7.
相変わらず日曜日になるとジョーと映画を観に行った。映画館ではジョーに筋を説明してもらい、結婚を申し込まれてつねられた。ある日のこと、映画館に行く前に、ジョーは立派な家の前で立ち止まった。木造でペンキの仕上げも美しい。感じの良いアパートメントで、ドアの鍵を開けて二階へ上がっていくと、壁紙が張ってあり、ワックスで磨かれた床は輝いていた。部屋は全部で五つ、モダンなバスルームもついている。わしと結婚してくれるなら、ここは全部あんたのものだ、とジョーが言った。皿洗い機も買うし、電気泡立て器も、奥様が持ってなさるようなサルティンボッカ・アラ・ロマーナをひっくり返せるような電気フライパンも買ってやろう。
このお金はどうやって工面したの、と聞くと、ジョーは、一万七千ドルを貯めたんだ、と言ってから、ポケットからなにやら取り出して見せた。貯金通帳だった。17,230ドル17セントのところにスタンプが押してあった。
もし嫁に来てくれるなら、全部おまえのものだ、という申し出に、それはできないわ、と答えたのだが、映画を観終えて、ベッドの中で機械のことを考えると悲しくなってきた。新世界になんて、来なきゃ良かった、と考えた。こんなことはもう二度とないだろう。ナスコスタに戻って向こうの人に、一人の男が――ハンサムではないけれど、正直で優しい人が――自分に17,000ドルかけて五つ部屋がある家を買ってくれた、と言ったとしても、絶対に信じてはくれないだろう。みんな、あたしはどうかしてると思うだろう。また寒い部屋でわらをかぶってぐっすり眠るなんてことができるだろうか。
彼女の一時滞在ビザは四月で切れることになっていた。帰国が迫っていたが、シニョーレは、もし望むなら延長申請をしてあげよう、と言ってくれ、彼女も、どうかそうしてください、と頼み込んだ。ある晩、台所にいるとき、シニョーレたちが低い声で話をしていたので、おそらく自分のことを話しているのだろうと思った。けれども、直接話してくれたのは、それからずいぶん時間が過ぎてから、ほかの人びとがみんな寝室に上がって、彼女もお休みなさいを言いに行ったときだった。
「すまない、クレメンティーナ」とシニョーレは言った。「君の延長申請が却下されたんだ」
「仕方ないです」と彼女は言った。「この国があたしにいてほしくないんだったら、あたしは帰るまでです」
「そういうことじゃないんだよ、クレメンティーナ。法律なんだ。残念だけど。君のヴィザは12日で期限切れだ。それまでに君の船を手配するよ」
「ありがとうございます、旦那様」彼女は言った。「おやすみなさい」
あたしは帰るんだ。船に乗って、ナポリに着いて。それからメルジャリーナから汽車に乗って、寝台車でローマに着く。ティブルティーナ駅をバスに揺られ、紫の排気ガスをカーテンのようにたなびかせながら、ティヴォリの丘を登っていくのだ。
ママにキスして、ママのためにウールワースで買った、銀のフレームに入った映画スターのダナ・アンドリュースの写真をプレゼントしているところを思い浮かべると、目に涙があふれた。広場に坐ったあたしのまわりを、まるで事故現場か何かのように人が取り囲む。そうしてあたしは自分の国の言葉でしゃべり、イタリア人の作ったワインを飲む。新世界では、自分で判断するフライパンがあることや、トイレ掃除用のパウダーすらバラの香りがすることを話すのだ。
その場面がまざまざと目に浮かんでくる。泉のしぶきが風に乗って顔に吹きつけてくることさえ感じた。集まった町の連中のいぶかしげな顔も見える。あたしの話を信じてくれる人がいるんだろうか。耳を傾けてくれる人が。もし、あたしがいとこのマリアみたいに悪魔に会ったとしたら、みんなは感心してくれるだろう。だけど、あたしがこの世の天国を見たとしても、誰も気になんてしてくれやしない。ひとつの世界を離れて、別の世界に来て、あたしはその両方を失ってしまったんだ。
(この項つづく)
