”しんさん”のよもやま話

僕のビジネス感や社会現象に対する意見とかを趣味のヨットやゴルフ等の話を織り交ぜながらよもやま話的に発信します。

しんさんのよもやま話

2012年03月27日 21時09分35秒 | Weblog

3月27日(火)晴

朝から雲一つない良い天気でした。やっと春らしい天気に戻ったようです。高知では桜が満開になったとか福岡で桜が開花したとかやっと春の便りが報道されるようになりました。こうなると西から順番に開花宣言が出てきそうです。名古屋でも来週末ぐらいには満開になりそうです。

昨日話したアサリを本日おいしくいただきました。ボンゴレとみそ汁のアサリづくしですが、この時期の貝は旬なだけあっておいしいですね。でもやっぱり潮干狩りで採った貝の方がプクプクでおいしいような気がしました。貝は採れたての時はプクプクですが日が経つにつれて身が硬くなって来るようです。魚屋で何日経ったのかわかりませんがきっと1週間ぐらい経過しているのかもしれません。それでもスーパーで販売されている物よりはおいしいですけれども。

ところで僕は人類が700万年前に出現してからの歴史や現世人類(ホモサピエンス)が20万年前にアフリカに出現し、世界中に拡散し、狩猟採集生活から農耕定住生活に移っていく過程の話やどうしてメソポタニアで一番最初に農耕定住生活になったのかとかアメリカ大陸の原住民はなぜ簡単にコルテスやピサロのようなスペイン人に征服されてしまったのかと言ったことに興味があります。
前回は農作物の栽培がどこからどうして始まったのかと言う観点で書いてみましたが、今回は大型の哺乳動物を飼育するようになったかと言うことについて述べたいと思います。
人類が最初に動物を飼育するようになったのもメソポタニアだと言われています。現在世界中で飼育されている動物は犬を除けば、山羊、羊、豚、牛、馬の5種類しかありません。ラクダやロバ、アルパカなどの動物も飼育されていますがこれらは世界中ではないのです。
そして人類が一番最初に出現したアフリカではどうして大型の哺乳動物を飼育しなかったのでしょうか?ちょっと不思議です。アフリカにいた人は文化的に動物を飼育することをタブーとしていたのかと問えば答えはノーです。なぜならユーラシアから飼育できる動物がもたらさればすぐに取り入れているからです。だとすると飼育できそうな草食の野生動物が少なかったと言うことになります。ここでなぜ草食動物なのかと言う点についてですが、肉食動物を飼育するには草食動物の肉を与えなくてはならないから効率が極端に悪くなってしまうので飼育など意味がなかったと言えます。ですから飼育される動物は基本的に草食動物なのです。
それでは人類が飼育できそうな動物とはどんな動物だったのでしょうか?
第一は先ほど述べたエサの問題です。草食動物だと言う事ですね。
第二は成長速度の問題です。食べられるようになるまで10年もかかるようでは困りますよね。ぞうなどは一人前になるまで15年もかかるそうです。
第三は繁殖上の問題です。動物の求愛行動は様々ですがチータのように何日もオスがメスを追いまわさないと交尾できない動物や複雑な求愛行動を長時間行うような動物は囲いの中で飼うことができなかったようです。これらの動物は現在でも動物園で繁殖するのが難しい動物なのです。
第四は気性の問題です。ヒグマは雑食性ですが気性が荒く、人間を殺しかねない動物です。アフリカの水牛も気性が荒く人間を殺しかねない上にもっとも予測のつかない行動をとる動物だったので飼育できなかったようです。カバも大型の草食動物ですが危険な動物です。現在アフリカで毎年もっとも多くの人を殺しているのがカバだそうです。それからアフリカのサバンナにいっぱいいて、馬の仲間のシマウマはどうなのでしょうか?シマウマだったら飼育できそうに思いますよね。ところがシマウマは気性が荒く、いったん人に噛みついたら絶対離さない習性があり、動物園ではシマウマに噛みつかれて怪我をする飼育員も多いのだそうです。それにカウボーイが投げ縄で馬を捕まえますがシマウマは首を下げて捕まえることはほとんどできないようです。このように気性の荒い動物は飼育できなかったのです。
第五はパニックになりやすい性格の問題です。代表的なのがガゼルです。ガゼルはパニックになると逃げたい一心で死ぬまでとび跳ねたり、柵に体当たりを繰り返すようなところがある動物です。シカも同じように神経質でびくびくしている動物です。もっとも奈良のシカはずうずうしいので長い時間飼育しているとできたのかもしれません。
第六は集団行動をとらないで単独行動を採る動物はたくさん囲いの中で飼うことができないわけですから飼育には適さないことになります。

