浄心庵・長尾弘先生「垂訓」

八正道と作善止悪

「御垂訓」

2020-10-21 00:04:18 | 浄心庵 長尾弘先生垂訓

         恩師のご著書「講演集」より

            講演集、 二

          「仕事」の本来の意義


人々の為にと言えば語弊があります。
漢字で「為」と書き、人の為と書くと「偽」となってしまいますから、
人の為ではない、我が為だと思って、人の為に尽くすことです。
尽くさせていただくのですね。
これは全部自分に返るのですから。
今、この方の為と思ってします。
その方が喜んでくれたら、その方から自分のほうに喜びが返ってきます。
家庭の中では夫婦の間、親子の間で、
或いは親しい方たちの間で尽くさせていただくのです。

「そんなに人の為ばかりを言っていたら、
このせちがらい世の中に取り残されて死んでしまいますよ」と
言って笑う人がありますが、しかしそんなことはありません。
仕事一つするにしても、「しっかり儲けて家を建てなくてはいけない」
「しっかり儲けてどこそこへ行かなくては」「車を買わなくては」と、
目的をいっぱい持っていますが、仕事の本当の意味は、
私たちが与えていただいた家であれ、
着る物であれ、頂く食べ物であれ、
すべては人さまの働いて下さった労働力を私たちは頂いております。

皆様が働いて下さって、それによって今、
自分が生きさせてもらっているのですから、
せめて自分のこの身を使って、そのご恩返しをしなくてはいけません。
そのご恩返しが即、仕事です。
仕事を通して、与えていただいた報恩の行為をさせてもらうのです。
それが仕事の意義です。

自分の勝手なことに使う為に仕事をするのは間違いで、
儲けるのが仕事のほんとうの意義ではないのです。
ご恩返しの為に仕事をするのです。
米一つ取ってみましても、
お米は私たちにとって欠くことのできない大事なものです。
このお米は八十八と書きます。

苗代を作り、籾を播き、田圃を耕し、
苗取りをして田植えをし、というように
八十八回手間がかかるので、「米」を八十八と書くのだそうです。
それだけお百姓さんが汗水流して作ったお米を、
私たちはいただいているのです。
私たちもせめて一滴の汗でも流してご恩返しをしなくては、
生きさせてもらっている価値がありません。
このご恩返しが仕事の意義ですし、
私たちは報恩の行為として仕事をさせてもらうことが大事です。


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