この日は慶州南山(ナムサン)で石仏巡りハイキングの予定。最も天候が気にかかる1日である。これまで我々の中国ツアーは、五台山、長白山、峨眉山など「名山に登ると雨に遭う」ジンクスにつきまとわれてきた。唯一、好天に恵まれた泰山ツアーはIKさんが不参加だったため、以来、IKさんに雨男の嫌疑が懸かっている。
3つの御陵が縦一列に並ぶ三陵に到着すると、果たして雨が落ち始めた。しかもハイキングコースの入口である三陵谷は、昨夜の雨で通行止めだという。拝里三尊と呼ばれる石仏を拝観しながら雨止みを待つ。曲水の宴の址といわれる鮑石亭(ポソクチョン)(それにしては回転寿司のカウンターみたいに小規模)の脇から別ルートがあるという情報を得て、「まあ、行けるところまで行ってみましょう」と気楽に断ずる宋さん。これから何時間歩くつもりなのか?どんな道なのか?何があるのか?よく分からないまま、我々は素直に付き従う。
次第に上り坂になってはいくものの、比較的なだらかな道が続く。途中、山林保安員のお兄さんに「そんなペースで歩いていたら日が暮れるよ」と揶揄されたり、日本語の分かるおじいちゃんの登山グループと連れ立ったりする。しかし、石仏巡りと聞いていたわりには、一向にそれらしいものに当たらない。
最初の目的地の茸長寺(ヨンジャンサ)址と呼ばれる地点が近くなった頃、中学生くらいの男の子たちの遠足集団に取り囲まれた。山ザルみたいに身軽で元気な男の子たちを、これも元気で声の大きい女の先生が引率している。狭い急坂を山ザル集団と一緒に下っていくと、急に視界が開けて、絶壁の突端に三層の石塔が立っていた。
どうやら雨の心配はなくなったので、このまま先に進むことに決定。同時に、昼食抜きも決定である。「こういうこともあるかと思ったのよ!」と準備のいいKRさんが、初日の機内食の残りであるパンとバターを取り出し、一同、ささやかな配給を受ける。なんだか、山上の垂訓みたい。
しばらく平坦な尾根道が続いたあと、岩の間を縫うような険しいアップダウンの繰り返しに入る。ところどころ、両手両足でバランスを確保しながら上り下りしなければならない。木の枝に結ばれたリボンの道案内をたよりに、先頭を行くのは宋さん。鄭さんは気をもんで「先輩、大丈夫ですか~!?」と日本語と韓国語で何度も声をかけるが、宋さんは悠然とマイペースで進んでいく。一方、「皆さん、こんなコースだって知ってたんですか?私、もう二度と来ないですよ~」と素直にへこたれる鄭さん。
いくつか山頂を越えると、脇道に「→神仙庵」の標識(むろんハングル)。ISさんが行ってみようとするが、垂直の崖にわずかに張り出しただけの細道を見て「やめたほうがいい」と躊躇。「何があるの?」と聞くと「磨崖仏があるはず」というので、私が前に出る。傍目に感じるほど危険な足場ではなく、岩壁伝いに反対側に回り込むと、線刻の菩薩半跏像が、虚空に向かって微笑んで待っていました。しばしの眼福。
神仙庵から急坂を下ると、ちょうどさっきの磨崖仏の真下に七仏庵がある。岩壁に三尊を刻み、その前に置かれた直方体の岩にも四面石仏を刻んで(名づけて「サイコロ石仏」by みうらじゅん)、計七仏となる。隣にはこの石仏を奉ずる庵主の家があり、トイレと水道を借りる。KRさんの話では、いさぎよく顔を洗おうとしたとき、宋さんに「お化粧は?」と心配されたとか。KRさんのご主人の観察では、白い手袋でガードした宋さんの指先にはきれいなマニキュアが施されていたそうで「こういう気遣いが若さを保つ秘訣なんだよ」と、一部の女性陣に耳の痛い教訓。
さらに険しい坂道を一気に山裾まで下る。唐辛子畑の脇に出て、断食修行の一日が終わったのはほぼ夕方の4時でした。手打ち麺の食堂に向かい、胡麻だれの冷し麺、どんぐり豆腐のサラダ、チヂミ等々を、あっという間の完食。そしてビールの美味しかったこと。
この日、ハイキングが早めに終われば、当初の予定には入っていないが、慶州博物館に行きたいと考えていた。「5時閉館だからもう無理でしょう」と宋さん。しかし、私の『地球の歩き方』には8時までとあるので、電話で聞いてもらう。その結果、7時まで開館と判明。早々に食事を済ませて、博物館まで送ってもらう。宋さんと鄭さんのお仕事は今日で終了のため、名残惜しいが、ここでお別れである。最後まできっちり仕事をする宋さんは、博物館の門衛のおじさんに事情を話して、7時にタクシーを呼んでもらう約束を取り付けてくれた。
この博物館、ISさんとIKさんはリピーターのため、散開して自由行動とする。しかし、複数の建物が構内に散らばっていて初心者には分かりにくい。私は、ラッキーにも誰かが置き忘れた館内の案内冊子を拾い、これを参考に全館を漏らさず参観。慶州観光のシンボルになっている謎の「スマイル瓦」も見つけました。
ホテルでは、ツアー後半を担当する、新しいガイドの金さん(35歳、おっとりした独身女性)と対面。最後まで慶州の夜を楽しみたい一同は、ホテル近くの野外劇場で行われている伝統舞踊の公演を見に出かける。KRさんから「ところで夕食はどうするの?」という質問あり。さっきの食事から4時間しか経っていないが、もう1食、食べられないわけでもない。
そこで、飲みもの班と食べもの班に分かれ、飲みもの班はコンビニで缶ビールを調達。食べもの班は食堂でチヂミを2皿テイクアウト。野外劇場の客席で、風に吹かれて伝統舞踊を鑑賞しながら夕食とする。このツアー、手頃なファーストフードであるチヂミ(薄いお好み焼き)にはすっかりお世話になりました。
結局、石仏は数えるほどしか見ることができなかったが(通行止めで迂回した三陵谷の周辺が石仏のメッカらしい)、日本でも滅多にしない本格ハイキングで、それなりに楽しめた。それにつけても、登山運の悪い我々が、ついに雨に遭わなかったのは何故?この日1日、IKさんが、膝の痛むSGさんをいたわり、代わりにデイパックを背負ってあげた功徳なのではないか、と噂し合い、ここに新たな伝説が生まれたのでした。
【geocitiesより移行】