恩師のご著書「講演集」より
講演集、 二
黄金の光と暗い想念
先の続き・・・
私の一番上の姉が泉大津に嫁いでいるのですが、
そのお仏壇が又黒いのなんの真っ黒けだったのです。
私が二十代の時、そこでお世話になっていまして、
そこの仏さんの前を通る時、
「まあ、ここの仏さんはなんと暗いなあ、なぜこんなに黒いのかなあ」と思いました。
阿弥陀さんも横に書いてある南無不可思議光如来も南無無量寿光如来の字も
何も分からないほど真っ黒けでした。
この法にご縁をいただきましてから後、一回はおじいちゃんが亡くなられた時。
二回目はおばあちゃんが亡くなられた時、その後三回目に参ってお祈りしました。
今度家を建てまして、その新築の家に、
もう何十年も前の真っ黒けだったお仏壇を入れますと、
その新築の家よりも仏壇の方が光っています。
奥のほうから煌々と光っています。
私が二十代ですから、もう三十何年前に真っ黒けだったお仏壇です。
それが今は新品みたいで、新しく建てた家よりもなお光っています。
新しい家に古い家具を入れても調和しないものですね。
それだけが古く目立って、ついもうこのたんすも替えようか、
これも新しいのに替えようかということになって、そうしないと合わないものです。
ましてや真っ黒けの仏壇を入れたら似合うはずがないのですが、
家よりも仏壇のほうが光るぐらいになりました。
仏壇の中に不孝にして成仏することのできないご先祖様がおられますと、
仏壇はだんだん暗くなります。
家もそうです。
ものすごく陰気くさい家で、その中に入ると暗い感じを受けるお宅というのは、
その家の中に執着している何者かがあるから暗いのです。
墓地全体が暗いのもそうです。