「音楽&オーディオ」の小部屋

クラシック・オーディオ歴40年以上・・身の回りの出来事を織り交ぜて書き記したブログです。

「シエピ」の前にも後ろにも「シエピ」なし

2020年08月28日 | 音楽談義

去る8月23日(日)付けの日本経済新聞に「日曜版」として次のような記事があった。



日経新聞は経済専門記事が主体だが、芸術方面にも充実した記事が多いように思う。他紙とはどこか一味違う。

政界、経済界、芸能界、スポーツ界など各分野の一流を極めた方たちの「私の履歴書」も毎日必ず目を通しているし、全国五大紙の中では一番好きな新聞だ。

さて、この記事の冒頭に「数多あるモーツァルトの大傑作の中から一つと言われれば、迷うことなくドン・ジョバンニを挙げる。」とあるが、「迷うことなく」という言葉がちょっと気に障る。

たしかに傑作には違いないが、「魔笛」とは”どっこいどっこい”なので、ぜひ「迷って」欲しかった(笑)。

さて、主役のジョバンニを演じる「シエピ」については「チェザーレ・シエピ追悼!」というタイトルで次のようなブログをしたためたことがある。軽く10年以上も前の記事なので大半の方がお忘れだろう。

せっかくの機会なので再掲させていただくとしよう。

7月8日(木)の新聞(朝刊)の片隅に小さく「死亡」の記事が載っていた。

【チェザーレ・シエピ】(イタリアのオペラ歌手)

5日、米南部アトランタの病院で呼吸器不全のため死去。87歳。20世紀を代表するバス歌手の一人。モーツァルトの歌劇「ドン・ジョバンニ」のジョバンニが当たり役だった。イタリア・ミラノ出身。~中略~94年に引退。長年、米国に居住していた。



「あれっ、”シエピ”ってまだ生きてたんだ!」というのが率直な実感だが、昔から彼のジョバンニ役には”ほとほと”魅了されており今でもその思いは変わらない。

女性は「アルト→メゾソプラノ→ソプラノ」と順に高い声になっていくが、男性の場合は「バス→バリトン→テノール」の順になる。

記事には「バス歌手」とあるがおそらくバリトンに近いバスなので厳密に言うと「バス・バリトン」ではないかと思う。

この記事に接し、はるか東洋の一ファンとして稀代の名歌手にささやかだが哀悼の意を捧げよう。

モーツァルトの音楽はすべて素晴らしいが、取り分け「オペラ」にこそ本領が発揮されていると断言していい。

生涯に亘って沢山のオペラを作曲したが、結局三大オペラとされているのが、作曲年代順に「フィガロの結婚」「ドン・ジョバンニ」「魔笛」。さすがにいずれも甲乙つけ難しの傑作ぞろい。

「フィガロの結婚」は当時の領主の初夜権を風刺し「単に貴族に生まれたというだけで特権を振るうのはおかしい」という反社会的な要素を含有したオペラ。モーツァルトの反骨精神と相反するような美しいメロディが随所に展開される傑作。

「魔笛」はもう言わずもがな。

そして「ドン・ジョバンニ」。2時間50分ほどに及ぶ大作。

スペインの貴族で稀に見る色事師の「ドン・ジョバンニ」が放蕩の限りを尽くし、最後まで己の所業を悔い改めることなく地獄の劫火の中に落ちていくというストーリー。

とにかく、このジョバンニさんは生まれ故郷のスペインでは、1,003人、イタリアでは640人、ドイツでは231人・・と、うら若き乙女からお婆ちゃんまで相手構わず手を出すのだから凄い。(従者レポレロのアリアの中で高らかに謳い上げられていく)。

オペラの劇中でも夜中に貴族の令嬢の家に忍び込んで父親を殺害したり、結婚直前の村の乙女にもちょっかいを出したりとやりたい放題。

女性にこまめだったモーツァルトはこのジョバンニに自分をなぞらえていた節があり、まるで自分が主人公になりきったかのごとく没頭して作曲したといわれるほどの渾身の力作。

次から次に間断おくことなく生身の人間讃歌(?)が飛び出してくる。モーツァルトの音楽の表現力の凄さを極限まで悟らせる作品と言っても過言ではない。

謹厳実直なベートーヴェンが音楽の素晴らしさは別にして、この不道徳な筋書きのオペラを「あの尊敬するモーツァルトが作曲するなんて」と怒り狂ったというのはホントの話らしい。

しかし、モーツァルトのほうがはるかに人間という生き物を知っていた。そうでないとあれほど人間心理を抉ったオペラの作曲はできない。

現在、手持ちのCDは4種類。いずれも3枚組。

    
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 フルトヴェングラー指揮、ウィーン・フィルハーモニー
  1953年録音(モノラル)、ザルツブルク音楽祭実況録音
  ドン・ジョバンニ役 → シエピ

 ヨーゼフ・クリップス指揮、ウィーーン・フィルハーモニー
  1955年録音(ステレオ)(原盤:デッカ)
  ドン・ジョバンニ役 → シエピ

 リッカルド・ムーティ指揮、ウィーン・フィルハーモニー
  1991年録音(ステレオ)(原盤:EMI)
  ドン・ジョバンニ役 → ウィリアム・シメル

 ダニエル・バレンボイム指揮、ベルリン・フィルハーモニー
  1992年録音(ステレオ) (原盤:エラート)
  ドン・ジョバンニ役 → フェラシオ・フルラネット

久しぶりに、これら4枚をそれぞれ聴いてみた。

自分の思うところCDの音質の順番は4→3→2→1、ところが、好きな演奏の順番は1→2→4→3でやはりというか、改めて確認したようなものだった。

あえて言わせてもらえれば「ドン・ジョバンニ」はフルトヴェングラー指揮のものでまず
決まり。何といっても実況録音というのが利いている。

フルトヴェングラーはこのドラマティックで人間臭いオペラの指揮をさせたら天下一品。一方で「魔笛」のような絵空事の「おとぎ話」にはまるで向かないタイプ。

要所だけと思って聴きだしたが、途中で止めるのが惜しくなってとうとう最後まで一気呵成に突き進んでしまった。

クリップス指揮盤も素晴らしい。演奏もいいが録音の年数がフルトヴェングラー盤と2年しか違わないのに音質がはるかにいい。デッカ盤恐るべし。

そして、これらの盤はいずれも
ジョバンニ役がシエピなのが決め手。稀代の色事師にふさわしく自信満々で野性味があって野太い声が実にピッタリはまっている。劇的な表現力は言うに及ばず。

このシエピに比べると、
のジョバンニ役は好演だがいずれもちょっと上品すぎて線が細く、遠く及ばない。まるで草食系男子だ。やはりジョバンニ役は肉食系でなくては始まらない。

シエピの前にも後ろにもシエピなし!

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