陰陽師的日常

読みながら歩き、歩きながら読む

フォークナー 「納屋は燃える」その1.

2008-10-10 23:12:33 | 翻訳
今日から十回くらいの予定で、ウィリアム・フォークナーの短篇『納屋は燃える』を訳していきます。原文にはniggerという単語が頻繁に出てきて、それに合わせて日本語をあてている点はご理解ください。
ちょーっとずつ訳すから、まとめて読みたい方は10日ほど先にのぞいてみてください。
原文はhttp://members.lycos.co.uk/shortstories/faulknerbarn.htmlで読むことができます。

* * *
Barn Burning(「納屋は燃える」)

by Wiliam Falkner


 治安判事裁判が開かれている店はチーズのにおいがした。混み合った店の奥で、少年は樽の上にあぐらをかいていたが、このにおいがチーズだということは、すぐにわかったが、においはそれだけではなかった。彼の坐っているところから、ずんぐりと平たい、重たそうなブリキの缶詰が見えて、そのラベルを胃袋で読んだ。彼には意味を結ばない文字ではなく、真っ赤な悪魔と銀色に弧を描く魚の絵で――いわば、鼻で嗅いだチーズと腸で感じる缶詰の魚のにおいが、それ以前から絶えず感じていたにおいの合間に、ときおり突風のように押し寄せてくるのだった。もう一方のにおいというのは、失望と悲しみのにおい、いくばくかの恐れと、もっと古い、血の気がざあっと引くような感覚も入り交じったにおいだった。

少年はテーブルに目をやることができないでいた。そこには判事が坐っていて、その前に少年の父親と、父親の敵(おれたちの敵だ、と絶望的な気持ちでそう思った。おれたちのだ! おれとあの人の両方にとって敵なんだ! あの人が、あそこにいるのがおれの父さんなんだ!)が立っていた。彼の耳には話し声が聞こえていた。そこにいるふたりが話していたのだが、父親はまだ何も言っていなかった。

「だが、その証拠はあるのかね、ミスター・ハリス?」

「さっき申し上げましたじゃねえですか。豚がわしのトウモロコシ畑に入ってきたもんだから、わしはそいつをつかまえて、この男のところへ戻してやったですよ。この男は豚を閉じこめておく柵を作ってねえ。だからそう言ってやった、注意してやったんだ。つぎに逃げてきたときは、わしはその豚をうちの囲いのなかに入れといてやりました。この男が豚を連れに来たとき、わしは囲いを十分修理できるぐらい、針金をたっぷりやったんです。そのあとでまた豚が来たから、今度もわしはそいつをつかまえておきました。馬でやつの家に行ってみたら、わしがやった針金がまだ巻いたまんま、庭に転がしてあるじゃねえですか。わしはやつに言ってやりましたよ。預かり賃を1ドル払ったら、返してやるって。その晩、黒んぼがひとり、1ドル持ってやってきて、豚を連れて帰りました。見たことのねえ黒んぼでした。そいつが言うんです。『あの人が伝えろって言うた。あんたのところの薪や干し草やなんかが焼けることになるぞ、って』。だからわしは『なんだって?』って聞いたんだ。『あんたに伝えるようにあの人が言うたんだよ』って黒んぼが言うんです。『薪や干し草やなんかが焼けることになる』って。その晩です。うちの納屋が燃えた。なかのものは全部運びだしましたが、納屋は丸焼けになったですよ」


(この項つづく)


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