”しんさん”のよもやま話

僕のビジネス感や社会現象に対する意見とかを趣味のヨットやゴルフ等の話を織り交ぜながらよもやま話的に発信します。

しんさんのよもやま話

2009年07月30日 22時40分25秒 | Weblog
7月30日(木)晴時々曇

今朝は久しぶりに青空をみることができました。でもまだ梅雨のようですからまた梅雨空になってしまうのでしょう。7月末だと言うのに困ったものです。でも今日は雨が降らなくてよかったです。昨日帰りにちょっと一杯飲んだのはいいですが家に着いたら傘を忘れてきたのに気が付きました。でもどこにおいてきたのか思い出せません。それに昨日は変な酒を飲んだのか頭が痛くなってすぐ寝てしまいました。今日も飲み会でしたがビールだけにしたので大丈夫そうです。

今日は仕事の仲間4人を送別する会でしたが、長い間我々の仕事を支えてくれた人達を送り出すのはつらいものがあります。人生に出会いと別れは付き物ですが、仕事の集約の中で送り出すのは責任を感じるし、願わくはみんなそれぞれが元気で再出発してくれることを祈るだけです。僕がこの仕事についてから、もう何十人もの人達を送り出してきたけど、集約、効率化のたびに東京に集約されていくことがほんとうに良いことなのか疑問をぬぐいきれません。企業が効率化を追求するのはビジネスとして常識化していますが、このアメリカ的経営手法も成長段階では正しいのかもしれませんが、充実期にはもっと別のやり方があるような気がしてなりません。でもこのことはやらなければ証明できない以上、創業企業家でしかできないことです。悲しい人間の性ですが行き着くところまで行かないと次のステップには進めないと言うことです。
興っては滅ぶ繰り返しを過去の歴史の中でいやと言うほど知っているはずなのに、悲しいかな人間と言う動物はそれでも繰り返すものです。以前にも紹介した呻吟語で言う「省を以って省となす者は愚なり」と言う言葉の意味は奥が深いと自分は思っています。それは時間レンジをどのくらいのスパンで見るかによって多分答が異なるからです。それと社会規模のレンジをどの範囲で見るかによっても答が異なるのです。
この問題は非常に難しいですね。範囲を狭くすればするほど万人にはわかりやすく、時間軸を短くすればするほど万人にはわかりやすいのですが、範囲を広くしたり長期スパンで考えれば間違いだったと言うことが歴史にはいっぱいあります。でもそれは人間にはできないことだと思います。人間の寿命が倍になれば、倍のスケールで視るようになると言うことでしょう。

結局人間の寿命と言う時間軸の中でしかできない以上、企業や国と言う範囲で2・3年レンジで物を考えることが人間の限界かもしれません。これをはずれて言う者は世の中から見放されてしまう訳ですから。国の将来もどこまで考えるかすごく難しい話です。目先にとらわれたくないけど多分目先の政策が選挙の分かれ目になってしまいます。来月の末にはどうなるのかですね。

今日はこれまでにします。なんだか訳のわからぬことを言ってしまったようです。
わかれ行く人達の幸運を祈って。
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しんさんのよもやま話

2009年07月28日 20時21分02秒 | Weblog
7月28日(火)曇時々雨

今週はどうも雨ばかりになりそうです。普通7月下旬と言えば夏空が広がる一番良い時期ですが、今年はまだ梅雨が明けていません。もうすぐ立秋になるのでひょっとすると梅雨明けはないかもしれませんね。夏にならないうちに秋になってしまいそうです。そう言えば台風もまだ来ていないのでほんとうに季節が狂い始めたかもしれません。

もっとも今週末も来週末もヨットやゴルフの予定もなくどうしたものかと考えています。ヨットは先週の土曜日の強風の中でのクルージングで船内のキャビンのテーブルが又もや壊れてしまいました。6月初めに自分で修理したのですが土台の木が腐っているので十分な強度が保てません。思い切ってマリーナに頼んでしっかり直してもらうことにしました。ですから土曜ぐらいに様子を見に行って来ようかと思います。

