経営の視点から考える「知財発想法」

これからのビジネスパーソンに求められる「知財発想法」について考える

勝手知的創造サイクル

2008-12-19 | 知財発想法
 やれ知財戦略だ、金融だといった話をしていると、同業者の方から、
「土生さんは、知財の‘活用’まで関わっているのですか?」
と聞かれることがあります。おそらく「創造⇒保護⇒活用」の知的創造サイクルに当て嵌めてそう思われたのでしょう。この「創造⇒保護⇒活用」、私には以前からどうにもピンとこないので、こう問われると何と答えていいのか苦慮してしまうことになります。
 で、先日のエントリに書いた「意志⇒発明⇒特許」の勝利の方程式から、どうして「創造⇒保護⇒活用」に違和感があるのかがわかりました。この知的創造サイクルには、「意志」がないのです。正確には、「ない」というよりは「活用」の部分で「どうするか」という経営の意志が表れてくるということになるのでしょう。だとすると、これは企業経営の実態の多くのパターンに対して、順番が逆になっているのではないでしょうか。経営の「意志」に基づいて「創造⇒保護」をすれば、それは当然に「活用」されていることになるはずだからです。だから、「活用」というのはこの流れからすれば当たり前の話であって、「活用」を考えなければならないような知的財産が生まれてくること自体、経営の意志はちゃんと反映されてるの、ってことになるのではないかと思います。言い換えれば、「休眠特許を活用する」ことが必要なのではなく、「休眠特許を作らない」ことが本来の目指すべき姿であるといえるのでしょう。「意志⇒創造⇒保護」の知的創造サイクルなら、スッキリします。尤も、「創造⇒保護⇒活用」は国家戦略レベルでオーソライズされたスタンダードですから、勝手知的創造サイクル、ってところですけど。

※ 今回の写真も本文とは関係ありません(先日久々に訪ねた奈良の元興寺です。元興寺は蘇我氏の建立した飛鳥寺が平城京に移設されたもので、今の猿沢の池から奈良町くらいまでを占める大きな寺だったらしいですが、点線で描かれた昔の敷地の中の一角に残された現在の極楽坊の地図を見て、「クレームの減縮」なんて思ってしまうのは仕事のし過ぎか・・・)。


最新の画像もっと見る

9 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
創発的相互進化の観点 (久野敦司)
2008-12-19 05:01:58
経営の意志のもとで創造が行なわれるという事、具体的には事業計画に沿った開発が行なわれるということは、基本的にはそのとおりです。そして、事業計画に沿った知的財産権の活用をするというのも基本的にはそのとおりです。しかし、経営にしても、事業にしても、変化していく社会や市場に適合しながら、変化していくものです。そして、社会や市場の変化を予測しながら、ある程度の幅や変化を持たせつつ、商品開発や技術蓄積は行なわれています。
具体的には、将来台頭してくるであろうデバイスに接続できるインタフェースを用意しておくとか、ファームウェアの変更が簡単にできるようにして、システムの基幹部分の変更を少ない開発工数でできるようにしておくという開発技術上の工夫もあります。アーキテクチャー間の優劣の将来動向を常に監視し、それへの対応を考えるということもあります。1つの要素技術の発生が、アーキテクチャ間の優劣関係を大きく変えてしまい、競合企業に対する競争力が大きく影響を受けることもあります。

また、競合企業と自社は相互に相手の動きを見ながら、相手に勝てる策を考え、実行します。例えば、新機能を搭載した製品を市場に出すタイミングと、その製品の価格設定や補助機能設定の問題は競合企業の動向が大きく影響します。