このように考えて行くと人間が飼育できる動物は限られてくることになり、飼育に適した動物の種類が多かったのがメソポタニアから地中海方面のユーラシア大陸だったと言うことになる訳です。

つまらない話を長々と失礼しました。明日からは送別会が続きますのでしばらくお休みです。それではまた。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

しんさんのよもやま話

2012年03月26日 20時46分47秒 | Weblog

3月26日(月)晴

相変わらず寒い日が続きます。一体どうなっているのでしょうか?それでも明日からは暖かくなるそうです。でも暖かくなると雨になるパターンが続いているので週末が心配です。あと一息まで船の整備が終わっているので、今週末には地上での作業を終えたいものです。

ところで昨日はヨットの整備をしながら、昼は食事をせずに潮干狩りをするつもりでした。干潮時間にあわせて幡豆の潮干狩り場に行ってみました。そんなに混雑していませんでしたが、かなりの人が浜に出ていました。ただ立っているだけでも寒いのに海に入ったらとんでもないことになりそうでしたので、即中止にして貝を買うことにしました。魚屋を探して幡豆の町中を車で行ったり来たりしてもなかなか見つからず、途中で見つけた食堂で昼飯を食う事にしました。この店は初めてでしたが、とにかくボリュームだけは天下一品。ゲップをしながら完食したら苦しくてしばらく動けませんでした。メンバーの二人はかつ丼とラーメンのセットを食べてましたが、どちらも片方でも一人前以上です。年寄り組は焼きそばセットにしたのですが、こちらもどんぶりにご飯が付いてきて大変でした。この新規開拓の食堂はお腹が空いた時にはお薦めかもしれません。食堂のおばさんに貝を売ってくれる所を聞いて、買ってきました。佐久島産のあさりでしたが、結構良い値段で販売しています。潮干狩りでは入場料1500円で4Kgまで採ることができますが、買うと1Kg1200円でした。やっぱり冷たい思いをして苦労すればそれだけのことはあるものです。この時期なら1時間で十分4Kgぐらい採れてしまうので、やっぱり自分で採るべきでした。
と言うことで昨日の番外予定の顛末でした。やっぱり潮干狩りをしたいと言うゲストもいないと我々じいさん連合はダメですね。潮の干満は約2週間周期なので再来週ぐらいがピークになりそうです。暖かくなる連休は人ばかり多くて、しかも採れた貝はあまりおいしくないのです。まぁ旬の食べ物とはそんなものなのでしょうけど。

会社では人事異動が発令され水曜からは3日間送別会続きになります。別れを惜しむのはいいけどお酒は強くないので程々にしておかないと身が持ちません。それではまた。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

しんさんのよもやま話…ヨット編(12-03)

2012年03月25日 21時51分43秒 | 趣味

3月25日(日)晴時々曇

寒い一日でした。朝マリーナに出かけた時の国道23号の温度計は6℃でした。午後帰りの時は7℃でした。晴れたのに気温は上がらず、冷たい強風が吹き荒れ、体感的には真冬以上でした。3月下旬だと言うのに、この寒さには困ったものです。