相変わらず日曜日になるとジョーと映画を観に行った。映画館ではジョーに筋を説明してもらい、結婚を申し込まれてつねられた。ある日のこと、映画館に行く前に、ジョーは立派な家の前で立ち止まった。木造でペンキの仕上げも美しい。感じの良いアパートメントで、ドアの鍵を開けて二階へ上がっていくと、壁紙が張ってあり、ワックスで磨かれた床は輝いていた。部屋は全部で五つ、モダンなバスルームもついている。わしと結婚してくれるなら、ここは全部あんたのものだ、とジョーが言った。皿洗い機も買うし、電気泡立て器も、奥様が持ってなさるようなサルティンボッカ・アラ・ロマーナをひっくり返せるような電気フライパンも買ってやろう。
このお金はどうやって工面したの、と聞くと、ジョーは、一万七千ドルを貯めたんだ、と言ってから、ポケットからなにやら取り出して見せた。貯金通帳だった。17,230ドル17セントのところにスタンプが押してあった。
もし嫁に来てくれるなら、全部おまえのものだ、という申し出に、それはできないわ、と答えたのだが、映画を観終えて、ベッドの中で機械のことを考えると悲しくなってきた。新世界になんて、来なきゃ良かった、と考えた。こんなことはもう二度とないだろう。ナスコスタに戻って向こうの人に、一人の男が――ハンサムではないけれど、正直で優しい人が――自分に17,000ドルかけて五つ部屋がある家を買ってくれた、と言ったとしても、絶対に信じてはくれないだろう。みんな、あたしはどうかしてると思うだろう。また寒い部屋でわらをかぶってぐっすり眠るなんてことができるだろうか。
彼女の一時滞在ビザは四月で切れることになっていた。帰国が迫っていたが、シニョーレは、もし望むなら延長申請をしてあげよう、と言ってくれ、彼女も、どうかそうしてください、と頼み込んだ。ある晩、台所にいるとき、シニョーレたちが低い声で話をしていたので、おそらく自分のことを話しているのだろうと思った。けれども、直接話してくれたのは、それからずいぶん時間が過ぎてから、ほかの人びとがみんな寝室に上がって、彼女もお休みなさいを言いに行ったときだった。
「すまない、クレメンティーナ」とシニョーレは言った。「君の延長申請が却下されたんだ」
「仕方ないです」と彼女は言った。「この国があたしにいてほしくないんだったら、あたしは帰るまでです」
「そういうことじゃないんだよ、クレメンティーナ。法律なんだ。残念だけど。君のヴィザは12日で期限切れだ。それまでに君の船を手配するよ」
「ありがとうございます、旦那様」彼女は言った。「おやすみなさい」
あたしは帰るんだ。船に乗って、ナポリに着いて。それからメルジャリーナから汽車に乗って、寝台車でローマに着く。ティブルティーナ駅をバスに揺られ、紫の排気ガスをカーテンのようにたなびかせながら、ティヴォリの丘を登っていくのだ。
ママにキスして、ママのためにウールワースで買った、銀のフレームに入った映画スターのダナ・アンドリュースの写真をプレゼントしているところを思い浮かべると、目に涙があふれた。広場に坐ったあたしのまわりを、まるで事故現場か何かのように人が取り囲む。そうしてあたしは自分の国の言葉でしゃべり、イタリア人の作ったワインを飲む。新世界では、自分で判断するフライパンがあることや、トイレ掃除用のパウダーすらバラの香りがすることを話すのだ。
その場面がまざまざと目に浮かんでくる。泉のしぶきが風に乗って顔に吹きつけてくることさえ感じた。集まった町の連中のいぶかしげな顔も見える。あたしの話を信じてくれる人がいるんだろうか。耳を傾けてくれる人が。もし、あたしがいとこのマリアみたいに悪魔に会ったとしたら、みんなは感心してくれるだろう。だけど、あたしがこの世の天国を見たとしても、誰も気になんてしてくれやしない。ひとつの世界を離れて、別の世界に来て、あたしはその両方を失ってしまったんだ。
(この項つづく)
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