したがって、競合企業の活動内容に応じて、当初の事業計画が変わることは当然にありますので、自社にとって重要な知的財産も変わり、活用対象の知的財産権も活用の形態も変わり得るのです。このようなダイナミズムが、市場および競合との関係を通じて発生するので、自社の経営が当初に決めたとおりには動くとは限りません。
すなわち、事業も技術も社会も相互に影響を与えながら進化しているのです。創発的相互進化と言えるダイナミックなプロセスの中で、知的財産業務は行なわれているというのが実態だと思います。
返信する
Unknown (土生)
2008-12-19 10:24:23
久野様

コメント有難うございます。

エントリ本文で端折った点を2つほど。

1つは、「企業経営の実態の『多くの』パターン」と書かせていただいたとおり、具体的な経営の意志を離れた部分で先行投資として暗中模索の中行われる研究開発も存在するわけで(特に創薬や新素材などの分野はそうだと思いますが)、発明の後で活用方法を考えるケースも当然ながらあると思います。その場合は「創造⇒保護⇒活用」ということになるのでしょう。

もう1つは、ここでいう「経営の意志」は、「事業計画」より広い概念で考えています。「こういう製品・サービスを世に提供したい」といった思いみたいなものとでもいいますか。ヒアリングをしてきた中小企業各社も、「事業計画」というより前の段階の「経営ビジョン」みたいな部分で、「こういう製品を作る」という意志から優れた発明が生まれた、という感じでした。
返信する
Unknown (不良社員)
2008-12-19 23:10:00
知的財産の利用を経営戦略に沿ったもののみに限定するのは、ちょっと狭きに失する気がします。つまり、土生さんであれ久野さんであれ、知的財産の「活用」といった場合念頭に置かれているのが自社実施「のみ」であるように考えられるのです。自社実施しない特許はそもそも無意味な特許ですが、ライセンス(広く標準化やパテントプールも含めて)により市場全体の規模の拡大を図ることも知的財産の利用という文脈に含めるべきだと思います。

このように思えるのが、土生さんも久野さんも比較的規模の小さい企業の知財実務を念頭に置かれているように私からは見えるからだと思います。私が勤務している企業はそこそこの規模があり、自社実施のみの特許であれば職務発明の報奨金としても企業は無償通常実施権を持っているわけですから価値評価は非常に低くなります。市場に何らかのインパクトを与える技術に基づく特許によりどのように市場をコントロールするかが知的財産の利用を考える上で重要なファクターとなります。例を取って考えると、中国企業のように低価格を売りにして市場を占有する企業に対しては自社有用特許のライセンスにより他社のコスト構造を変革させる必要がありますし、ライセンス料の踏み倒しを行うような企業に対しては文字通りenforcementが必要となります。

加えて、近年のオープンイノベーションの観点からも、知的財産の利用は自社実施を離れて行う必要性が出てきます。こうなると広い意味での経営戦略とは違った観点からの知的財産の利用が必要です。

なお、久野さんが主張される「創発的相互進化」が指す意味が全く不明ですが、仮に社会と技術のダイナミズムのことを指すとするならば、久野さんが指摘されるまでもなく至って常識的なことであり、これを知的財産の神髄と語ることに疑問を禁じ得ません。
返信する
はじめまして (田舎弁理士)
2008-12-20 00:02:34
最近読み始めたのですが、とても興味深く読ませて頂いております。先生の視点にとても共感できています。

些末に引っ張られず本質を追求する姿勢が特に素晴らしいと思っています。「意思」については納得です。

ただ、知財創造サイクルについては、これまでが、
「創造」→「保護」→「はい、おしまい」
となっていた(経営者にはそのように見えた)ので、まずは1歩前進と考えればそれはそれで納得できますよね。
経営者にとっては「投資→回収」というわかり易い説明ですからね。