ところで最近「帰化人」と言う本を読んでいます。以前から「日本人のルーツ」に関する本をいろいろ読んでいるのですが、今迄読んだ本から類推して僕は次のように考えています。
まず、我々日本人の最初は南西諸島方面から漂着した縄文人であった。その後揚子江流域から山東半島、朝鮮半島経由で渡ってきた稲作民族の弥生人が北九州あたりに上陸し、稲作集落を形成し、徐々にその居住域を広げて行き古代日本の骨格ができたと思っているわけですが、この国の面白い所は先住民と渡来民の融合が起こり、どちらがどちらかを排除することがなかったことです。ここに漁業を中心とする狩猟民族の縄文人と稲作を中心とする弥生人の同化が起こったんだと思っています。もっとも融合できなかった縄文人は日本列島の辺境の地に移動した者もいたはずですが、それらの人達は奄美諸島等に残った海人や東北山間部に移動してまたぎのような山人になったような気がします。これが第1回目の民族の融和。
それから何百年かたって聖徳太子や中大兄皇子の時代に第二回目の融和が始まります。このときは朝鮮半島から特に百済人の帰化によって仏教文化とともに工業技術の恩恵を受けることになります。特に中国の唐が百済を滅ぼした時に大量の百済人が大和朝廷に帰化したようです。この時代の帰化人によって文字が導入され以後の歴史が記述されるようになった訳です。

そう言う意味でこの国では容易に外国の文化を自分達の文化の中に取り入れる伝統ができあがったような気がします。だから明治になり、欧米諸国の文化や技術も容易に取り入れることができたのではないかと僕は思っています。これが三回目の融和になります。

日本人が幸福なことは渡来民に侵略者がいなかったことで比較的スムーズな融和ができたことだと思います。中南米は不幸にもピサロやコルテスのような残虐な侵略者と融和しようとしたことかもしれません。インカの人達もきわめて善良で平和的民族だったけど相手が悪すぎました。

まったく文献のない時代の話ですから、何も根拠がないので読み流してください。まぁ想像することがいっぱいできるところが古代のおもしろい所かもしれません。技術者的左脳人間にはつまらない話でした。
今日はこれまでです。それではまた。
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しんさんのよもやま話

2009年07月26日 20時21分59秒 | Weblog
7月26日(日)晴←静岡

今日の天気は静岡の天気です。夕方名古屋に帰ってきたら中央線が運行を見合わせるほどの雷雨だったようです。名古屋駅も金山駅も人でごった返していました。
そう言う訳で今日は静岡の田舎に墓参りに行って来ました。田舎のお盆は新暦の盆の一週間遅れなので実際には25日で終わりでした。いろいろ予定の中で墓参りのやりくりをして今日になったと言うことです。田舎を出てから彼岸と盆は必ず墓参りをしているので、日にちはずれてもその時期には欠かしたことがありません。そんなに信心深い訳でもありませんが自分のけじめとしてやっていることです。

父が早くに亡くなったので田舎の母も一人で農作業をしながらもう30数年になるので、最近はすっかり衰えを感じるようになりました。親不孝者の息子としては月に1回ぐらいは顔を出そうと思っているのですが2ヶ月に1回ぐらいになってしまいます。僕も最近は車の運転で日帰りするのがつらいのでどうしても新幹線で行くことになってしまいます。新幹線で行くのはいいのですが、そのあとのアクセスが乗り継ぎ乗り継ぎで大変です。そんな訳でしばらく田舎に行ってなかったので田舎に置いてある軽自動車はバッテリーがあがってしまい、どうにもならなくなっていました。来月は高校の同窓会があるのでゆっくり田舎に行くことにします。それまでに軽自動車も修理してもらうよう頼んできました。もっとも今度は名古屋から自分の車で行く予定です。日帰りではないことと1回ぐらいは高速道路の恩恵にもあずかりたいですから。

もっとも来週、再来週の週末は現在何も予定がありません。少し家のことも手伝わないと・・・ですし、ヨットの整備も必要なのでゆっくりやって行きます。この2週間があわただし過ぎました。
今日はこれまでです。

