伊勢すずめのすずろある記

伊勢雀の漫歩…。
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  感性の趣くままに-。

小春のような日和に誘われ、徒然なるままの川歩き…。

2013年11月12日 | 随筆・雑感・回想など
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 南に延びた寒冷前線を伴い、山陰沖で急速に発達し本州を縦断しながら、北日本から関東地方にかけて積雪や寒波をもたらした低気圧が、オホーツク海に抜けて、今年一番の冷たい北西季節風の吹く冬型の好天となった。 伊勢市の町なかの街路樹も、晩秋の西高東低の気圧配置に促され、シベリア高気圧の張り出しと共に、ようやく色づきはじめた。今年は郊外の山畑の蓮台寺柿もかなり豊作のようだ。 11月も半ばに差しかかり、3日後には狩猟も解禁となるので、少し薄ら寒いけれどその前にと、小春のような日和にも誘われて、朝から川歩きに出かけた。
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 いつものように、五十鈴川の下流から土手道を遡り、五十鈴公園付近の御側橋(おそばはし)の所で川原へ下りる。前にも書いたが、ここから上流の宇治橋までの川原は、「神足石」(しんそくせき。じんそくせきとも読む)の産地である。形の良いきれいなものは滅多に拾えないが、V字欠刻のある扁平な亜円礫や亜角礫なら幾らでも転がっている。 江戸時代に、宇治の郷人(さとびと)山中明海によって発見されたと言うこの五十鈴川原産の奇石は、正に神様の足ならぬ「人の足形」をしている。中には、左右対称のハート形の小礫もある。まずまずのものを2個拾う。
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 内宮前の混雑を避け、一路宮川へと向かう。宮川の下流は川幅が広く、中州や三角州があり分流しながら伊勢湾の南岸へと注いでいるが、度会橋付近の桜堤以外は、葦が茂り、水鳥が群れているだけで、川漁師の小船の姿も無く殺風景である。 川面に映える紅葉を見るには、やはり上流に行かないとダメである。伊勢市の近郊ならば、南島方面に向かう県道22号線を宮川支流の一之瀬川に沿って遡り、さらに支流の彦山川や小萩川に分け入るとよい。川沿いの林道を少し遡ると、色づいた雑木林が晩秋の里山らしい風景を演出している。
 この日は、一之瀬川沿いの県道を南中村まで走ってみた。南中村から藤越えに至る山道は、県道(151号線)ではあるが、このルートは道幅も狭くて付近の林道と全く変わりが無い。杉や檜の林立する一之瀬川の谷間を源流へと進むと、途中、道端の小谷に清水の迸る水呑み場(川上の清水 ~「倭姫伝説の神水」との立札がある)が整備されている。
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 さらに上流の東宮橋(とうぐうばし)に至ると、度会町簡易水道の水源地となるが、ここの道沿いの崖には、県指定の天然記念物の「燧石」(ひうちいし。度会町火打石の村落東方の山中にある)と同質の、一部フリント質となったチャートが露頭を成している。ここのチャートは、灰白色~灰黒色Suigenti_rotou
(青白色~淡緑色も介在)、ガラス質で、燧石の立派なサンプルになる。 このあたり一帯は、砂岩と共に古生層のチャートが豊富であり、かつては炉材用の青白珪石として採掘していた場所も複数あるが、昭和初期の時代であり、いずれも道が絶ち消えて今は入れない。
 藤越えに向かう道沿いは、紅葉もあって感じの良い渓流ではあるが、水石はさっぱりである。チャートの他に、石灰岩や輝緑凝灰岩、頁岩、粘板岩が分布し、それらに方解石などの小脈を雑えていないと、質の良い鑑賞石は得られない。
 帰路の途中、夏以降入っていない彦山川に久しぶりに寄ってみた。やはり名石(伊勢銘石)の主産地である。いつもの場所で、納得のいく滝石など3個ほど揚石するに及んだ。
Takiishi_meiseki
 晩秋の川遊びは、誰もいないだけに貸し切りみたいで、川原や石溜りでの探石も我輩の独壇場である。自採石での名石のゲットも、今年の目標まであと2つとなった。





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