陰陽師的日常

読みながら歩き、歩きながら読む

シャーロット・ギルマン 『黄色い壁紙』 その10.

2005-07-20 22:26:42 | 翻訳
 それだけでなく、この壁紙には、ほかにも何かがあった――臭いだ。部屋に入った瞬間から、その臭いには気がついていたが、風が良く通って、日が差し込んでいさえすれば、それほどひどくはなかった。だが、一週間も、霧と雨が続いているいまは、窓を開けていようが閉じていようが、臭いはどこにもいかなかった。

 この臭いは、家中にしみこんでいる。

 ダイニングルームをただよい、居間にまでついてきて、玄関ホールに潜み、階段に横たわってわたしを待ちかまえているのだ。

 わたしの髪のなかにも潜り込む。

 車に乗るときでさえ、急に顔の向きを変えて不意打ちを食らわせてやる――と、あの臭いがするのだ。

 それにしても妙な臭いだ。 この臭いが何に似ているか、何時間も考えた。

 悪臭、ではない――最初のうちは。ひどく微かな、そこはかとない臭い、けれどもこれほど持続する臭いをわたしは知らない。

 湿っぽい天気のときは耐え難く、夜中に目が覚めると、身体の上におおいかぶさっていたりする。

 最初のうちは気に障ってしょうがなかった。屋敷に火をつけようかと真剣に思ったぐらいだ――そうすれば、臭いをつかまえられる。

 いまはずいぶん慣れた。臭いのことでわたしが思うのは、壁紙の色にそっくりだ、ということ。黄色い臭いなのだ。

 壁には非常に奇妙なしるしがついている。低いところ、裾板の近くだ。一本の筋が部屋をぐるりと一周しているのだ。筋は、ベッドを除いたあらゆる家具の後ろ側にも、一本の長い、まっすぐで均質な染みのように続いている。あたかも何度も何度もこすったかのように。

 こんな筋がどうしてついたのか、だれがつけたのか、いったい何のために? ぐるぐる、ぐるぐる、ぐるぐる、ぐるぐる、ぐるぐる……目が回ってしまう。

* * *



 とうとう見つけた。

 夜の間、ずっと見張っていると、変わるときがあるのを、わたしはとうとう見つけたのだ。

 表面の模様が、確かに動くのだ――それもそのはず、その奥にいる女が揺さぶっているのだ。

 ときどき、その向こうにものすごくたくさんの女がいるような気がするが、また別のときは、たったひとりのような気もする。女は素早く這い回っていて、そのためにあたりが揺さぶられているのだ。

 明るい場所では、女は静かにしているけれど、影になった部分では、鉄格子をつかんでひどく揺さぶっているのだ。

 女はいつもよじのぼって侵入しようとしている。けれどもだれも模様を乗り越えることはできない。つまり模様が抑えつけているのだ。だからこそ模様には、たくさんの頭がついているのだろう。

 女たちは越えてこようとする、そうして模様が女たちを抑えつけ、逆さまにすると、女たちは白目を剥く。

 頭を何かで覆うか、取り払うかすると、壁紙の俗悪さも、半減するはずだ。

(明日―たぶん―怒濤の最終回)

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