陰陽師的日常

読みながら歩き、歩きながら読む

シャーリー・ジャクスン 『くじ』 その1.

2004-10-13 06:46:16 | 翻訳
以前訳したシャーリー・ジャクスンの『くじ』を数回に分けて掲載します。
あくまで趣味的に訳したものなので、精度は保証の限りではありません。
正確な訳を期待される方は、早川書房から出ている『異色作家短編集 12』で、深町真理子の名訳をお楽しみください。
原文は
http://www.acsu.buffalo.edu/~rrojas/The%20Lottery.htm

で読めます。
誤訳などにお気づきの方は、ぜひご一報ください。

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 『くじ』
         シャーリー・ジャクスン

 六月二十七日の朝は、晴れ渡った空の下、さわやかな夏の日となった。花は一面に咲き乱れ、草は青々と繁っている。村の人々は、郵便局と銀行の間の広場に、十時ごろから集まり始めた。人口が多いために、くじをひくのに二日もかかってしまい、六月の二十日から始めなければならないというような街もあるらしいのだが、三百人ほどしかいないこの村では、全員がくじをひいても二時間もかからないうちに終わってしまうので、午前十時に始めても時間内に終わるどころか、村人たちが昼食を取りに家に帰る時間も十分にあるのだった。

 最初に集まってきたのは、むろん子どもたちである。学校が終わって夏休みに入ったばかり、どの子も急にいましめを解かれた感覚にどこか落ち着かない。やってきてもしばらくは静かなまま、わいわい言いながら遊び始めるでもなく、まだクラスや先生、本や叱られたことなどを言い合っていた。ボビー・マーティンのポケットは、はや、石でいっぱいで、ほかの男の子たちもすぐにならって、できるだけすべすべした丸い石を集め始めた。最後にボビーとハリーのジョーンズ兄弟とディッキー・ドラクロア(村ではデラクロイと発音されていた)が、広場の隅に大きな小石の山を積み上げて、他の男の子たちからの襲撃に備えて、そこを守っていた。傍らに立つ女の子たちは、自分たちだけで話ながら、肩越しに男の子たちを見ていた。もっと小さな子どもたちは、地面を転がったり、お兄ちゃんやお姉ちゃんの手をしっかり握っていたりしていた。

 そのうちに男たちが集まってきた。自分の子どもたちがいるのを確かめ、作物や雨の話、トラクターや税金の話をしている。石が積み上げてある一画からは距離をおいてかたまって立ち、冗談も穏やかなもので、大声をあげて笑うというよりは、ほほえむ程度のものだった。女たちは色あせた平生着のワンピースやセーター姿、男衆より少し後からやってきた。たがいに挨拶を交わし、夫のところへ行くまでの短い間にちょっとしたゴシップを交換する。そうして夫の横に立ち、子どもたちを呼んだのだが、なかなか来ようとはしないので、四度も五度も呼ばなければならないのだった。ボビー・マーティンは頭をひょいと引っ込めると、母親の手から逃げ出し、笑いながら石の山のほうに走っていった。父親が声を荒くして叱りつけたので、ボビーはすぐさま戻ってきて、父親と一番大きな兄の間におさまった。 

 くじの主催者は(スクエアダンスや十代のクラブ、ハロウィンの催しと同じく)、市民活動に捧げる暇とエネルギーを十分に備えたサマーズ氏。丸顔で陽気な石炭屋を営む人物で、ひとびとは、子どもがおらずガミガミと口やかましい細君を持った彼を気の毒に思っていた。そのサマーズ氏が、黒い木箱を携えて広場に到着すると、村人の間から、なにやらざわざわ言う声がいっせいにあがった。サマーズ氏は手を振って、呼びかけた。
「みなさん、今日は少し遅くなりましたな」
そのあとからついてきた郵便局長のグレイヴス氏が、持ってきた三本脚の丸椅子を広場の真ん中に置くと、サマーズ氏は黒い箱をその上に乗せた。だれも近くには寄ろうとせず、丸椅子から離れたままでいた。サマーズ氏が「どなたか手伝ってくださらんか」と言ったときも、しばらくもじもじしたままだった。やっとふたりの男、マーティン氏と長男のバクスターが前に出てきて、サマーズ氏が箱の中の紙切れをかき回している間、箱が動かないよう押さえつけた。

(この項続く)

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