その5.
「そのことから、頭部と脳とを生きながらえさせるために、肉体のほかの部分が付随している必要はないと判断しても、非論理的とは言えないだろう。もちろん酸素を含んだ血液が、適切に供給できるよう、管理されなければならないのだが。
「そのときからだ。この映画からぼく自身の考えが生まれていったんだ。人間が死んだ後でも、その頭蓋骨の中から脳を取り出して、独立した器官として機能を保ったまま、永遠に生かし続ける、というアイデアだよ。たとえば、君の脳だ、死んだ後のね」
「そいつはごめんだな」と私は言った。
「まだ話は途中だよ、ウィリアム。最後まで言わせてくれ。その後の実験結果から、これだけは言えるんだ。脳は特異なほど独立した器官なんだよ。脳は独自に脳脊髄液を作りだす。脳内部で進行する思考と記憶の摩訶不思議なプロセスは、四肢や胴体や頭蓋さえなくとも、いささかも損なわれることはない。むろん一定の条件下で、適量の酸素を含んだ血液を送り込み続けるなら、だがね。
「ウィリアム、ちょっと考えてほしいんだ、自分の脳のことをね。完璧な状態にある。生涯にわたって勉強してきたことが、ぎっしり詰まっている。何十年も培って、いまのそれになったんじゃないか。そいつがいまやっと、最上級の独創的な考えを生み出せるようになったところなんだ。なのに、せっかくの頭脳が、君の体と一緒に死んでいこうとしているんだ。ただ、君のちっぽけな膵臓がガンなんぞに侵された、っていうだけで」
「お断りするよ」私はランディに言った。「そのぐらいにしておいてくれ。ぞっとするような話だよ。仮に君にそんなことができたとしてもだな、まあ、それすらも疑わしいがね、まったく意味のないことだろうよ。しゃべることも見ることもできない、聞くことも、感じることもできないのに脳だけを生かしておいて、いったい何の役に立てようというんだ。私にとっては、不愉快以外の何ものでもないね」
「君ならきっと、ぼくたちと意思の伝達ができるはずだ」とランディは言う。「おまけにある程度なら視力を付与することだってできるかもしれないんだ。まあこれに関しては、おいおい検討してみよう。またあとでこのことは話すよ。ただ、君がじき、死ぬという事実は変わらない。君が死んだ後、勝手にその体をいじろうとかいう計画ではないんだよ。なあ、ウィリアム。真の哲学者というものは、科学のために自分の遺体を貸すんじゃないのかね」
「話がおかしな方へ行ってるな」と私は答えた。「まだ疑わしい点があるんじゃないのかね。君とのつきあいが終わりになるのは、私が死んでからばかりとも限らない、生きてるうちかもしれないんだぞ」
「まあ、そういうことだ」彼はにやりと笑って言った。「確かに君が言うことは正しいよ。でもな、たいして知りもしないうちに、そんなにあっさりとぼくの提案を蹴るのも、どうかと思うぞ」
「だから聞きたくないと言っているんじゃないか」
「タバコはどうだ?」そう言うと、ランディは自分のシガレット・ケースを差し出した。
「私が吸わないのは知っているだろう」
彼は自分のために一本抜き取ると、小さな銀のライターで火をつけた。シリング硬貨ほどの大きさしかないライターだ。「うちの機器を制作してくれてる連中がプレゼントしてくれたんだ。なかなか精巧なもんだろう?」
私はライターをためつすがめつ眺めたあとで、返してやった。
「続けていいか?」彼は言った。
「もうその話はいいじゃないか」
「寝っ転がって聞いてくれるだけでいい。君もそのうち興味がわいてくるにちがいない」
ベッドサイドにブドウを盛った皿があった。その皿を胸の上に載せて、私はブドウを食べ始めた。
「まさに死ぬというその瞬間」ランディは言った。「ぼくは君のそばにいることになる。そうして即座に君の脳を生かしておくための処置に入るんだ」
「つまり頭を切り離すってことだな?」
「第一段階は、そういうことだ。それは避けては通れないからね」
「そのあと、そいつをどこに置くんだ?」
「知りたきゃ教えてやるが、ある種の水盤のようなものの中だ」
「本気でそんなことをするつもりなのか?」
「もちろん。ぼくは本気だよ」
「わかった。で、それからどうするんだ」