ただ、「回収」の意味を「ライセンス等により得たお金」と見てしまう経営者であると「結局は知財権なんて無駄コストだよ」と思うでしょうね。

そんなことを考えていくと「意思」は本当に重みがあります。

また寄らせてもらいます!!
返信する
Unknown (土生)
2008-12-20 01:50:28
不良社員様

コメント有難うございます。

ご指摘のとおり、一連の中で私のイメージしているのは、ニッチマーケットで高シェアという比較的規模の小さい企業です。標準化・パテントプールの対象になるような巨大市場であれば、知財の役割はだいぶ違ってくるのでしょう。
>中国企業のように低価格を売りにして市場を占有する企業に対しては自社有用特許のライセンスにより他社のコスト構造を変革させる
なるほど、自社の直接的な利益より相手方のコスト負担増に大きく効いてくるという見落とされがちな知財の効果ですね。私はよく「回避されてしまう特許では意味がない」という主張に「回避しなければならないということは、それだけ相手方のコスト負担増になるのだから意味がある」と反論するのですが、ちょっと似た話なのかもしれません。
ただ例示いただいたパターンも、「自社有用特許」が「自社実施の特許」であるならば、結局は自社の意志に基づく発明の保護による結果の一形態であると思うのですが、自社実施が想定されない特許でも、他社への負荷を目的に知財をストックしておく、といったケースがあるということなのでしょうか。
返信する
Unknown (土生)
2008-12-20 01:56:47
田舎弁理士様

コメント有難うございます。

>「創造」→「保護」→「はい、おしまい」
確かに。もっとプリミティブなケースだと、
「アイデアコンテスト」→「保護」→「そんなの出してたっけ?」
っていうのも一時流行りましたし。
「投資→回収」の根っ子に「意志」が必要ということについては、知財だけでなく、不動産でも株でも同じことではないかと思います。
返信する
自社実施特許中心主義 (久野敦司)
2008-12-20 06:35:29
不良社員さま

誤解されておられるようです。自社の事業のために自社の知的財産権を活用するということは、自社の知的財産を自社で実施するということとイコールということではありません。
ご参考に、下記サイトを示します。
http://www.patentisland.com/memo153.html
返信する
経営の意志と市場の不整合 (久野敦司)
2008-12-21 05:37:56
土生さん

コメントありがとうございます。経営の描くビジョンが市場の実態と整合しない場合、経営の意志のもとで創造された知的財産は知的財産権で保護可能となったとしても、製品やサービスとして市場において活用されることが無いということも、良くあることです。
具体的には、開発して製造販売した商品が売れないという場合です。売れない原因には顧客に人気が無いとか、何らかの法的規制をクリアーできなかったとか、競合製品に勝てなかったとか、顧客となると考えていた事業者が倒産したとか、顧客業界そのものが消滅したということもあります。
どちらにしても、経営の意志のもとで創造された知的財産活用されるとは限りません。
返信する
Unknown (土生)
2008-12-21 15:32:58
久野様

コメント有難うございます。
ちょっと論点が噛み合っていない感じですが、将来が確実に予見できる人などいるはずがないのだから、経営の意志に基づいて行った投資でも、空振りとなることがあるのは当たり前のことです。それは知財に限った話ではなく、設備投資であれ人の採用であれ会社の買収であれ、どれだけ意志をもって行った投資であっても、何らかの理由によって活用されない結果になってしまうことはよくある話です。
一方で、このように本来的には予見できない将来に対して投資を行う場合に、無目的に行った後に「どうやって活用しようか?」と考えるよりも、ある意志をもって行ったほうが、投資の成果が有効に活用される可能性が高まるのも、これもまた当然のことであります。ところが「知的創造サイクル」の理論の中には、その「意志」という視点が欠落しているのではないか、というのがこのエントリで言いたかったことです。設備投資であれば、工場やビルを建ててからどう活用しようか、なんて話には普通なりませんし、会社の買収だって同じことです。人の採用は、新卒などだと「採ってから有効活用」という側面もあるかもしれませんが、これも普通は何らかの意志や方針に基づいて行われるものであると思います。
経営がどれだけ将来を予見して意志を定められるかということは、このエントリとは全く論点の異なる話になってくると思います。
返信する

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。