた。それは「私にとって苦手な話題」だったからだという。

 青年期は子どもと大人の中間帯である。心理学では22歳まで、あるいは遅くとも26歳までと定義されるが、現代の学生たちの中には、30歳までとか35歳までと考える者もいる。近代以前は「大人」と「子ども」の区分が明確であったから、通過儀礼を経て大人の社会に加入するまでは全て子どもだった。近代以降、社会も「進歩」するものと考えられるようになってから、大人の予備軍である青年期が、急にクローズアップされるようになった。

 著者は、田中康夫の『なんとなく、クリスタル』、吉本ばななの『TUGUMI』『アムリタ』、村上春樹『羊をめぐる冒険』、大江健三郎『キルプの軍団』、今江祥智『牧歌』などの小説作品を次々に読み解きながら、現代の青年がどのような現実のもとに生きているかを考える。比較の素材として、明治の青年を描いた夏目漱石の『三四郎』や、ドイツ・ロマン派の作家ホフマン(1776-1822)の『黄金の壺』も取り上げられている。私は現代作家の小説をほとんど読まないのだが、こういう分析的な読解を追うのは面白いと感じる。読書としては邪道だな。

 いちばん面白く感じたのは、『黄金の壺』を通して語られる青年期の「不器用さ」についてだった。主人公のアンゼルムスはなぜ不器用なのか。彼は無能ではない。将来を期待されている、成績優秀な大学生である。にもかかわらず、「夢」を実現する機会を潰してしまうのは、彼の知らないところで、もっと深い次元の「夢」が彼を捉えているからだ。青年が夢破れて八方ふさがりと思ったり、自分の不器用さに腹が立つときは、自分を捉えようとしている「夢」は何かを考えてみるとよい。逆に器用な青年というのは、「夢」などあまり持たず現実を処理していく、あるいは本人にとって実現しやすい「夢」をうまく選ぶものだという。

 これは、自分が忘れかけていた実感にぴたりと合っていて、興味深かった。私は「夢」を諦めた頃から、不器用さに悩まなくてよくなったような気がする。そして、いまの教育(学校、および社会で働き始めた青年を待っている教育システム)は、表向きは「夢」を持つことを推奨しながら、徹底的に「不器用」を排除する体制になっているのではないかと思う。

 ここでいう「夢」は将来についての漠とした希望や願いを指しているが、夜見る夢は、意識のより深い次元を表しており、将来についての希望と無関係ではない。仏師の西村公朝氏は、日本軍の兵士として中国に行き、疲労の極みで行軍しながら眠っていた時、夢を見た。彼の右側に何百何千という破損した仏像が悲しそうな表情で並んでいる。その前を歩きながら「あなた方は私に修理をしてほしいのなら、私を無事に帰国させてください」と言ったところで目が覚める。そして、帰国後、西村氏は多くの仏像の修理に専念することになった。「これは素晴らしい夢である」と著者はいう。確かに、感動的な夢だ。そして「夢を生きる」ためには、大変な努力を必要とすることも忘れてはならない。

 もうひとつのテーマ「遊び」については、大学のクラブの教育的意義を論じたところが印象的だった。日本の学校教育は、人間が実際に生きていく上で役に立つことを教えてくれないので、クラブ活動にはそれを補償する意義がある。このように考えている大人は、今日でも多いように思う。しかし著者は、日本のクラブ集団の多くが、母性原理の強い、したがって全体的な統一感が優先され、個人の生活や個人の意志が無視されやすいことに危惧を表明している。「そろそろ現代の青年たちは伝統的母性集団の倫理を改変するための努力を払ってもいいのではなかろうか」と提言されているが、この文章が書かれたのが1994年。この点は、20年経っても、遅々として変化が進まないなあ、と思う。
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