陰陽師的日常

読みながら歩き、歩きながら読む

スポーツとわたし

2006-09-21 22:46:29 | weblog
なんでこんな質問が世の中にあるのだろう。

「スポーツは何をやりますか?」
やりません。

わたしがするスポーツに一番近いことは、仕事カバンとスーパーの袋と図書館で借りた本(Maxで10kgほど)を抱えて階段を九十八段上ることか、駅までの自転車の往復、取ってつきの重たい中華鍋を揺することぐらいだ。あ、あとは遅刻しそうになったとき、駅の構内を走ることもあった。
それだけ運動をしているのに、何をこのうえ、と思うのだが、なぜか人はあたりまえのように、「スポーツ」の話をしてくる。

「ゴルフを少々」
「休みの日には草野球」
「ときどきテニスを」
「スノボ好きなんですよ、冬が待ちきれないなー」
なんていう人が、世間にはそんなに多いんだろうか。

「いま、何の本を読んでる?」
これは滅多に聞かれない。
「i-pod、何が入ってる?」
これも聞かれたことがない。1239曲も入っているのに。
「最近、何か映画見た?」
これもとんと聞かれない。お望みならこのあいだ見た〈マイアミ・バイス〉のストーリー、微に入り才に入り、教えてあげるのに。

なのに、「スポーツは何をしてます?」と、このところ立て続けに三度聞かれた。これは単なる偶然なのだろうか。それとも、わたしがそんなにアスリートっぽく見えるのだろうか(そんなわけない)、はたまたわたしが知らないだけで、ほとんどの人が日常的に何らかのスポーツをやっているのだろうか。あるいは、このごろでは歩くことは「ウォーキング」、階段を上ることは「クライミング」、駅の構内を走ることは「ジョギングもしくはランニング」と位置づけられることになったのだろうか。

物心がついたころから、スポーツというのは自分以外の人がするものだと思っていた。
バトミントンをすれば羽根がラケットに刺さり、ピンポンは玉が見えない。ボーリングは溝に入れることを競うようにルール改正すれば、まちがいなく優勝できるはず。

どういうわけか、走ったり、泳いだり、幅跳びしたり、というのは大丈夫だった。
ところが、ものを扱う段になると、それがたとえ缶蹴りであっても、わたしの手には負えないこととなる。

自分がやらないだけでなく、スポーツをやっている人に対しても、あるいはスポーツを媒介とした連帯感というものに対しても、冷ややかな目を向けていた。

確か、あれは高校生の頃だったと思う。
通りにひとけがなく、車さえ走っていない。
わたしが知らないうちに、どこかで核戦争でも起こったのだろうか、と、車道をしらじらと照らす秋の日差しを見ながら、一瞬、思った。
地震の予知が発表されたのか。ノストラダムスの大予言が繰り上がったのか。
すると、向こうからトランジスタラジオを耳に当てながら歩いている男の姿があった。
わたしは不穏なニュースを待ちかまえた。
すれ違いぎわ、わたしの耳に入ったのは、「六甲おろし」の歌声だった。日本シリーズの最終戦をやっていたのだ。
世間にはこんなにタイガースファンがいるのかと、信じられない思いがした。

ところが大学に入ってから、ある機会でラグビーの試合を見に連れて行ってもらった。冬の寒いさなかで、グランドも寒々とした風景、吹きさらしのスタンドは、コンクリートから冷気が立ち上り、歯がガチガチと鳴った。

ルールもまるで知らなかったけれど、見ているうちに、表面のぶつかりあいはあるにしても、これは緻密な空間を取っていくゲームだということがわかってきた。少しずつ、少しずつ押し上げながら、前方の空間に侵入していったかと思うと、一瞬のスキをついて、後方の選手が駆け抜け、いっきに確保した空間を広げていく。
しかも、前へ走りながら、ボールを後ろへ後ろへ送っていく、という奇妙な約束事もおもしろかった。
そのとき初めて、スポーツというのはこんなにおもしろいものなのか、と思ったのだった。

以来、スポーツというのは、わたしにとって、「フィールドで人がやっているのを見るもの」なのである。
野球は、やたらに切れるので、すぐ飽きてくる。
それでも、ピッチャーが投球フォームに入ると同時に、フィールドにいる選手の全員の身体に、あたかも電源が入ったかのごとく緊張感がみなぎるのを見るのは好きだ。バッターが打った瞬間に、野手全員がそれぞれに走り出す方向がちがうのも、おもしろい。こんなものはどうしたってTVを見ていてはわからない。
おまけにそんなことを聞きたがる人もいないので、説明することもない。
別にチームはどこだっていいし、そのスポーツが野球だろうが、ラグビーだろうがなんだっていいのだ。
さまざまな役割とともに走る人がいて、そのあいだを転がるボールさえあれば、見ていると、おもしろい。
ただ、まちがってもやろうとは思わないのだけれど。

かくして「スポーツは何をやりますか?」と聞かれて、わたしは頭を悩ませる。
そういえば以前、「その昔は学生運動を少々」と答えていた人がいたっけ。
聞いた人も困った顔をしていたけれど、冗談で返すというのもなかなかむずかしいものだ。