その9.
「もう、わたしのことはかまわないで」コニーはつぶやいた。
「なあ、この先に住んでるばあさんを知ってるだろう、ニワトリだとかなんだとか飼ってるばあさんだよ、知ってるよな?」
「あの人、もう死んじゃったわ!」
「死んだんだって? どういうことだ? 知ってるよな?」アーノルド・フレンドは言った。
「あの人、もう死んでるのよ?」
「嫌いなのか?」
「死んじゃったの――あの人――死んで、ここにはもういないの」
「でも、おまえはあの人がきらいなわけじゃないんだろう? っていうか、何かあのばあさんを向こうにまわしてやりあったなんてことはないだろう? 根に持つようなことだとか――」まるで自分のぶしつけさに気がついたかのように、急に声が低くなった。頭の上にのっているサングラスが、まだそこにあるかどうか確かめるように、指先でふれた。「さあ、いい子になるんだ」
「これから何をするつもり?」
「ふたつ、いや三つのことだ」アーノルド・フレンドは言った。「そのことはそんなに時間がかからないし、おまえが身近な人を好きになるように、オレのこともじきに気に入るだろう。大丈夫だ。ここであれこれやるのももう終わりだ、出ておいで。おまえの家の人に迷惑をかけたくはないだろう?」
コニーはきびすをかえすと、椅子か何かにぶつけたせいで足は痛んだが、それでも奥の部屋へ走っていき、受話器を取り上げた。耳の奥で何か叫び声のような音が聞こえる。小さな叫び声だったが、極度の恐怖に吐きそうだったので、その叫び声を聞くよりほかは何もできそうになかった――電話はべとつき、ひどく重たい。ダイヤルを回そうと指をのばしたが、力が入らず、ふれることもできなかった。受話器に向かって、その叫び声に向かって悲鳴を上げ始めた。コニーは叫びながら母親を呼んだ。自分の息が肺のなかで逆流しているような気がする。まるでアーノルド・フレンドに情け容赦なく、何度も何度も何かで突き刺されでもしているかのようだ。コニーの周りのあらゆるものがあげる悲痛なすすり泣きの声は、耳を聾するほどで、ちょうど鍵のかかった家に閉じこめられるように、コニーは自分自身にがんじがらめにされてしまっていた。
やがて、コニーはふたたび物音を聞くことができるようになっていた。床に坐りこんで、汗まみれの背を壁にもたせている。
アーノルド・フレンドが戸口から呼んだ。「いい子だ。受話器を元に戻すんだ」
コニーは受話器を蹴飛ばした。
「そうじゃない、ハニー。拾うんだ。拾って、元に戻せ」
拾って元に戻した。発信音は止んだ。
「いい子だ。つぎは外に出てくるんだ」
それまで恐怖のために骨抜きにされていた彼女は、いまやただうつろな抜け殻のようになっていた。悲鳴をあげているうちに、恐怖は霧散してしまった。坐り込んだ体の下で、脚が痙攣していたが、脳の奥の方でずっと、何か光のようなものがぱっぱっとひらめいていて、気持ちを鎮めさせてくれない。コニーは思った。わたしはもう二度とお母さんには会えないのだろう。コニーは思った。もう自分のベッドで眠ることもできないのだろう。明るいグリーンのブラウスは汗で濡れていた。
(いよいよ明日最終回)
(※「鶏的思考的日常vol.20」更新しました。やっと12月まで来ました。
http://f59.aaa.livedoor.jp/~walkinon/index.html)
「もう、わたしのことはかまわないで」コニーはつぶやいた。
「なあ、この先に住んでるばあさんを知ってるだろう、ニワトリだとかなんだとか飼ってるばあさんだよ、知ってるよな?」
「あの人、もう死んじゃったわ!」
「死んだんだって? どういうことだ? 知ってるよな?」アーノルド・フレンドは言った。
「あの人、もう死んでるのよ?」
「嫌いなのか?」
「死んじゃったの――あの人――死んで、ここにはもういないの」
「でも、おまえはあの人がきらいなわけじゃないんだろう? っていうか、何かあのばあさんを向こうにまわしてやりあったなんてことはないだろう? 根に持つようなことだとか――」まるで自分のぶしつけさに気がついたかのように、急に声が低くなった。頭の上にのっているサングラスが、まだそこにあるかどうか確かめるように、指先でふれた。「さあ、いい子になるんだ」
「これから何をするつもり?」
「ふたつ、いや三つのことだ」アーノルド・フレンドは言った。「そのことはそんなに時間がかからないし、おまえが身近な人を好きになるように、オレのこともじきに気に入るだろう。大丈夫だ。ここであれこれやるのももう終わりだ、出ておいで。おまえの家の人に迷惑をかけたくはないだろう?」
コニーはきびすをかえすと、椅子か何かにぶつけたせいで足は痛んだが、それでも奥の部屋へ走っていき、受話器を取り上げた。耳の奥で何か叫び声のような音が聞こえる。小さな叫び声だったが、極度の恐怖に吐きそうだったので、その叫び声を聞くよりほかは何もできそうになかった――電話はべとつき、ひどく重たい。ダイヤルを回そうと指をのばしたが、力が入らず、ふれることもできなかった。受話器に向かって、その叫び声に向かって悲鳴を上げ始めた。コニーは叫びながら母親を呼んだ。自分の息が肺のなかで逆流しているような気がする。まるでアーノルド・フレンドに情け容赦なく、何度も何度も何かで突き刺されでもしているかのようだ。コニーの周りのあらゆるものがあげる悲痛なすすり泣きの声は、耳を聾するほどで、ちょうど鍵のかかった家に閉じこめられるように、コニーは自分自身にがんじがらめにされてしまっていた。
やがて、コニーはふたたび物音を聞くことができるようになっていた。床に坐りこんで、汗まみれの背を壁にもたせている。
アーノルド・フレンドが戸口から呼んだ。「いい子だ。受話器を元に戻すんだ」
コニーは受話器を蹴飛ばした。
「そうじゃない、ハニー。拾うんだ。拾って、元に戻せ」
拾って元に戻した。発信音は止んだ。
「いい子だ。つぎは外に出てくるんだ」
それまで恐怖のために骨抜きにされていた彼女は、いまやただうつろな抜け殻のようになっていた。悲鳴をあげているうちに、恐怖は霧散してしまった。坐り込んだ体の下で、脚が痙攣していたが、脳の奥の方でずっと、何か光のようなものがぱっぱっとひらめいていて、気持ちを鎮めさせてくれない。コニーは思った。わたしはもう二度とお母さんには会えないのだろう。コニーは思った。もう自分のベッドで眠ることもできないのだろう。明るいグリーンのブラウスは汗で濡れていた。
(いよいよ明日最終回)
(※「鶏的思考的日常vol.20」更新しました。やっと12月まで来ました。
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