事務職員へのこの1冊

市町村立小中学校事務職員のたえまない日常~ちょっとは仕事しろ。

日本の警察 その112「罪の轍」 奥田英朗著 新潮社

2019-11-23 | 日本の警察

その111「スワロウテイルの消失点」はこちら

奥田英朗の「オリンピックの身代金」は傑作だった。わたしは2009年のマイベストに選んでいます。あれから十年、奥田はまたしても超弩級のホームランをかっ飛ばした。

東京オリンピックを翌年に控えた1963年、礼文島で昆布漁に明け暮れる宇野は、みんなに莫迦(ばか)と呼ばれるなど、悪意に囲まれていた。先輩漁師にだまされ、ほとんど殺されるような扱いで島を出た宇野は、空き巣をくり返しながら東京に出る。あこがれの都が宇野に与えたもの、奪ったものとは……

わたしにとっては泉谷しげる主演のTVムービーが印象深い「吉展ちゃん誘拐事件」がモデルになっている。警察が営利誘拐の捜査にまだ慣れていない時代。逆探知が認められず、家庭に電話がまだあまり普及せずにいたために、捜査陣(なんと「オリンピックの身代金」と同じ連中)は右往左往する。

奥田英朗は、当時の風俗をこれでもかと描ききる。うまいなあ、と何度もうなった。わたしと同じ学年だから、まだ3才か4才だったはずなのに、しかも岐阜の田舎に住んでいたはずなのに(笑)、どうして1963年の東京をこれだけ活写できるのだろう。

奥田がうまいのはその描写だけではなく、“描かない”ことでドラマに余韻をもたせているのだ。思えば「オリンピックの身代金」のラストで、ある人物の慟哭が淡々と描かれてむしろ悲劇性が増していた。今回も、罪の轍をつける“最初の悪”を、実は一度も登場させないのだ。あ、ネタバレに近いか。もうしわけない。

冒頭から宇野という人物の視点で話が進むので、いくつか登場する犯罪が彼によるものだろうと読者が確信したあたりで宇野をひっこめる呼吸もすばらしい。

組織的な捜査が必要だと痛感する大学出の刑事が家庭的であるために、宇野という人物の不幸と、そして圧倒的な魅力が浮き彫りになる。ミステリとして、そして昭和を描いた小説として極上。

その113「W県警の悲劇」につづく


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