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しんさんのよもやま話・・・ヨット編(09-26)

2009年07月25日 19時07分50秒 | 趣味
7月25日(土)晴一時雨

今日は雨を覚悟したランチクルージングでしたが、なんと晴れてしまい暑くて強風のすごい天気になってしまいました。午前中はまだ白波がちらほらでヨットのクルージングとしては絶好のコンディションでしたが、波が大きくて何度も波をかぶりほとんどの人が濡れてしまいました。

今回は伊良湖岬をあきらめ、佐久島に行ってきました。佐久島ではいつものゆきやさんでビールを飲みながら、ゆでだこ、しゃこ、大アサリ、焼き牡蠣、刺身を7人でつまみにランチをしました。ランチが終わり帰る頃は強風が吹き荒れて大変でした。とにかく風が強くおまけに波がいつもの三河湾ではないくらい高くて、ヨットのエンジンではなかなか早く走れませんでした。狭い港の航路を出るのに手間取り、連絡船の出入りにぶつかり、港を出るだけで大変でした。港を出るとさらに波が高くて船はピッチング、ローリングの大揺れです。6月に仮修理したキャビンのテーブルがまた壊れてしまいました。とりあえず港を出たところでジブセールを半分ほど出して機帆走でマリーナに帰港しました。風が強いのでジブセール半分だけでもかなりスピードが出ます。1時間半ほどで無事帰港できました。ただ紅一点のリッキーはめちゃくちゃ揺れる船でグロッキーのようでした。とにかく今年一番の強風と波だったので出ているヨットは我々以外には一艘だけでした。

帰りは船でゆっくり食べる余裕もなくていっぱい食べ物があまってしまいました。今回は快適と言うわけにはいきませんが、ヨットの醍醐味は十分に味わえたのではないでしょうか?僕はこのブログを書きながらまだ揺れています。

これでしばらくゲストはないので来週以降の週末は整備を中心に我がLEIA号をゆっくり休養させたいと思います。それにしても曇と雨の予報がずっと晴れて、マリーナに帰港した直後に10分ほど雨が降っただけでしたが、いったいどうなっているのでしょう。おかげで今年はまだハレ男が続いています。
今回は僕もクルーも操船で手一杯。写真は一枚も取れませんでした。佐久島で全員で撮った写真をそのうちI先輩から送って来てもらえると思います。
それではまた。
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しんさんのよもやま話

2009年07月24日 21時33分14秒 | Weblog
7月24日(金)曇

今日は7年近く前に、中部マーケティング協会主催でアメリカ西海岸・メキシコ視察旅行をしたメンバーの飲み会でした。毎年2回懇親会があってメンバーの参加率が50%を切ったら終了する予定でずっとやってきましたが、ついに参加率が50%を切ってしまい今回で終了することになりました。それにしても今回は出席者がドタキャンの2名を除くと5名しかいないと言う寂しい会になってしまいました。いろいろな企業の方達との交流の場となっているのですが、みなさん当時の肩書きが外れて交際費も出ないから来ないようです。
僕は退職してから毎回自費参加で人との付き合いを大切にしてきたつもりですが、ビジネスとしての付き合いと割り切っている人達が多いのが現実なのでしょう。年をとって来ると自分の好きなこと以外参加しなくなるのが常ですが、もう少し幅広く社会と接していくことも僕は必要だと思うのですが。そうしていないと年寄りはますます我儘で意固地になっていくだけだと思います。確かにサラリーマンとして今迄気を使っていたのが、恐いもの知らずになってわがままになっていく人達を職場でもよくみかけます。若い頃は職場でそれなりの制約を受けながらやってきた人達が退職再雇用の身になってクビになってもそう困らないから、自分に都合の良い人達だけの付き合いになったり、我儘な発言を言う気持ちもわからないわけではありませんが、もっと人間としての幅広さを求めていくことがあるべき姿だと自分は思っています。人間いくつになっても、人生修行から脱することはできないのですから。