今日はヨットの船底塗装も仕上げとなる2回目の塗装でした。強い風にあおられて、またもや塗料の入った缶からペンキを零してしまいましたが、無事終了しました。これで地上での作業は9割方終わりました。今年は船体の方もハーバーマスターに色合わせをしていただき、パテ部分や傷ついた部分の塗装も行いました。手塗りで傷ついた部分だけの塗装ですので良く見ればわかってしまいますが、遠くから見る分には綺麗なマリンブルーになったような気がします。塗装が渇いてつやが出ていればこちらも完成です。

今回も前回同様少人数の塗装でしたが、そして時間もいつもより少しかかりましたが、比較的うまくできたような気がします。前回の4人に今日はY田jrのケンちゃんも手伝ってくれたので助かりました。今年は少ない人数ですべて行ったので、ほんとうにありがたいことです。もし自分一人なら、くたびれ果てているかもしれません。これだけ仲間に手伝ってもらいながら、疲れて、帰りの車の運転では眠くて、眠くて大変でした。国道23号線も刈谷あたりにSAがあるとほんとに楽なのですが、途中で休憩する場所もないので、とにかく名古屋の家までノンストップで帰ってくるのが最近の僕にとっては一番大変なのです。

とにかくこれで、あと1回、船台で塗れなかった部分を船を少し傾けてもらいながら塗れれば、桟橋に船を付けることができそうです。一応来週の日曜日に天気さえよければ、地上での整備作業は完成となります。そうなればあとはエンジンの点検、船内の整理、チャイルドネットの修復、非常食や安全装備の準備などで出港できるようになります。でももう少し暖かくなってくれないと困ります。今日はあちこちの海で転覆事故が起きているようですが、春先は天気が変わりやすいことや突風が良く吹くことや海水温が冷たいことなど、事故の起きやすい季節でもあります。丘から海を眺めていると、「 春の海 ひねもすのたり のたりかな 」となるのでしょうけど、実際の海はそんなにのどかではありません。風はまだ冷たく、紫外線が1年で一番強いのもこの季節です。それでも海から見る陸は新緑の緑におおわれ、スナメリも活動を始めるし、新たな活動のエネルギーを感じさせてくれるのもこの季節なのです。

毎週休日は船の整備にあけくれている自分に対して、バカな奴と思われると思います。自分もなんでこんなに夢中になってやっているのかよくわかりませんが、好きなんでしょうね。自分ではヨットが好きだとは思ったことないのですが、嫌いでないことだけは確かなようです。
今年のヨット編も船に乗っている日より、整備やマリーナでゆったりしている日のが多くなりそうです。それではまた来週。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

しんさんのよもやま話

2012年03月24日 21時47分57秒 | Weblog

3月24日(土)曇時々晴

雨もあがって、明日はなんとか2回目の船底塗装ができそうです。そして今日は久しぶりに何もない休日となりました。溜まったDVDを見み、ゴルフの練習に行き、車の6ヶ月点検に行き、あっと言う間に一日が終わりそうです。まぁ何もない休日とはそんなものなのかもしれません。

ところで昨日、人類が狩猟採集生活から栽培植物を見つけ定住生活に入ったことによって植物も原始の形態から人類に合わせるように変化してきたと言う話をしました。そこで今日はどこで、どうして作物を栽培できるようになったのか考えてみましょう。
人類が初めて食物を栽培し定住するようになったのは、およそ9000年前のメソポタニアだと言われています。それではなぜメソポタニアで食物栽培が行われ、インドや中国やアメリカではなかったのでしょうか?少なくともメソポタニアに住んでいた人が特別な人だった訳ではありません。現代の遺伝子工学から世界中の人類はすべて同一種でその起源はアフリカの洞窟だったことが知られています。それでは何だったんでしょうか?

