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【COGHCC聖書通読】 2018/06/12

2018-06-12 07:33:16 | 一日一章・聖書通読日記
エゼキエル書 21:1-5

主の言葉がわたしに臨んだ、 「人の子よ、あなたの顔をエルサレムに向け、あなたの言葉を聖所に向けてのべ、イスラエルの地に向かって預言し、 イスラエルの地に言え。主はこう言われる、見よ、わたしはあなたを攻め、わたしのつるぎをさやから抜き、あなたのうちから、正しい者も悪しき者をも断ってしまう。 わたしがあなたのうちから、正しい者も悪しき者をも断つゆえに、わたしのつるぎはさやから抜け出て、南から北までのすべての肉なる者を攻める。 すべて肉なる者は、主なるわたしが、そのつるぎをさやから抜き放ったことを知る。このつるぎは再びさやに納められない。」

神様はバビロンの地で預言者として活動しているエゼキエルに、その顔をエルサレムに向け、エルサレムの地と、神殿と、人々に向かって預言するようにと命じられました。それは正しい者も悪しき者も剣に掛けて滅ぼすという、一見愛なる神様の御心とは思えない預言でした。しかしその真意は、当時の神殿で何が行われていたかを知れば明らかなように、自分では正しいと思っている人も、悪しき者と共に滅ぼされるという意味です。主の裁きは、抜いた剣をさやに納めないと言われるほど徹底的、決定的なものでした。もし彼らがヒゼキヤ王やヨシヤ王の時代のように罪を悔い改めて主に立ち返っていたならば、裁きを招くことはなかったでしょう。しかしエレミヤをはじめとするエルサレムの預言者たちの再三にわたる悔い改めの勧めを拒み続けた彼らに、もはや救いの道は備えられませんでした。

http://bible.com/81/ezk.21.1-5.ja1955

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エゼキエル書 21:6-7

「それゆえ、人の子よ、嘆け、心砕けるまでに嘆き、彼らの目の前でいたく嘆け。 人があなたに向かって、『なぜ嘆くのか』と言うなら、『この知らせのためである。それが来れば人の心はみな溶け、手はみななえ、霊はみな弱り、ひざはみな水のようになる。見よ、それは来る、必ず成就する』と言え」と主なる神は言われる。

エルサレムの罪を徹底的に裁くと定められたものの、その御心の背後にはどれほどの悲しみと嘆きがあったことでしょうか。その嘆き悲しみを表現するために、神様はエゼキエルに、心砕けるほどに、手の力が抜けて萎えてしまうほどに、膝が溶けて立てなくなるほどに、嘆きなさいと言われました。神様の裁きが必ず成就すると知りつつも、エルサレムから遠く離れたエゼキエルには何事もできずにただ預言するだけの、心苦しさを嫌というほど味わったことでしょう。私たちも滅び行く魂をただ見過ごすことなく、嘆き悲しみをもって執り成して祈る者でありたいと願います。

http://bible.com/81/ezk.21.6-7.ja1955

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エゼキエル書 21:18-23

「主の言葉がまたわたしに臨んだ、 「人の子よ、バビロンの王のつるぎが来るために、二つの道を備えよ。この二つの道は一つの国から出ている。あなたは道しるべを作り、これを町に向かう道のはじめに置け。 あなたはまたアンモンの人々のラバと、ユダと、堅固な城の町エルサレムとにつるぎの来る道を設けよ。 バビロンの王は道の分れ目、二つの道のはじめに立って占いをし、矢をふり、テラピムに問い、肝を見る。 彼の右にエルサレムのために占いが出る。すなわち口を開いて叫び、声をあげ、ときを作り、門に向かって城くずしを設け、塁を築き、雲悌を建てよと言う。 しかしこれは彼らの目には偽りの占いと思われ、彼らは堅き誓いをなした。しかし彼は、彼らを捕えることによって、罪を思い出させる。」

北から攻めてくるバビロンが滅ぼそうとする町は、アンモンのラバと、ユダの要塞都市エルサレムでした。彼らはどちらを先に攻めるべきか、当時の彼らの占いの方法を複数用いて慎重に調べましたが、それらの結果はすべてエルサレムを攻めよというものでした。これは彼らが信じ込んでいる悪しき占いの霊さえも、神様は思いのままに動かして御心を成し遂げようとされたのです。まことの神、主を唯一の神とするクリスチャンは占いなど決して信じませんが、神様を信じない人々に対しても、彼らの信じる方法をも用いて、神様は一度決定されたことを必ず成就されるお方です。

http://bible.com/81/ezk.21.18-23.ja1955

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エゼキエル書 21:28-32

「人の子よ、預言して言え。主なる神はアンモンの人々と、そのあざけりについて、こう言われる、つるぎがある。このつるぎは殺すために抜かれ、いなずまのようにひかりきらめくようにとがれている。 彼らがあなたに偽りの幻を示し、偽りを占ったゆえ、これは殺さるべき悪しき者の首の上に置かれる。彼らの終りの刑罰の時であるその日がきている。 これをさやに納めよ、わたしはあなたの造られた所、あなたの生れた地であなたをさばく。 わたしの怒りをあなたに注ぎ、わたしの憤りの火をあなたに向けて燃やし、滅ぼすことに巧みな残忍な人の手にあなたを渡す。 あなたは火のための、たきぎとなり、あなたの血は国の中に流され、覚えられることはない、主なるわたしが言う」。

神様はアンモンに対しても裁きを預言されました。なぜならアンモンは昔からイスラエルに敵対する国であり、エルサレム陥落を喜び、ユダの残された者たちのためにバビロンが立てた指導者を暗殺してまで、追い打ちを掛けるようにイスラエルを呪う行為を働きました。この彼らの卑劣な行為に対し、神様はエルサレム陥落から数年後にバビロンをアンモンに送り、ユダとは異なり徹底的に滅ぼし尽くして、今はもうアンモン人という民族はこの世界から完全に消滅しています。人の不幸を喜び、謀略を働いて神の民イスラエルを徹底的に追い詰める者は、アンモン人のような哀れな末路を迎えることを、私たちは歴史の事実から学ばなければなりません。

http://bible.com/81/ezk.21.28-32.ja1955
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【今日の聖句】 2018/06/12

2018-06-12 06:35:10 | 今日の聖句
マタイによる福音書 5:44 新共同訳
「しかし、わたしは言っておく。敵を愛し、自分を迫害する者のために祈りなさい。」

自分の友や意見の合う人を愛することは当たり前ですが、自分に敵対する者を愛し、迫害する者のために祈ることは信仰なしには到底できません。人間の愛の限界を知り、神の豊かな愛をいただいて、罪の支配するこの世に平安の義の実を結ぶ私たちでありますように。

http://bible.com/1819/mat.5.44.新共同訳
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