ところで明日はヨットで島にランチを食べに行く予定ですが、天気が心配です。今年はゴルフもヨットも晴天に恵まれて今のところ雨にあっていません。でも明日はちょっと心配です。本来ならこの時期は梅雨明けの青空に真っ赤な太陽がぴったりの季節なのですが、今年は少し変な天気です。
今日はこれまでです。明日の話はまた明日にでも。
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しんさんのよもやま話・・・ゴルフ編(09-17)

2009年07月23日 20時57分29秒 | 趣味
7月23日(木)晴

今日は暑かったですね。休暇を取ってゴルフに行ってきました。そして今年初めて100を切る好スコアでラウンドできました。前回(6月27日)に後半良いスコアだったので、練習はしていませんでしたが100を切れそうな予感がしていました。

前半の7ホールまではボギー、パー、ボギー、パー、ボギー、ボギー、ボギーと完璧なゴルフをし、8ホール目のロングで2ndをOBとしてしまいトリプルの8にしてしまいましたが、前半の最終ホールもボギーでなんと46でまわってしまいました。フェアウェイウッドで失敗した以外はショットのミスはほとんどありませんでした。パットも1パットは1回でしたが残りすべて2パットに収めたので最高でした。

後半は1、2ホールとバンカーにつかまりダボ発進でしたが続くミドルで4mほどのパットを一発で沈めボギーとしてなんとか踏み止まっていました。しかし次のロングでドライバーを右の池に入れ1ペナ、3打目でフェアウェイに戻したものの4オンを狙ったバフィーがグリーン右の斜面につかまり、5オンにもならず結局トリプルの8にしてしまいました。後半は暑くてバテバテで茶店でスタミナドリンクを飲みたかったのですがオロナミンCしかなかったので、とりあえずオロナミンで我慢しました。最近後半でバテてしまいスコアをくずしてしまうパターンが多かったのですが、前回スタミナドリンクを飲んで体の軸がずれなくなったのでほんとうは強めのドリンク剤を飲みたかったところでした。
ともかく一息入れたあと5ホール目のショートはグリーン横のラフから乗せただけの2オンでしたが2パットのボギー、そして6ホール目はダボ、7ホール目のミドルでやっとパーが来てなんとか後半のハーフも50が切れそうなところまできました。ところが8ホール目ロングでまたもや2ndのバフィーで左に曲げて痛恨の1ペナ、それでも4打目をグリーン右のラフに持ってきたのですが30Yのアプローチを左に引っ掛け、次のアプローチでチョロ、7打目のアプローチはベタピンでなんとかトリプルの8で収めたもののハーフ50を切るのは難しくなってしまいました。最終のミドルホールはドライバーショットをフェアウェイセンターの残り120Yに付け2オンできそうな位置まできたのですが2ndショットを左に曲げてグリーン左のカラーに落としてしまいました。ピンは右端だったので40Yほどのアプローチをパターで寄せたのですがグリーンのマウンドを知らずに打ってしまい、大きくスライスして結局ボギーにしてしまいました。それでも後半51でまわり、トータル97でやっと100を切ることができました。

ともあれ今年十数回にしてやっと100が切れました。この記念すべきゴルフ場は東建塩河カントリー倶楽部でした。写真は最終ホールをクラブハウスから撮影したものです。100を切ったらゴルフ場を撮影するためいつもデジカメを持ち歩いていましたがやっと撮影できました。

今日はほんとうに疲れましたが気分は最高です。またしばらくゴルフの予定はありませんがこの調子で行くとまた100を切れそうな気がしています。要するに大タタキさえトリプルで踏み止まれば何とかなるもののようです。
それでは今日はこの辺で。
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しんさんのよもやま話・・・ヨット編(09-25)

2009年07月21日 21時57分12秒 | 趣味

7月21日(火)曇一時雨

今日は去年ヨットに遊びに来てくれた直ちゃんの開店日だったので三人でお祝いの花を贈り、ちょっと顔を出してきました。若くてこの時期に店を出すのは大変だと思うけど果敢なチャレンジを応援したいと思いました。

