その57「マークスの山」はこちら。
ふたりの男がいる。三十をこえているので、分別がない年齢というわけでもない。
しかし躁鬱の気があるひとりは携帯サイトをつかって“でかいヤマ”につきあう仲間を唐突に募集する。応じたのは新聞配達で日々を暮らす暗い男。
片側に、高級住宅街に住む一家。両親ともに歯科医で、子どもたちは“附属”に通う知的水準も所得水準も高い人種。
このふたつが、歯痛という一項目だけでつながり、惨劇がはじまる。
侵入する方法も乱暴なら、殺すつもりもなかったはずなのに、なぜかふたりは一家四人を皆殺しにする。まるでキャベツをつぶすように……
髙村薫の、世田谷一家殺人事件などをモチーフにした作品。とくれば「照柿」や「太陽を曳く馬」などのような、徹底して粘着質な、ドストエフスキー入ってるぜ!な小説だと思うでしょ。そのとおりです。んもう徹底的に犯人たちの心理、被害者たちの日常、そして合田たち警察の捜査活動が微細に描かれ、今回も読者を事件の渦中にまきこみます。他人ごとじゃないよと。
意外なことに犯人たちは早々に逮捕され(なにしろ無計画で無謀な殺人だから)、しかしその後の取り調べは難航する。なぜなら、そこにははっきりとした動機がうかがえないから。
検察もふくめて捜査陣は、特に犯罪者にシンクロすることでは誰にも負けない合田雄一郎は
「動機の解明は必要なことなのか」
と懊悩する。この時点で、明らかにこの小説はミステリではないわけで、これから読む人はそこを覚悟して読んでほしいかな。
犯人のひとりに“血”の問題があったり、死刑囚となった犯人と合田(今回はひたすら傍観者的。なにしろ中間管理職だから)が文通したり、トルーマン・カポーティの「冷血」を強烈に意識していることがわかる。
で、あの作品がカポーティをつぶしてしまったのと同じ道を髙村が歩まなければいいなと……そんな心配が必要なタマじゃないですわね。次作も期待しています。
その59「転迷」につづく。
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