野の草はほとんどが枯れて,褐色の景色が広がっています。
そんな中を歩いていると,たいへん特徴をもって目に飛び込んでくるのが青々を葉を広げたヒガンバナの群落です。といっても,もちろん葉だけ。秋にあれだけ見事な光景を見せていた花のかたまりが,今は緑に変わって畦や土手を埋め尽くしているのです。
ヒガンバナは,一年のサイクルを考えると,花が咲いてから葉が出てくるのか,それとも葉が出てから花が咲くのか,そんなふしぎを感じさせてくれる植物です。夏は完全に葉が枯れてしまい,それのあったところは他の草によって覆い尽くされ,秋に突如として花茎が伸びてくるので「変わった植物だなあ」という印象をつい持ってしまいます。このヒガンバナは夏,休眠に入っているのです。
順序からいえば,他の植物が枯れている間にせっせと葉を広げて地中に養分を貯え,植物たちがわんさかと現れて生存競争を繰り広げている期間は夏眠,そうして植物の勢いが失せ始める彼岸の頃に,ちゃっかりと花を咲かせるという道筋が見えます。これはこの植物固有の戦略です。
とはいえ,日本のヒガンバナは種を結びません。染色体の数が基本数の三倍なので,種無しズイカと同じように不捻性なのです。これを三倍体と呼んでいます。それで栄養生殖により球根が分球して繁殖するのですが,種子をつくっていた先祖のありし日の姿を脈々と受け継ぎ,今も大道を見失っていないというわけです。したがって,秋を彩るヒガンバナの真っ赤な花は今や無駄花になってしまったといえるでしょう。
なのに,この花にもときどきちゃんと昆虫が訪れるからふしぎです。有名なところではアゲハ類がいます。ミツバチには赤色が見えませんが,アゲハには見えるといわれています。アゲハが蜜を吸っている様子を何度か撮影しましたが,赤色と黒色のコントラストはなかなか印象深いものです。まだ蜜があって,赤い色で昆虫を招き続けている背景を思うと,生命史のふしぎをついつい感じます。
(つづく)