”しんさん”のよもやま話

僕のビジネス感や社会現象に対する意見とかを趣味のヨットやゴルフ等の話を織り交ぜながらよもやま話的に発信します。

レイアのつぶやき

2011年10月18日 20時59分10秒 | Weblog

 

10月18日(火)晴

雲一つない青空の一日でした。こんな日にこそ海の上を走ってみたいものです。そんな気ままな生活ができたら良いのですが、世の中そんなに甘くはありませんよね。

ところでギリシャでは緊縮財政に公務員削減などに反対するストが一週間も続いて街はゴミだらけになっているようです。公務員がストライキをしているのでゴミの収集ができないためだそうです。ギリシャほどでないにしても世界中のいたるところで雇用がないとか、財政危機に陥っていることに対する不満を政府や行政にぶつけています。

でも僕が不思議に思うことは、こう言った不満をぶつけている人達は文句ばかりで自分達のできることをしているのだろうかと言う疑問です。確かに貨幣社会では市民から税金を取って、市民生活のインフラを支えていました。それは国が繁栄して税金がたくさんあって、そのお金が雇用を生み出し、街のゴミ掃除まで税金で処理できたからです。それに乗じて市民はなんでも行政に押しつけて自分達はお金を稼げれば何もしなくても良いし、文句を言えば行政がやってくれる時代が確かにありました。

ところが後進国が発展し経済力を持ってくると、富は分散化して、いままでのようには行かなくなるのは世の常です。そんな時に国に文句ばかり並べ立てても、国に打ち出の小づちがあるわけでもないし、どうすることもできないんじゃないでしょうか?
収入が少なくなったり、無くなれば、おのずと税収も減る訳ですから、従来のようなサービスも受けられなくなるのは自明です。ではどうしたらよいのでしょうか?ギリシャは更に税率をあげて収入を増やし給料は減らして…ではダブルパンチですよね。こう言った行き詰まり状態では原点に戻ることが一番のような気がします。国や街を創った時、市民はみんな汗をかいて自分達ができることは自分達で行い、みんなで力を合わせてコミュニティを創り上げてきたのだと思います。市民税は引き下げるかわりに、ゴミは収集しないので各自で集積場まで持ってきてください。街の道路の清掃はみんなでやりましょう。等々工夫をすれば我々市民が力を合わせて行うことによって、行政サービスに掛る経費を削減できることもたくさんあるような気がします。要するに自分達の国や街をそこに住む人たちが参画して創り上げて行くことが原点だと思いました。我々の生活環境も自分で修理ができたり、自分達で協力しあうことで貨幣に頼らない行動も必要のような気がします。

僕はヨットを所有していますが、自分達でできる修理や船底塗装はすべて自分達で実施しています。僕達の仲間にはポンプを修理したり、電気系統の修理ができたり、エンジンの調整をしたり、ネットを編むことができたり、いろいろな人が集まって、原材料以外はなるべくお金をかけずに維持する工夫をしています。国や都市も同じではないでしょうか?ただ人が多過ぎてまとめきれる人材がいないのも事実ですが。

金融危機のギリシャの街のゴミの山を見ての感想でした。それではまた。

コメント
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