さて今日は昨日の続きで日間賀島クルージングの第2日の模様です。前日豪華な夕食に大満足でちょっと飲みすぎて、早くから寝てしまい4時半に目が覚めてしまいました。ちょうど窓から朝日が真っ赤に染まりかけていたので、そのまま起きて釣りに出かけました。同じように目が覚めた若手のケンちゃんとMaさん、Miさんと防波堤に出かけることに。昨晩の雨はすっかりあがり気持ちの良い朝でした。朝焼けの東の空をデジカメに収めました。写真は丁度佐久島の上に真っ赤な太陽が顔を出したところです。

そのあと防波堤でキスを釣っていましたが、ケンちゃんはなんとタコを釣ってしまいました。さすが日間賀島です。港でもタコが釣れるとは。7時に民宿「たかせ」に戻り朝食です。前日の残りの伊勢えびでだしをとった味噌汁と舟盛りの鯛とヒラメの煮物の日間賀島特産ののり等々で朝食をとり、民宿を出るとそれぞれが前日お世話になった人たちのお店におみやげを買いに走ってました。僕もカネ彦水産さんでイカの一夜干しを、自転車を借りた土産物やさんでシラスとのりを買い、みんなが太刀魚の刺身をごちそうになった店ではタコ飯を買ってきました。

干潮になる前に出航しないとキールが底についてしまうので、きが気ではありません。でも若手組みはみやげものを漁ってかなかなかきません。とりあえず水深の深そうな連絡船の桟橋にロートル組で船を移動し、連絡船乗り場からみんなを乗せて、9時すぎに出航しました。名鉄の連絡船乗り場でも我々の船を桟橋につけることを快諾してもらい、この島の東港の人達はやっぱり親切な人ばかりです。

この日は佐久島周辺でキス釣りをする予定でそのまま釣り場に直行です。あまり喰いはよくなかったですがそれでも全員キスを釣っていました。せっちゃんも大きなキスをなんとか釣り上げ指導していたMaさん、Siさんもきっとほっとしたことでしょう。Isoちゃんもちゃんと釣ってましたから釣れなかったのはサビキをやっていた僕だけだったようです。

午後1時すぎには釣り場から帰港です。約1時間半で無事マリーナに帰って来ることができました。マリーナでかたずけをしたあと残り物の食べ物とせっちゃん手製のそうめんを食べて解散しました。今年の一泊二日のクルージングもそれぞれが楽しんで無事終了しました。これで三河湾・伊勢湾の島々をすべて制覇しました。来年からはもう新たに行く所がなくなってしまいました。

これで今回のクルージングの話は終わりです。
それではまた。

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しんさんのよもやま話・・・ヨット編(09-24)

2009年07月20日 21時56分56秒 | 趣味
7月20日(月・祝)晴のち曇

昨日から予定通り一泊二日のクルージングに行って来ました。今年は日間賀島です。昨年の答志島よりずいぶん近いので心配は干潮時の港の水位だけでしたが、なんとかぎりぎりで大丈夫だったようです。

今回は昨日のクルージングの模様をお伝えしましょう。7月19日(日)、天気予報は曇のち雨の予報でした。8時半マリーナに着くと晴れていて暑い日差しで駐車場は満杯です。今回の参加メンバーは男性7名、女性2名の9人です。年齢は27才から62才までとバラエティに富んだ構成です。この日お世話になった民宿のおかみさんもどう言う関係の団体なのか不思議がっていました。でも簡単なことで我がヨット”レイア”に集まる人たちだけで毎年海の記念日には一泊二日のクルージングをしているだけのことです。今年で4回目になります。神島、篠島、答志島と来て今年が日間賀島と言う事です。たまにこの夏の企画に参加できなかった人達の要望で秋にも一泊二日のクルージングもすることもあります。去年の秋には佐久島にふぐを食べに行きました。