「心停止後、脳に新鮮な血液と酸素が補給されなくなると、即座に組織が壊死し始めることは君も知っているだろう。四分から六分のあいだに完全に壊死する。三分後でもある程度は損なわれてしまう。だから、こうした事態を避けるためにも、速やかな処置がなされなければならない。だが、機器の助けを借りれば、一切はきわめて簡単になされるんだ」
「その機器ってやつは、いったい何なんだ?」
「人工心臓だ。うちにはアレクシス・カレルとリンドバーグが開発した人工心臓の改良型があるんだ。それなら血液に酸素を含有させることができるし、血液の温度を正確に維持しながら、適切な圧力で送り込むころができる。それに付随する数々の必要な処置もこなすことができるんだ。ちっとも理解しづらいところはないだろう?」
「死の瞬間、君は何をするつもりなのか教えてくれ」と私は言った。「最初にするのは何だ?」
「君は脳の動脈と静脈がどのように形成されているか、知っているかな?」
「いや、知らない」
「じゃ、聞いておくといい。むずかしいことじゃない。脳は、二種類の大きな動脈によって給血されている。内頸動脈と椎骨動脈だ。そのふたつがそれぞれ二本ずつ、合わせて四本で構成される。ここまではいいな?」
「わかった」
「血液を外へ出す仕組みはもっと単純なものだ。血液は二本だけの大静脈を通って脳の外に排出される。内頸静脈だ。つまり頸部を上っていく四本の動脈と、そこを下りていく二本の静脈がある、ということだね。脳の周囲は、当然いくつもに分岐した血管が走っているが、それは気にしなくていい。我々はそうした血管には絶対にふれないのだから」
「了解だ」と私は言った。「仮にいま私が死んだとしよう。で、君はどうする?」
「即座に君の頭部を切開して、四本の動脈、内頸動脈と椎骨動脈の場所を突き止める。そうしてそれを灌流する。つまり、その一本ずつに中空針を刺してやるんだ。それら四本の針は管を通って人工心臓につながっているわけだ」
(この項つづく)
「そのことから、頭部と脳とを生きながらえさせるために、肉体のほかの部分が付随している必要はないと判断しても、非論理的とは言えないだろう。もちろん酸素を含んだ血液が、適切に供給できるよう、管理されなければならないのだが。
「そのときからだ。この映画からぼく自身の考えが生まれていったんだ。人間が死んだ後でも、その頭蓋骨の中から脳を取り出して、独立した器官として機能を保ったまま、永遠に生かし続ける、というアイデアだよ。たとえば、君の脳だ、死んだ後のね」
「そいつはごめんだな」と私は言った。
「まだ話は途中だよ、ウィリアム。最後まで言わせてくれ。その後の実験結果から、これだけは言えるんだ。脳は特異なほど独立した器官なんだよ。脳は独自に脳脊髄液を作りだす。脳内部で進行する思考と記憶の摩訶不思議なプロセスは、四肢や胴体や頭蓋さえなくとも、いささかも損なわれることはない。むろん一定の条件下で、適量の酸素を含んだ血液を送り込み続けるなら、だがね。
「ウィリアム、ちょっと考えてほしいんだ、自分の脳のことをね。完璧な状態にある。生涯にわたって勉強してきたことが、ぎっしり詰まっている。何十年も培って、いまのそれになったんじゃないか。そいつがいまやっと、最上級の独創的な考えを生み出せるようになったところなんだ。なのに、せっかくの頭脳が、君の体と一緒に死んでいこうとしているんだ。ただ、君のちっぽけな膵臓がガンなんぞに侵された、っていうだけで」
「お断りするよ」私はランディに言った。「そのぐらいにしておいてくれ。ぞっとするような話だよ。仮に君にそんなことができたとしてもだな、まあ、それすらも疑わしいがね、まったく意味のないことだろうよ。しゃべることも見ることもできない、聞くことも、感じることもできないのに脳だけを生かしておいて、いったい何の役に立てようというんだ。私にとっては、不愉快以外の何ものでもないね」
