事務職員へのこの1冊

市町村立小中学校事務職員のたえまない日常~ちょっとは仕事しろ。

「イングロリアス・バスターズ」Inglourious Basterds(2009 ワインスタイン・カンパニー)

2009-12-21 | 洋画

Inglourious_basterds_02 油断した。

 豪雪のなかを(しかも全国ニュースにまでなった鶴岡方面に向かって)シネコンに飛びこんだのは、タランティーノの新作の上映がもうすぐ終わってしまうからだ。

 こんな酔狂な客はわたしだけではなかったようで、うしろの方にもうひとりちゃんとお客さんがいてホッ。

 しかしわたしひとりだったら大声で笑ったり、確実に拍手はしていたな。それほどに、「イングロリアス・バスターズ」はいつものタランティーノであり、いつも以上のタランティーノでもあった。

 ストーリーはナチス占領下のフランスにおけるユダヤ人の復讐譚ということになっているが、ナチスを殺しまくる“栄光なき野郎ども(イングロリアス・バスターズ)”のリーダーであるブラッド・ピットは、始終ヘラヘラしっぱなし。バスターズも、よくもまあこれだけ下品な顔を集めたもんだとあきれるほど。戦争アクションを期待する向きは激怒するだろう。なにしろ彼らは屋外では一発も発砲しない!そんな戦争映画あるもんか。

 そのかわりに残虐シーンのオンパレード。ネイティブ・インディアンの血をひいているから(勝手な理屈)と、ブラピはナチスたちの頭の皮を収集し、生かしておく人間のひたいにはハーケンクロイツの傷を刻みこむ。カタルシスがあるんだかないんだかわからない設定。まあ、ユダヤ系の観客は卒倒するほど喜んだろうが。

 タランティーノが痛快爽快な娯楽映画をめざしていたわけではないのは誰にでもわかる仕組みになっている。なにしろ上映時間は2時間半以上もあり、SSによって家族を皆殺しにされたユダヤ女性の復讐劇とバスターズの作戦は最後の最後までかみあわない。

 しかし見せる。

 オープニングの、地下室にかくまわれているユダヤ人家族を、SSの大佐が見つけだすまでの緊張感。パリに潜入したバスターズが、ナチスと鉢合わせしてしまった酒場における一触即発のやり取りと、例によっていきなり始まる祝祭のような銃撃戦への転調。音楽が「アラモ」に始まり(デイビー・クロケットが登場するような映画ではないにもかかわらず)、主役の女性が戦闘モードに入るときに流れるデビッド・ボウイの懐かしき「キャット・ピープル」のテーマがナスターシャ・キンスキーを想起させ(というよりカトリーヌ・ドヌーブそっくりです)……

 なにより役者の選択がすばらしい。

 一瞬たりともシリアスな表情を見せないブラピのへたれ野郎ぶりもいいし、「グッバイ・レーニン!」で親孝行なところを見せたダニエル・ブリュールのけた違いの失恋には苦笑。カタン、とスィッチが入ったようにどう猛になるメラニー・ロランの美しさときたら……

Inglourious_basterds_04  でも、今回は「ユダヤ・ハンター」であるSSの大佐を演じたクリストフ・ワルツにとどめをさす。上品な物腰と小狡い表情で次第に相手を追いつめていく彼の演技こそ、ヨーロッパの重みを感じさせてすばらしい。別に顔が大きい(「ジャイアント・フェイス」と作品内では表現されている)から応援しているんじゃないですよ。こんな俳優がほとんど無名でいたことのほうに驚かされる。そして、彼を抜擢し、ラストのびっくりするような展開のキーパーソンに仕立てたタランティーノの慧眼にも感じ入った。やるなあ。

 映画オタクであるタランティーノは、今回もファン向けにさまざまなメッセージをしこんでいる。レニ・リーフェンシュタールへの言及なんぞ、今や映画史家かタランティーノしかやってくれないだろうし、ドイツ映画に詳しいから、と映画評論家が潜入作戦の指揮をとるあたりのバカバカしさもいい(ちゃんと必然性があるように描かれてますけど)。ユダヤ人の得意技である映画製作において、ドイツ人が優越しようとしていたことも今回の作戦の背後にはある。

 なにより、復讐劇の舞台となるパリの映画館こそ主役級の存在感。カンヌ映画祭でいちはやく自らの才能を認めてくれたフランス映画界への恩返しでもあるのだろう。なにしろ、TVシリーズにしようと思っていたタランティーノに、

『君は、私を映画館に向かわせる数少ない監督の一人なのに、次の映画まで5年はお預けだなんてがっかり』

と激励してくれたのはリュック・ベッソンなのである。いいぞリュック。あんたも頭がでかいだけのことはある。

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