その2。新しい品種一つを世に出すのに,10年もの歳月がかかるという点です。
基本的には植物は近親結婚を避けて,多様な遺伝形質の子孫を残す戦略をとってきました。同一の花の中での受粉を避ける,あるいは同一種内での送・受粉を避ける,そうした自家不和合性を生殖の旨としてきたのです。植物によっては,それでも受粉に至らない場合に備えて,やむなく自家受粉を受け入れる戦略をとっているものがあります。なにしろ,どんな状況が訪れようともとにかく子孫を残すことがそれぞれの花に課せられた大使命なのですから。
そういうふうに考えると,ジャガイモもまた受粉には他品種同士で成立するのが基本であり,その結果結実するとみるのが順当です。実際,調べてみるとそうなのです。その性質を利用して,意図的に異品種の掛け合わせを行い,新しい品種の種をつくるのが品種改良です。
実一個の中には200~300個の種があります。同じ実の中の種子は遺伝的には同一形質を持っていても,実が違えば実毎に遺伝情報は異なってきます。もちろん,他の株の実とははっきり異なってきます。この事実にもとづいて,すぐれた形質を有するイモをつくろうとして,研究者は品種間で人工授粉を行うわけです。先のことばでいえば,自家不和合性を逆手にとっているわけです。
資料によれば,北見農業試験場の場合,一年で播種する種子数は5万粒以上。この中から優良な性質を持つ候補品種を選抜し,栽培を繰り返す作業が続きます。最終的にイモを増産して,種イモに仕上げていくのに10年。これだけの手間を掛けて,やっと販売ルートに乗せられるといいます。この10年間に,毎年5万粒以上の種子が蒔かれるわけです。この調子で進んでいって,5年に一つの割合で新品種が世に出るとか。5年に一つというのは,25万粒から選ばれた1粒ということになります。気が遠くなる話です。
(左;ミニトマト 右;ジャガイモ)
(ジャガイモの実の断面)
そのようにしてつくり出されたジャガイモの品種は驚くような数に達します。たとえば,『じゃがいも品種詳説』を見ると合点できます。研究に従事する人の作業の,なんと地味で地道な話! そこで流された汗が,大きくいえば,人類の食糧危機を救う救世主につながっていくわけです。汗に感謝,感謝。
シリーズをとおしてお読みいただきました皆様,ジャガイモを見る目が前よりちょっと変わってきましたか。わたしは,自然からの贈り物ジャガイモのすばらしさを感じるばかりか,それを人間が自分たちの食にとり込んでいった知恵に圧倒されます。どう考えても,いくら考えても大したものです。「ほっ,ほーっ!」の世界です。