出航前に日間賀島のカネ彦水産さんに連絡をとって、昼過ぎに日間賀島周辺に着いたら港への案内をお願いしました。風は西よりの心地よい風でしたがクローズドホールドのため帆走だけでは時間がかかりそうでしたのでエンジンもかけて機帆走です。曇後雨の予報もあったので早めに日間賀島に着くよう若干計画を前倒しするためです。機帆走中、いつものMaさんが疑似餌でトローリングを始めました。しばらくして何とイナダがかかってきました。イナダはブリの幼魚ですがなかなかの良い型でさっそくその場でお刺身にしてみんなで一切れずつ食べました。やっぱり新鮮な魚はおいしいですね。食べている間にまたもや何かがかかったようで、せっちゃんがリールを必死で巻き込むものの途中で逃げられてしまいました。三河湾でもトローリングは何回かしたことはあるのですが初めてかかりました。

そんなことをしながら佐久島を越えて日間賀島、篠島の間の海域に入ってきました。早速カネ彦水産の奥さんに携帯から電話してナビをお願いしました。日間賀島、東港の赤灯台の手前の狭い水路を入ってテトラに近づかないよう注意しながら港の入口を見つけ、90度舵を右に切って無事入港です。港の岸壁にはカネ彦水産の奥さんや若奥さん、旦那さんと家族で接岸場所やらもやいをとってもらい無事午後1時着岸できました。丁度干潮をすぎた頃だったので船から岸壁に上るのが一苦労です。岸壁から手を引いてもらいヨットのフェンダーに足をかけてなんとか全員上陸完了。荷物は民宿に運んでもらい、しばしカネ彦水産さんのお店で一休みです。カキ氷を食べたり、いかの一夜干しを生ビールで飲んだりしてゆっくりくつろがせていただきました。カネ彦水産さんはおもしろい所でアジの開きの作り方の講習までしており、あまりきれいとは言えませんがなかなか味のあるところです。
しばらく休んでから、民宿「たかせ」さんに移動です。ここでもカネ彦水産のみなさんにはお世話になってしまいました。僕達ロートル組は若奥さんに車で送ってもらい、若い女性陣と男性陣は歩いて行くことになったのですが、おじいさんが道案内をしてくれたそうです。皆さん親切で感動ものです。

宿で着替えをして、皆さん午後7時の夕食まで自由行動です。僕以外のロートル組は昼寝です。僕は東港の前のみやげもの屋さんで自転車を借りて島内一周してきました。島内は自転車だと15分ぐらいで一周できてしまうそうですが、約1時間かけてゆっくりまわってきました。西港側は観光客も多くホテルや食堂など店も多くにぎやかでした。島の北側は大きな漁港です。島の東側は昔からの場所のようでお寺や神社、資料館などがあります。資料館では日間賀島のタコ漁やサメ漁の資料が展示してありました。あまり大した資料館ではありませんが冷房が効いていて涼むには最適でした。
ぐるっと一周して自転車を土産物屋さんに返すと冷たいお茶でも飲んで行きなさいとごちそうになりながら、ついつい長話になってしまいました。
一方若手グループはやはり東港の隣の土産物兼食堂で日間賀島特産のところてんを食べ、話し込んで太刀魚の刺身などをごちそうになったそうです。どこに行っても東港の人たちは皆さん親切で心温まる思いをしたようです。

民宿に戻ってちょっと感じの良いお風呂で汗を流したあと夕食です。これがまた最高でした。大きな鯛の舟盛りと大きなひらめの舟盛りに伊勢えびの造り、しゃこ、ゆでだこ、各人には大きなワタリガニが一匹ずつ、その他に生シラス、海老の塩焼き、小鯛の塩焼き、たこめし、等々、これで一泊二食1万円は安いものです。今迄いろいろな島に行きましたが日間賀島の東港は最高です。みんな親切だし、料理はおいしくて安いし、静かで落ち着いた町でした。

第一日はこれで終わりです。次回には第二日を報告します。
長くなりましたが読んでいただきありがとうございます。
写真はひらめの舟盛りです。ホームページも更新しました。今回は写真を多く掲載してみました。http://www3.ocn.ne.jp/~leia1755/38.html
どうぞご覧下さい。
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しんさんのよもやま話・・・ヨット編(09-23)

