それだけでなく、この壁紙には、ほかにも何かがあった――臭いだ。部屋に入った瞬間から、その臭いには気がついていたが、風が良く通って、日が差し込んでいさえすれば、それほどひどくはなかった。だが、一週間も、霧と雨が続いているいまは、窓を開けていようが閉じていようが、臭いはどこにもいかなかった。
この臭いは、家中にしみこんでいる。
ダイニングルームをただよい、居間にまでついてきて、玄関ホールに潜み、階段に横たわってわたしを待ちかまえているのだ。
わたしの髪のなかにも潜り込む。
車に乗るときでさえ、急に顔の向きを変えて不意打ちを食らわせてやる――と、あの臭いがするのだ。
それにしても妙な臭いだ。 この臭いが何に似ているか、何時間も考えた。
悪臭、ではない――最初のうちは。ひどく微かな、そこはかとない臭い、けれどもこれほど持続する臭いをわたしは知らない。
湿っぽい天気のときは耐え難く、夜中に目が覚めると、身体の上におおいかぶさっていたりする。
最初のうちは気に障ってしょうがなかった。屋敷に火をつけようかと真剣に思ったぐらいだ――そうすれば、臭いをつかまえられる。
いまはずいぶん慣れた。臭いのことでわたしが思うのは、壁紙の色にそっくりだ、ということ。黄色い臭いなのだ。
壁には非常に奇妙なしるしがついている。低いところ、裾板の近くだ。一本の筋が部屋をぐるりと一周しているのだ。筋は、ベッドを除いたあらゆる家具の後ろ側にも、一本の長い、まっすぐで均質な染みのように続いている。あたかも何度も何度もこすったかのように。
こんな筋がどうしてついたのか、だれがつけたのか、いったい何のために? ぐるぐる、ぐるぐる、ぐるぐる、ぐるぐる、ぐるぐる……目が回ってしまう。
とうとう見つけた。
夜の間、ずっと見張っていると、変わるときがあるのを、わたしはとうとう見つけたのだ。
表面の模様が、確かに動くのだ――それもそのはず、その奥にいる女が揺さぶっているのだ。
ときどき、その向こうにものすごくたくさんの女がいるような気がするが、また別のときは、たったひとりのような気もする。女は素早く這い回っていて、そのためにあたりが揺さぶられているのだ。
明るい場所では、女は静かにしているけれど、影になった部分では、鉄格子をつかんでひどく揺さぶっているのだ。
女はいつもよじのぼって侵入しようとしている。けれどもだれも模様を乗り越えることはできない。つまり模様が抑えつけているのだ。だからこそ模様には、たくさんの頭がついているのだろう。
女たちは越えてこようとする、そうして模様が女たちを抑えつけ、逆さまにすると、女たちは白目を剥く。
頭を何かで覆うか、取り払うかすると、壁紙の俗悪さも、半減するはずだ。
(明日―たぶん―怒濤の最終回)
この臭いは、家中にしみこんでいる。
ダイニングルームをただよい、居間にまでついてきて、玄関ホールに潜み、階段に横たわってわたしを待ちかまえているのだ。
わたしの髪のなかにも潜り込む。
車に乗るときでさえ、急に顔の向きを変えて不意打ちを食らわせてやる――と、あの臭いがするのだ。
それにしても妙な臭いだ。 この臭いが何に似ているか、何時間も考えた。
悪臭、ではない――最初のうちは。ひどく微かな、そこはかとない臭い、けれどもこれほど持続する臭いをわたしは知らない。
湿っぽい天気のときは耐え難く、夜中に目が覚めると、身体の上におおいかぶさっていたりする。
最初のうちは気に障ってしょうがなかった。屋敷に火をつけようかと真剣に思ったぐらいだ――そうすれば、臭いをつかまえられる。
いまはずいぶん慣れた。臭いのことでわたしが思うのは、壁紙の色にそっくりだ、ということ。黄色い臭いなのだ。
壁には非常に奇妙なしるしがついている。低いところ、裾板の近くだ。一本の筋が部屋をぐるりと一周しているのだ。筋は、ベッドを除いたあらゆる家具の後ろ側にも、一本の長い、まっすぐで均質な染みのように続いている。あたかも何度も何度もこすったかのように。
こんな筋がどうしてついたのか、だれがつけたのか、いったい何のために? ぐるぐる、ぐるぐる、ぐるぐる、ぐるぐる、ぐるぐる……目が回ってしまう。
* * *
とうとう見つけた。
夜の間、ずっと見張っていると、変わるときがあるのを、わたしはとうとう見つけたのだ。
表面の模様が、確かに動くのだ――それもそのはず、その奥にいる女が揺さぶっているのだ。
ときどき、その向こうにものすごくたくさんの女がいるような気がするが、また別のときは、たったひとりのような気もする。女は素早く這い回っていて、そのためにあたりが揺さぶられているのだ。
明るい場所では、女は静かにしているけれど、影になった部分では、鉄格子をつかんでひどく揺さぶっているのだ。
女はいつもよじのぼって侵入しようとしている。けれどもだれも模様を乗り越えることはできない。つまり模様が抑えつけているのだ。だからこそ模様には、たくさんの頭がついているのだろう。
女たちは越えてこようとする、そうして模様が女たちを抑えつけ、逆さまにすると、女たちは白目を剥く。
頭を何かで覆うか、取り払うかすると、壁紙の俗悪さも、半減するはずだ。
(明日―たぶん―怒濤の最終回)
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