その3.
ゴーワースにこっそりとそのことを打ち明けると、彼は同じアドバイスを繰りかえした。
「何かでっちあげろ」
「よし、わかった。でも、何を?」
打てば響く賛同のあと、対句のように質問が続いたのは、彼の倫理的立場が劇的に変わったことのあかしである。
数日後、ブレンキンスロープは客車でいつもの面々に向かって、一族の歴史の一ページを披露した。
「奇妙な出来事が叔母に起こったんだ。パリに住んでる叔母なんだがね」と彼は切り出した。確かに彼には叔母が数人いたが、地理的には全員ロンドン及びその近郊に散らばっている。
「その叔母さんが、先日の午後、ルーマニア公使館での昼食会のあと、ブローニュの森のベンチに腰掛けていたんだ」
話に外交関係的雰囲気を持ち込むことによって、情景がありありと目に浮かぶようにはなるにせよ、その瞬間から話は現実に起こったありのままの事実とは受け入れがたくなるものである。ゴーワースはこの世界の新規参入者にもそのことは警告していたのだが、新規参入者の情熱というのは伝統的に思慮分別を凌駕するものである。
「叔母さんはいささかぼうっとしていた。たぶん、日の高いうちにシャンパンを飲む習慣がないにもかかわらず、飲んだせいだろうけどね」
低い感嘆のつぶやきが一同の口からもれた。ブレンキンスロープの本物の叔母さんたちは、シャンパンなど一年を通じて飲むことはなく、クリスマスと新年の飾りのようなものと考えていたのだが。
「そこへ、立派な風体の紳士が通りかかり、脚を止めて葉巻に火をつけようとした。その瞬間、若い男が彼の背後にしのびより、仕込み杖から刀を引き抜くと、グサッ、グサッと五、六回も突き刺したんだ。『このならず者めが』若い男は叫んだ。『おれのことを知らないだろう。おれはアンリ・ルテュールだ』紳士の方は自分の服に飛び散った血をぬぐうと、斬りつけた男に向かって言った。『ところでいつから斬りかかることが自己紹介の代わりになったのかね?』そう言ってから、紳士は葉巻にちゃんと火をつけ終えて、歩いていった。ぼくの叔母さんは、悲鳴を上げて警官を呼ぼうとしたんだが、事件の主役が平然としているのだから、自分が割り込んでおおごとにしてしまっては失礼に当たるのではないかと思い直した。
もちろん、ぼくが言うまでもないことなんだけど、叔母さんは、暖かい昼下がりに自分がうつらうつらしていたことと、公使館で飲んだシャンパンの仕業で、夢でも見たのだと思ったんだ。さて、ここからがこの話のたまげたところだ。二週間後、ある銀行の支配人が、まさにそのブローニュの森で、仕込み杖で刺し殺された。下手人は、以前その銀行で働いていた掃除婦の息子だった。掃除婦はしょっちゅう酒を喰らっていたもんだから、支配人に首を切られていたのさ。そうして息子の名は、アンリ・ルテュール」
(この項つづく)
ゴーワースにこっそりとそのことを打ち明けると、彼は同じアドバイスを繰りかえした。
「何かでっちあげろ」
「よし、わかった。でも、何を?」
打てば響く賛同のあと、対句のように質問が続いたのは、彼の倫理的立場が劇的に変わったことのあかしである。
数日後、ブレンキンスロープは客車でいつもの面々に向かって、一族の歴史の一ページを披露した。
「奇妙な出来事が叔母に起こったんだ。パリに住んでる叔母なんだがね」と彼は切り出した。確かに彼には叔母が数人いたが、地理的には全員ロンドン及びその近郊に散らばっている。
「その叔母さんが、先日の午後、ルーマニア公使館での昼食会のあと、ブローニュの森のベンチに腰掛けていたんだ」
話に外交関係的雰囲気を持ち込むことによって、情景がありありと目に浮かぶようにはなるにせよ、その瞬間から話は現実に起こったありのままの事実とは受け入れがたくなるものである。ゴーワースはこの世界の新規参入者にもそのことは警告していたのだが、新規参入者の情熱というのは伝統的に思慮分別を凌駕するものである。
「叔母さんはいささかぼうっとしていた。たぶん、日の高いうちにシャンパンを飲む習慣がないにもかかわらず、飲んだせいだろうけどね」
低い感嘆のつぶやきが一同の口からもれた。ブレンキンスロープの本物の叔母さんたちは、シャンパンなど一年を通じて飲むことはなく、クリスマスと新年の飾りのようなものと考えていたのだが。
「そこへ、立派な風体の紳士が通りかかり、脚を止めて葉巻に火をつけようとした。その瞬間、若い男が彼の背後にしのびより、仕込み杖から刀を引き抜くと、グサッ、グサッと五、六回も突き刺したんだ。『このならず者めが』若い男は叫んだ。『おれのことを知らないだろう。おれはアンリ・ルテュールだ』紳士の方は自分の服に飛び散った血をぬぐうと、斬りつけた男に向かって言った。『ところでいつから斬りかかることが自己紹介の代わりになったのかね?』そう言ってから、紳士は葉巻にちゃんと火をつけ終えて、歩いていった。ぼくの叔母さんは、悲鳴を上げて警官を呼ぼうとしたんだが、事件の主役が平然としているのだから、自分が割り込んでおおごとにしてしまっては失礼に当たるのではないかと思い直した。
もちろん、ぼくが言うまでもないことなんだけど、叔母さんは、暖かい昼下がりに自分がうつらうつらしていたことと、公使館で飲んだシャンパンの仕業で、夢でも見たのだと思ったんだ。さて、ここからがこの話のたまげたところだ。二週間後、ある銀行の支配人が、まさにそのブローニュの森で、仕込み杖で刺し殺された。下手人は、以前その銀行で働いていた掃除婦の息子だった。掃除婦はしょっちゅう酒を喰らっていたもんだから、支配人に首を切られていたのさ。そうして息子の名は、アンリ・ルテュール」
(この項つづく)