陰陽師的日常

読みながら歩き、歩きながら読む

サキ・コレクション「七番目のひよこ」その4.

2010-03-09 23:12:14 | 翻訳
最終回


 その時以来ブレンキンスロープは、暗黙のうちに仲間うちのほら男爵と目されるようになった。そうして来る日も来る日も仲間たちの信じやすい性質をテストするかのように、彼はいかなる努力も惜しまなかったのである。ブレンキンスロープは、忠実な、願ってもない聴衆を得たと思いこみ、驚くべき物語の需要を満たすべく、せっせとその供給に励み、巧みにもなってきた。ダックビーは、カワウソを飼って、泳げるように庭に池を作ったのだが、水道料金を払うのが遅れるたびに、カワウソが落ち着かなげなようすで鼻をクンクン鳴らす、という皮肉めいた話をしたのだが、それもせいぜいブレンキンスロープの力作の不出来なパロディとみなされたにとどまった。ところがある日、復讐の女神が到来したのである。

 ある晩、ブレンキンスロープが家に帰ってみると、ひと組のトランプを前に、妻がすわったまま、何か一心に考え込んでいる。

「いつものペイシェンスなんだろう?」とくに気に留めることもなく、彼はたずねた。

「ちがうのよ。これはペイシェンスでも『死者の頭』っていって、一番難しいの。いままできちんと上がったためしがないんだけど、なんだかそうなると怖いような気がする。母は生涯でたった一度、上がれたのよ。上がるのを怖れていたんだけど。母の大伯母が一度、うまく上がって、興奮したところでそのまま亡くなったんですって。だから母も、もし自分が上がったら死ぬだろうといつも思ってたんだわ。そうして上がった晩に死んでしまった。確かにそのとき病気ではあったんだけど、奇妙な偶然の一致よね」

「怖いんだったら、やめとけよ」ブレンキンスロープは現実的な意見を残して、部屋を後にした。数分後、妻が彼を呼んだ。

「ジョン、すごい手が来て、もう少しで上がりそうになったの。ダイヤの5が出てくれたおかげで、上がらずにすんだけど。ほんとに上がるかと思った」

「おや、上がりだよ」ブレンキンスロープは、部屋へ入ってそう言った。「クラブの8を空いている9のところへ動かせば、ダイヤの5を6のところへ持っていける」

 妻は、すばやく言われたとおりに動かした。指がふるえる指で、残りのトランプをそれぞれの組の上へ載せていった。そうして、母親と大伯母の作った先例にしたがった。

 ブレンキンスロープの妻を愛する気持は純粋なものだったが、喪失の悲しみのさなかにも、ある考えが頭の中を占めるのをどうすることもできなかった。耳目を集める、しかも現実の出来事が、ついに彼の人生に起こったのである。もはや灰色でもなければ、モノクロの記録でもなかった。彼の家庭内悲劇を伝える見出しが、頭の中でつぎつぎと浮かんでくる。
「受けつがれる予感、ついに現実に」
「ペイシェンス『死者の頭』 三代に渡って証明された不吉な名前」
彼はこの運命的な出来事の一部始終を書き記し、『エセックス ヴェデット誌』に送った。そこでは彼の友人が編集者だったからなのだが、別の友人には要約記事を送って、どこか三文紙の編集室に送ってほしいと頼んだ。だが、空想物語の名人としての評判が、どちらの場合でも致命的な障害となり、彼の野心は報いられることはなかった。

「喪に服すべきときに、ほら男爵の真似とはね」というのが仲間内での評価で、ただひとつ、地方新聞の「お悔やみ」欄に「われらが尊敬する隣人、ミスター・ジョン・ブレンキンスロープ夫人、心臓麻痺による急死」という記事が載っただけだった。世間の注目を集めるつもりだったのが、みじめな結果に終わったのである。

 ブレンキンスロープは通勤仲間のグループから外れ、早い汽車で都心に通勤するようになった。ときには顔見知りに、彼の飼っているすばらしいカナリヤのさえずる声の美しさとか、菜園で取れた砂糖ダイコンの大きさについて語り、賞賛を求めることもある。だが、かつては七番目のひよこの飼い主として、人の口にものぼり、名指されもした日々は、もはや思い出すこともないようだ。




The End


(※ここまで訳した三編は、また後日「サキ・コレクション」としてサイトにアップします。お楽しみに)