陰陽師的日常

読みながら歩き、歩きながら読む

サキ「メスのオオカミ」(前編)

2009-02-04 22:50:47 | 翻訳
今日からしばらくサキの短篇を訳していきます。
最初は「メスのオオカミ」という話。まとめて読みたい人はあさってぐらいにのぞいてみてください。

原文はhttp://haytom.us/showarticle.php?id=46

* * *

「メスのおおかみ」(上)


 レオナルド・ビリシッターは、この世界に何の魅力も興味も見いだせなくて、「見えざる世界」、自分が体験したり想像したり、ときにはでっちあげたりした世界で埋め合わせをしようとする連中のひとりだった。確かに子供もそういうことをたくみにやるものだが、自分がそう思いこめさえすれば、それで充分だ。ほかの人まで信じこませて、自分の信じる世界をありきたりのものにしてしまうようなことはしないのだ。ところがレオナルド・ビリシッターは自分の信じるものについて「ごく少数の人びと」にだけ、要するに自分の話に耳を傾けてくれるなら、誰にだって聞かせるのだった。


 もし、彼の神秘主義の知識の在庫が裏付けられるようなできごとがたまたま起こらなかったなら、あちらの世界に首をつっこむようになったといっても、透視家といっても内々のもの、ごくありきたり、あたりさわりのない話をするぐらいのものだっだろう。ウラル地方の鉱山に関わっている友人と一緒に東ヨーロッパを旅行したのだが、おりしも、ロシア鉄道の大ストライキの怖れが現実のものになりそうな時期に当たっていた。ストが勃発したのは彼が帰途についているさなか、ペルミの手前のことだった。数日間、名もない駅で停車したままになった汽車のなかで、彼は馬具や金具の取引をしている商人と知り合いになった。商人は動かないあいだの退屈しのぎに、このイギリス人旅行者に向けて、バイカル湖を渡って商売をしている連中や、その地方に住む人びとから聞いた民話を断片的に聞かせてやったのだ。レオナルドは国に帰って、ロシアでストライキに遭遇した話は何度もしたが、かの有名なシベリアの魔術に関しては、ちらりとほのめかすだけ、闇に包まれた神秘の数々については、容易に口を開こうとはしなかった。

その口がほどけかけたのは、一週間か二週間ほどしてからのこと、誰もまったく興味を示さなくなってしまったから、レオナルドは徐々に詳しいことを暗に示すようになった。なんでも彼の言うところでは、この神秘のパワーたるやすさまじい威力があって、その秘儀を許されたひと握りの者たちに授けられるのだとか。彼の伯母のセシリア・フープスは、真実も愛するが、センセーションならさらに愛するという人物だったものだから、行く先々で、レオナルドったらわたしの目の前でカボチャを鳩に変えて見せたんですのよ、と説明にこれ努める、願ってもないほどのにぎやかな広告塔となったのである。もっとも超能力を発揮したことに関しては、ミセス・フープスの想像力を考慮に入れて、いくぶん割り引いて受けとる人びともいたようだが。

 レオナルドが超能力者であるか、それともペテン師であるかは意見の分かれるところだったが、メアリー・ハンプトンの家で開かれたパーティに、超能力者、もしくはペテン師として、大物一歩手前の名声を持って登場したのだった。もちろん彼も自分に割り当てられた名声を避けるつもりはまったくない。神秘のパワーだの超能力だのということが、レオナルドか彼の伯母がいるところではどこでも話題の中心となり、そこで彼がやったこととかこれからできそうなことを、謎めかして口にしたり、暗に認めてみせたりしたのだった。

「ビリシッターさん、わたし、オオカミになってみたいわ」レオナルドが到着してつぎの火の昼食の席で、女主人が言った。

「おやおや、メアリー」ハンプトン大佐が言った。「おまえにそんな趣味があったとは夢にも思わなかったな」

「メスのオオカミよ、もちろんね」ミセス・ハンプトンは続けた。「気がついたらいっぺんに性別も種族も変わってしまってたらまごついてしまいますもの」


(この項つづく)



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