答えは簡単に言ってしまうと気象環境と言うことになります。人類が最初に栽培するのに適していた植物はその生育期間が短くなくてはなりません。そして収穫できる時期が少しずつずれている方が好都合でした。更に食用になる野生種がたくさんあることが必要です。更に定住するには近くにたんぱく質となる魚介類やおとなしい大型の哺乳類が生息していることも必要だったと思います。以上の5つの必要性を考えるとメソポタニアが最初に農耕定住生活に最適の場所だったことがわかります。

まず最初に生育期間の短い植物とは1年草であることになります。その点、麦や豆は一番育てやすい植物だったはずです。原始植物で麦や豆の中でも大粒の実がなる物が栽培に適していたと思われます。そしてこの大粒の原始植物の種類が一番多かったのは実はメソポタニア地方だったのです。ある植物学者の研究によれば世界中に数千種ある野生種のイネ科植物のうち大粒の種子を持つのは56種あるそうですが、そのうち32種がメソポタニア地域を含む地中海気候の地域に分布しているそうです。これに対して南米では2種、東アジア6種、中米5種、オーストラリア2種だったそうです。従って人類が最初に栽培食物を手に入れることができる環境にあったと言えます。またこの地域の気候は穏やかで湿潤な冬と長くて暑く乾いた夏がある点で1年草に適していたと言えるでしょう。またメソポタニアから地中海に抜ける地域の高低差は海抜0mから5000mぐらいまであるので、その実を付ける時期も微妙にずれているため、狩猟採集民族が移動しながら採集するのに適していたと思われます。移動しながらの栽培から徐々に定住する者が出て来たと言えます。
次に魚介類や大型のおとなしい哺乳類についてですが、そのためには大きな川があることが条件になります。川では年間を通して魚が採れますし、潮の干満のある河口の浜も絶好の漁場だったと思われます。メソポタニアにはチグリス川、ユーフラテス川があることからその必要性を満たしています。また野生種の大型哺乳動物として、標高の高い所には山羊、低地には羊、牛、豚、と家畜化が可能な哺乳動物がいたことで狩猟採集から農耕に、早い時期から移行し易かったと言えそうです。ちなみに中米では七面鳥ぐらいしかいなかったようです。

以上のことからメソポタニア地域が人類が食物栽培するのに最も適していたから最初に農耕定住化ができ、そのことが人口を増やし、勢力を拡大していくことに成功したと言えます。ちなみに中米でトウモロコシの栽培が始まったのは紀元前3000年前ぐらいだったそうです。トウモロコシは原始植物から変異を繰り返して現在のような種になるまでに時間がかかったと言うことなのでしょう。
以上でこの話は終わりです。いろいろ書きたいことはたくさんあるのですが、どんどん長くなってこの種の話は好きなだけにエンドレスになりそうです。僕は学者ではありませんからここに書いてあることはいろいろな本を読んだ結果であり、それに若干の想像を加えただけですからどこまで正確かは補償しません。ただ僕自身がそう考えていると言うだけです。
明日は忙しくなりそうです。それではまた。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

しんさんのよもやま話

2012年03月23日 21時13分24秒 | Weblog

3月23日(金)雨

一日中雨でした。最近週末になると雨ばかりです。日曜だけはなんとか晴れてほしいものです。とにかくヨットの整備に一段落つけないことには落ち着きません。

ところで今日は人類が最初に食物を栽培するようになった時のことをちょっと考えてみたいと思います。元々人類も他の動物と同じように狩猟採集の生活だったはずです。ところが穀類や豆を栽培することを発見し、定住生活をするようになり、定住することにより子供をたくさん産めるようになり人口が爆発的に増加していきました。これらの農耕民は人数の上で圧倒的に多くなって、新たな土地を求めて世界中に拡散し、元々の狩猟採集民を滅ぼしていくことになります。ところで我々の先祖はどうして穀類や豆類を栽培できるようになったのでしょうか?

