陰陽師的日常

読みながら歩き、歩きながら読む

リング・ラードナー 「散髪」その6.

2006-07-31 21:58:50 | 翻訳
「散髪」その6.

 ところで、ジム・ケンドールなんですが、ジムってのは笑わせ屋の呑んべえってだけじゃない、なかなかの女たらしでもあったんです。カーターヴィルにいたころも、あっちこっち行く先々で、たいした凄腕で鳴らしたようですよ。おまけにここでだって、二、三の色恋沙汰はあったみたいだ。さっきも言ったみたいに、かみさんとしてみりゃ別れてしまいたかったんだろうけどね、なかなかそうもいかなかったんです。

 ところがジムだって、たいがいの男や女とたいしてちがってやしませんでした。自分が手に入らないものがほしくなるんですな。ジュリー・グレッグがほしくなって、ものにしようと頭を働かせたんです。やつの口癖を借りれば、頭じゃなくて「ドタマ」ってことになるんでしょうが。

 ま、ジムの格好も冗談も、ジュリーのお気には召さなかったってことです。もちろん所帯持ちってこともあって、ものにできる可能性なんて、その、なんだ、ウサギにも及ばない。これまたジム一流の言いまわしでね、選挙とかそんなもんに出た人間が、これっぱかりも当選する可能性がないようなときに、ジムはいつも、ウサギほどの望みもない、って言ってたんです。

 ジムは自分の気持ちを隠そうともしてませんでしたね。ここでも一度や二度じゃなく、みんながいるところで、おれはもうジュリーにくびったけなんだ、だからだれかおれに世話してくれよ、そしたらおれの家を喜んで進呈するぜ、女房、子供こみでな、なんて言ってましたっけ。ところがジュリーの方は鼻も引っかけないんです。往来で会っても、口ひとつ開かない。とうとうジムもいっつもの手管じゃどうにもならない、と悟ったんでしょう、荒っぽい出方をしてみることにした。ある晩、家に直接押しかけて、ジュリーがドアを開けたところで力ずくで中に入ると、抱きついたんです。ジュリーはそれを振り切って、やつが引き留めようとするまえに、隣の部屋に駆けこんで、鍵をかけてからジョー・バーンズに電話をかけた。ジョーっていうのは警察署長です。ジムは、ジュリーがだれに電話をかけたかわかったんで、ジョーがそこに来るまえに、逃げだしちまいました。

 ジョーはジュリーのおやじさんの古くからの友人だったんです。だから次の日、ジムのところへ出向いて、もう一度こんなことをしたら、どうなるかわかってるだろうな、と、どやしつけたんですよ。

 これっぱかりの事件のニュースがどうして外に漏れたのか、あたしにはよくわかりません。せいぜい、ジョー・バーンズが奥方にしゃべったのを、奥方がまただれかにしゃべって、奥さん連中が、今度はダンナにしゃべった、ってところでしょうか。ジムはあっさり認めると、笑い飛ばしてから、みんなに言ったんです、いまに見てろ、って。おれのことをバカにしようとしたやつはこれまでにもたくさんいたが、おれはその借りはきっちり返してきたんだ、ってね。

 そのうち、町中みんながジュリーが先生にぞっこんだって知るようになりました。あたしは思うんだが、ジュリーは気がついてなかったんだと思うんですよ、先生と一緒のときの自分の顔が別人みたいに変わっちまってることにね。もちろん、わかるはずがありませんや。そうでなきゃ、あの娘も先生を避けるようにしてたでしょうからね。おまけにあたしたちが、ジュリーが何度口実を作って診療所に通ったか、通りの反対側を歩いて先生の姿が見えやしないかと窓を見上げているのも、全部知ってるってことも、気がついてなかった。あたしはそんなあの娘がかわいそうでね、だけどたいていの人間は同じ気持ちだっただろうなぁ。

 ホッド・マイヤーズはジムをしつこくからかってましたね、おまえ、医者に負けちまったんだな、って。ジムはそんな冷やかしなんぞ、ちっとも気にしてるふうはありませんでしたが、やつがまたわるふざけをたくらんでることは、みんな気がついてましたね。

 ジムにはもうひとつ芸当があったんです、声色を使うんですよ。若い娘がしゃべってる、って思わせることだってできたし、どんな男の物まねだってできた。そいつがどれだけたいしたもんだったか、あたしも一度やられたんで、そのときの話をしましょう。

 大小にかかわらずほとんどの町じゃ、人が死んでひげを剃ってやらなきゃならなくなると、床屋が呼ばれます。そうして床屋はひげをあたって、五ドル、もらうことになっている。もちろん払ってくれるのは仏さんじゃなくて、頼んだ人間なんですが。あたしは仏さんだろうが気にしやしませんから、三ドルだけ、いただいてます。いや、仏さんってのは生きてるお客よりずっと静かに横になっててくれてますからね。ただ、仏さん相手におしゃべりはできませんから、ちくっと寂しくて、それだけがちょっとね。

 で、こんなに寒い日はないってぇくらいの寒い日だったんです、二年前の冬だった。家に電話があってね、あたしはちょうど晩飯を食ってたんですが、電話に出てみたら女の声が、ジョン・スコットの家内なんですが、主人が亡くなったので、家に来てひげを剃ってもらえませんか、って言うんです。

 ジョン爺さんはながらくウチのお得意さんでした。だけど家は十キロ以上も離れた田舎のほうのストリーター通りです。それでもどうしていやだって言えますか。

 だからあたしは言いました。そっちへうかがいます、でもバスに乗りますから、ひげ剃り代のほかに三ドルか、四ドル、いただきますよ。そしたら女は、というか、その電話の主は、それはかまわない、って言うもんだから、あたしはフランク・アボットに頼んで小型バスを出してもらって、その場所まで行きました。さて、そこでドアを開けてくれたのは、だれあろう、ジョンその人だったんですよ。死んでる可能性は、それこそ例の、ウサギほどもないようなありさまでした。

 だれがあたしにこんないたずらをしかけたか、なんてことは、私立探偵を雇わなくたってわかります。ジム・ケンドールを除いたら、こんなことを思いつくようなやつはいませんからね。まったくもって実におかしいやつだった。

 このときのことをお客さんにお話ししたのも、ジムのやつがどれだけ声色が巧みだったか、ほかの人間がしゃべっているように信じこませることができるか、知っておいていただきたかったんです。あたしだってあのときはほんとうにスコットのかみさんが電話してきたんだと思いましたからね。

 ともかくジムはステア先生の声色が完璧に使えるようになるまで待っていました。それから復讐に取りかかったんです。

(明日最終回、かもしれない)


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