2009年07月18日 18時15分46秒 | 趣味
7月18日(土)曇時々晴

さていよいよ明日から一泊二日のクルージングに出かける予定です。予報では明日はあまり天気がよくないようですが、海が荒れなければ出航する予定です。島の民宿を予約してあるので飲み物とつまみ類を中心に買物をしてきました。着替えも半袖・半ズボンを押入れから出して夏支度も準備しましたが、船に乗っている時は相変わらずの長袖・長ズボンになりそうです。合羽も覚悟して準備しました。毎年二日のうち一日は降られているのでしかたないかもしれません。
一応万全の準備はしたつもりですが、必ずなにか忘れるので今回も何か忘れそうです。今回はデジカメのバッテリーの充電もして、予備のメモリーも持ったのでスナップをいっぱい撮れそうです。

と言う事でこのブログもその間お休みです。もっともあまり疲れてなければ今回のクルージングの模様もこのブログで紹介したいと思います。9人でのクルージングであり、時間的余裕はたっぷりある日間賀島なのでゆっくり安全に行きたいと思います。

そう言えば石川遼君やっぱりダメでしたね。やはり風が強くなったり、冷たい雨が降ったり条件が厳しくなって来ると技術がまだ足りないような気がしました。でも16歳のイタリアのアマの選手は予選を通過したようですから世界は広いですね。まぁこれで深夜のTVも見ないでしょうから明日は快調に起きれそうです。

それでは帰港するまで。
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しんさんのよもやま話

2009年07月17日 21時02分47秒 | Weblog
7月17日(金)雨のち曇

今朝の雨は強烈でした。家から地下鉄の駅まで歩いて20分かかるのですが、その間に靴の中に水が浸み込んできて靴下はびっしょり、ズボンは膝から下はびっしょりになってしまいました。会社の前のコンビニで靴下を買い、会社に着くと靴下を脱いで、ズボンをまくってスリッパになっていました。脱いだ靴には古新聞を入れて乾かしました。今日は東京に出張で2時間後には出かけるのでそれまでに少しでも乾かしておきたかったわけです。今日の雨は雷を伴っていましたのでそろそろ梅雨明けと言うことなのでしょう。子供の頃は雷を伴った雨が降ると梅雨明けだと親に言われたものでした。あっているかどうかは別にして昔は親から子供へのメッセージがたくさんあったような気がします。逆に現代はTVや新聞等からの情報が正しいので親は余計なことが言えなくなってしまったのではないでしょうか?
親から子供へのメッセージの中に観天望気があると思います。僕のふるさとでは夕方に富士山に傘雲がかかっていると明日は雨だとか言って農作業を暗くなるまでやって終えてしまうようにしていました。科学的な根拠はよくわからないけれども経験から得た確率の高い予報だったと思います。夕方の虹は晴、朝焼けは雨、日傘月傘は雨などもよく言われる観天望気です。今はあまり言う機会がなくなってしまったのかもしれませんね。なぜならTVやインターネットでもっと正確な予報がでているから。でも予報では局所的な天気や山の天気、海の天気はあまりあてにならないのも事実です。海に出ていると風の方向によって天気が変わることを経験的に知っていると結構便利なものです。

情報ツールの発達が親から子供へのメッセージをなくしてしまったことは他にもいっぱいあります。農作物についてもスーパーで売られている形でしかわからない子供が多くなっているのもその一つだと思います。要は自然と向き合った生活から離れてしまったが故の現象なのでしょう。山や海とともに生活することも必要だと思うのですがどうなのでしょう?

久しぶりの東京は疲れました。東京は便利なようで結構歩くのでダイエットには良いけどやっぱり疲れます。昨日の夜から今朝方にかけて全英オープンの中継を見てしまったので寝不足かもしれません。でも石川遼君の活躍はすばらしかったですね。途中でやめようと思いながら結局最後までTVを見てしまいました。あの子は17歳だけど何か他の人とは違ったスターの魅力を持っているようです。男子のプロゴルフはあまり見ないのだけど多分今晩も見てしまいそうです。

それではまた。
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