原始時代の野生の植物の一般的な種の殖やし方から考えると、現在の農作物は人間にとっては都合が良いけど、食物本来の在り方からすれば生き残れない食物が栽培されていることに気づきませんか?たとえばサヤエンドウは人類が最初に栽培した食物のひとつと言われていますが、普通は豆は実ができるとさやがはじけて種が散らばるようにできているはずですが、さやに付いたままです。はじけた種を拾うのは容易なことではありません。従って突然変異で実が付いたままのエンドウ豆ができたとしたら人間は全部収穫できるので、そう言う種だけを選んで栽培するようになったため、野生とはまったく違った性質の豆が現代まで残ったのだと考えられます。また同じように野生の種は気候変動に対する防護手段として、一年で芽吹くもの、2年で芽吹くものがあったはずなのですが人間が栽培する食物はすべて短期間(1年)で芽吹くものしか栽培しなかったので、そう言うものしか現代にはないと言えるのではないでしょうか。
麦や米も元々はバラバラに実を付けていたのでしょうが、穂にいっぱい実を付ける突然変異種を人間が好んで栽培した結果が現在の稲や麦なのだと考えられます。
こんなことを考えていたら、この地球は1万年前の原始植物から、人間にとって都合の良い品種だけが現代に残っているような気がします。こんなことを考えているとこの地球と言う星は人類が誕生し、植物を栽培し家畜を飼うようになって、定住生活をするようになってからと言うのは人類に都合の良いようにずいぶんたくさんのものを変えて来た星だと言えるのではないでしょうか?だとすると宇宙には地球と同じような環境であっても、そこに住む高等生物によってまったく違った星になっているような気がします。
こんなことを考えているとなぜかワクワクします。地球と人類の起源を辿ることはバカみたいだけど、人類がいる間の地球の変化を想像でき、また人類が消えた後の地球のの自然のあり方も想像できてちょっとおもしろいと思います。
ぼくらが日常食べている植物や果実の最初を考えてみるのもたまにはおもしろいのではないでしょうか?それではまた。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

しんさんのよもやま話

2012年03月22日 20時26分59秒 | Weblog

3月22日(木)晴

こんばんわ。昨日も職場の新成人の社員を祝う会と言うことで飲んでしまいました。まぁお酒が飲める内が花ですから、それもいいでしょう。毎年この時期は恒例のように飲む機会が多いのですが、今年はいつも以上に多くなりそうです。

ところで今の日本は将来が見えない不安な世相のわりには昨日でも繁華街には人が多いように思うのは時期的なものなのかもしれません。消費税の問題、年金の問題、ガソリン高騰の問題、・・・先を考えれば心配は尽きないけど、誰もがなるようになると思わざるを得ないのかもしれません。今国のかかえている問題は僕ら一般人にはどうすることもできない話ばかりですから。

明日からまた雨のようですが、天気が変わり易いのは春が近づいた証しのようです。ひと雨ごとに草木が目覚め、いずれ新緑に囲まれる日が待ち遠しく思います。そして季節を楽しむ余裕を持ちたいものです。平日も休日も追われるように予定を消化している自分にいら立つ時もあります。と言いながら何も無くなったら、これまたいら立つのが自分のような気がします。結局日々の葛藤の中で生きて行くのが人生なのでしょう。何も書くことがない日なのに無理してPCに向かってしまいました。それではまた。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

しんさんのよもやま話…ヨット編(12-02)

2012年03月20日 21時04分35秒 | 趣味

3月20日(火・祝)晴

やっと晴れてくれました。おかげで一回目の船底塗装が完了しました。人数は少なかったけれどすべて刷毛で塗り終わりました。ローラーを使えばもっと早く出来たかもしれませんが、ペンキがポタポタ落ちて服や顔がペンキだらけになってしまうので、刷毛でていねいに塗りました。18日に下処理を終わらせていたので、意外と楽にできました。やっぱり下処理が一番大変な作業です。粉塵が飛ばないだけ汚れずにすみました。改めて地味な下処理をしっかりやっておくことの重要性を感じました。仕事でもなんでもそうですが「段取り8分」の言葉通り土台を丁寧にかつしっかりやっておくことが良い結果を生み出す最善の道なのですね。
一応塗り終わったあとの写真です。3月18日の写真と比べてみてください。かなり綺麗になったと思います。