「君ならきっと、ぼくたちと意思の伝達ができるはずだ」とランディは言う。「おまけにある程度なら視力を付与することだってできるかもしれないんだ。まあこれに関しては、おいおい検討してみよう。またあとでこのことは話すよ。ただ、君がじき、死ぬという事実は変わらない。君が死んだ後、勝手にその体をいじろうとかいう計画ではないんだよ。なあ、ウィリアム。真の哲学者というものは、科学のために自分の遺体を貸すんじゃないのかね」
「話がおかしな方へ行ってるな」と私は答えた。「まだ疑わしい点があるんじゃないのかね。君とのつきあいが終わりになるのは、私が死んでからばかりとも限らない、生きてるうちかもしれないんだぞ」
「まあ、そういうことだ」彼はにやりと笑って言った。「確かに君が言うことは正しいよ。でもな、たいして知りもしないうちに、そんなにあっさりとぼくの提案を蹴るのも、どうかと思うぞ」
「だから聞きたくないと言っているんじゃないか」
「タバコはどうだ?」そう言うと、ランディは自分のシガレット・ケースを差し出した。
「私が吸わないのは知っているだろう」
彼は自分のために一本抜き取ると、小さな銀のライターで火をつけた。シリング硬貨ほどの大きさしかないライターだ。「うちの機器を制作してくれてる連中がプレゼントしてくれたんだ。なかなか精巧なもんだろう?」
私はライターをためつすがめつ眺めたあとで、返してやった。
「続けていいか?」彼は言った。
「もうその話はいいじゃないか」
「寝っ転がって聞いてくれるだけでいい。君もそのうち興味がわいてくるにちがいない」
ベッドサイドにブドウを盛った皿があった。その皿を胸の上に載せて、私はブドウを食べ始めた。
「まさに死ぬというその瞬間」ランディは言った。「ぼくは君のそばにいることになる。そうして即座に君の脳を生かしておくための処置に入るんだ」
「つまり頭を切り離すってことだな?」
「第一段階は、そういうことだ。それは避けては通れないからね」
「そのあと、そいつをどこに置くんだ?」
「知りたきゃ教えてやるが、ある種の水盤のようなものの中だ」
「本気でそんなことをするつもりなのか?」
「もちろん。ぼくは本気だよ」
「わかった。で、それからどうするんだ」
「心停止後、脳に新鮮な血液と酸素が補給されなくなると、即座に組織が壊死し始めることは君も知っているだろう。四分から六分のあいだに完全に壊死する。三分後でもある程度は損なわれてしまう。だから、こうした事態を避けるためにも、速やかな処置がなされなければならない。だが、機器の助けを借りれば、一切はきわめて簡単になされるんだ」
「その機器ってやつは、いったい何なんだ?」
「人工心臓だ。うちにはアレクシス・カレルとリンドバーグが開発した人工心臓の改良型があるんだ。それなら血液に酸素を含有させることができるし、血液の温度を正確に維持しながら、適切な圧力で送り込むころができる。それに付随する数々の必要な処置もこなすことができるんだ。ちっとも理解しづらいところはないだろう?」
「死の瞬間、君は何をするつもりなのか教えてくれ」と私は言った。「最初にするのは何だ?」
「君は脳の動脈と静脈がどのように形成されているか、知っているかな?」
「いや、知らない」
「じゃ、聞いておくといい。むずかしいことじゃない。脳は、二種類の大きな動脈によって給血されている。内頸動脈と椎骨動脈だ。そのふたつがそれぞれ二本ずつ、合わせて四本で構成される。ここまではいいな?」
「わかった」
「血液を外へ出す仕組みはもっと単純なものだ。血液は二本だけの大静脈を通って脳の外に排出される。内頸静脈だ。つまり頸部を上っていく四本の動脈と、そこを下りていく二本の静脈がある、ということだね。脳の周囲は、当然いくつもに分岐した血管が走っているが、それは気にしなくていい。我々はそうした血管には絶対にふれないのだから」
「了解だ」と私は言った。「仮にいま私が死んだとしよう。で、君はどうする?」
「即座に君の頭部を切開して、四本の動脈、内頸動脈と椎骨動脈の場所を突き止める。そうしてそれを灌流する。つまり、その一本ずつに中空針を刺してやるんだ。それら四本の針は管を通って人工心臓につながっているわけだ」
(この項つづく)
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