船体のキズのついた部分もパテを塗りました。あとは25日の2回目の船底塗装時に船体の塗料を色合わせして、塗ればマリンブルーの綺麗な船体になることでしょう。
結局18日に予定していた作業を2日間で終えたことになりますが、結果的には一番良い状態に仕上がりました。船底の塗装前の下処理は雨の降る中でしたが、粉じんもあまり飛ばず、適度に塗れて磨き易かった点と十分時間をかけて丁寧にできた点で云う事ありません。また塗装は今日のように晴れて風が吹いた方が乾きが速いし、十分時間をかけて丁寧にできました。あとは25日に2回目の塗装ができればほぼ完成です。ここまでできれば次は船台をずらして、塗装できなかった部分を塗って乾かせば陸上での作業は完成です。
今年もなんとかヨットを楽しむことができそうです。
最後に今日も手伝っていただいたY田さん、M島さん、S木さんありがとうございました。でも塗料を落としてこぼしてしまったのは余計でしたね。それと年齢のせいか疲れました。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

しんさんのよもやま話…ヨット編(12-01)

2012年03月18日 20時58分56秒 | 趣味

3月18日(日)雨時々曇

大変な週末になってしまいました。今日は予報では晴の予定でしたのに、小雨が降る残念な天気になってしまいました。実は今日からヨットの整備を始めるつもりで、頼りになる助っ人もマリーナに集まってもらったのですが、船底の塗装ができる状態にするまでしか作業が進みませんでした。ほんとうは1回目の塗装まで済ませたかったのですが、雨ではペンキが塗れません。それでも船底に付いたフジツボや藻を皮ヌキで取り除き、サンダー3台で船底を磨き、最後に高圧洗車機で船底の塗料を洗い流しました。あとは船体を乾かして、塗料を塗るだけです。と言っても2回塗る予定なのでまだまだ時間がかかりそうです。

雨の中手伝っていただいた7人の皆さんには感謝、感謝です。Y田さん、その息子のケンジ君、S木さん、その息子のヒナ君、M島さん、紅二点のK山さん、M崎さんお世話になりました。残念ながら天気に恵まれず下処理だけに終わってしまいましたが、この続きを20日(祝・火)にやらなければなりません。しかもメンバーはY田さん、M島さんだけになってしまいました。まぁ3人で頑張ろうと思います。もっとも天気が良くなければ更に延期になってしまいます。今年はゴルフも2回連続の雨、ヨット整備の初日も雨と言うことで個人的にはかなり落ち込んでいます。今までほとんど雨に降られたことがなかっただけにショックです。でも雨のおかげで粉塵も少なかったので顔や手に付いた塗料は例年より少なくてすみました。またゆっくり船底を磨くことができたので塗料の乗りもきっと良いと思われます。20日さえ晴れてくれれば結果オーライかもしれません。

写真は船底で作業をしているメンバーです。みんな合羽を着てマスク、ゴーグル姿なので誰なのかさっぱりわからないと思いますが、頭の上を磨くことになるわけですから大変な作業なのです。多分僕が一番作業をしていません。



毎年サンダ―の数が増えて今年はS木さんも持ってきてくれて3台で船底を磨くことができたので、サンドペーパーで磨く手作業はほとんど少なくなりました。サンダーをかけれない細かい部分やスクリューまわりだけになった点でずいぶん楽になりました。
今回は僕以外はいっぱい作業をしていただきました。多分腕が疲れて棒になっていると思います。ゆっくりお休みください。僕はどっちみち最後は一人で塗装をすることになるかもしれないので休める時は休んでおくことにしました。多分20日の塗装はほんとうは大勢いた方が楽なのですが、3人になってしまったので疲れ果てそうです。まぁ今まで楽だったからしかたないのかもしれません。それでは20日の好天を祈ってお休みなさい。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

しんさんのよもやま話…ゴルフ編(12-06)

2012年03月17日 20時28分37秒 | 趣味

3月17日(土)雨

前回に続き今回も一日雨でした。折角ののゴルフなのに行く日に限って雨模様だと気持ちも萎えてしまいます。前半は雨の中で良く頑張ったと思いますが、後半は疲れのせいでしょうか、ショットがまともにあたらずひどいスコアになってしまいました。自分でもわかるくらい体の軸が動いてしまいOBもシャンクもダフリもトップもあってどうにも修正ができなくなってしまいました。

今日も前回と同じ桑名国際ゴルフクラブでのラウンドとなりましたが、今回は鈴鹿コースでした。前回の伊勢コースより距離は短いので良いスコアを期待したのですが、前回より悪いスコアにしてしまいました。
前半はバーディもパーもあって良かったはずですが、8番、9番の最後の2ホールでトリプル、ダブルスコアとしてすべて帳消しの53になったことが残念でした。言い訳ではありませんが雨の中のラウンドはかなり疲れてしまいショットがブレだしたのが原因でした。バーディ1、パー1、ボギー1、ダボ3、トリ1、ミドルのダブルスコアが2つあったのが悔やまれますが最初は自分でも不思議なくらいドライバーが良かったので疲れさえしなければ今年は良いスコアが多くなると思います。
後半はもう全然ダメでした。ボギー2、ダボ3以外はすべて大叩きでした。特に2つのショートホールでどちらも7にしてしまったのでスコアがまとまる訳ありません。

今月は2回とも一日中の雨で最悪でした。とりあえずこれでしばらくゴルフの予定はないので、ほんとうに悔しい気持ちです。リベンジしたい思いは強いけど、とにかく明日からヨットの整備を終えないことには次のことは考えられません。

それにしてもゴルフと言うスポーツは微妙なものです。ちょっと体の軸がブレただけで結果はまったく変わってしまうのですから。それにしてももう雨の中ではやりたくないですよ。雨なので中止した人が何人かいましたが、年を取って来るとそれが正解かもしれません。一度でいいから暖かい日差しの中でゴルフがしたいものです。

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

しんさんのよもやま話

2012年03月15日 20時46分34秒 | Weblog

3月15日(木)晴

久しぶりになりました。今年は送別会がいつもより多くて大変です。昨日も3月で第一線を退く先輩の送別会と言うことで飲んでいました。いっしょに仕事をしてきた仲間がどんどん減ってきて寂しい限りです。いずれは自分もそうなるのですが、体の動くうちは無給であっても何かやっていたいものです。何もすることのない一日だったら自分はどうなってしまうのだろうかと考えてしまいます。明日も送別会ですが、こちらは人事異動なので少し気が楽です。

ところで昨日はホワイトデーと言うことで、気に入ってもらえたかどうかは別として無事お返しも終わりほっとしています。義理とは言っても何かうれしくなるような物をと考えるのですが、中々良いものに行き当たらず結局時間切れとなってしまいます。それでも今はわずらわしいと思いながらお返しを考えることができることがありがたいことです。一線を退いたら、そんな悩みもなくなるけど、きっとさびしい人生になっていることだと思います。そんな年金間近世代にとってAIJの企業年金基金損失の問題は人ごとではありません。この種の詐欺が最近やたらと多いのですが、結局泣き寝入りとなるのか、国が肩代わりするのか良くわかりませんが、この貨幣社会では経済犯は重罪にしないと次々とこの種の犯罪が起こるような気がします。騙される方も欲の皮が張った分だけリスクは負うべきですが、犯罪を犯す側にも極刑が必要だと思います。大昔はねずみ小僧のような強きを挫き弱きを助けるような盗人がいましたが、昨今は弱きを挫く極悪人ばかりになってしまったのでしょうか?今まで一生懸命やってきてこれから年金をやっともらえる時が近づいてきたのですが、受給時期を遅らせるとか、減額とかがっかりするような話ばかり聞かされるといやになってしまいます。まぁどうなるのかわかりませんが、刹那刹那を大切にして行くことが一番なのかもしれません。
今日はこれまでです。久しぶりの投稿でしたが、明日もお休みです。週末はゴルフの予定ですがまた雨になりそうです。日曜はヨットの船底塗装を予定していますが、こちらも厳しそうです。中々思い通りにはならないものですね。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする