赤い彷徨 part II
★★★★☆★☆
永田充不安クラブ♡
 



前回からのつづき)

引き続き金沢城跡を散策します。前回の最後でお見せしたのが金沢城の実質的な正門であったという河北門の一の門です。この河北門も発掘された礎石を活用しつつ、江戸時代の「御城中壱分碁絵図」や明治期の古写真をもとに復元されたようです。



石垣に手書きで「△」などの印が掛かれています。印と言っても石を削ったものではないので発掘調査の過程で何らかのマーキングをしたものなのでしょう。河北門の下にはサッカーでもできそうな広大な広場がありますが、こちらは新丸広場というそうです。




河北門から左手を見下ろした「湿生園」と思われます。こちらも江戸時代の古絵図や発掘調査結果に基いて新丸南堀の外郭を再現したものだそうです。園なのとおり季節によっては湿性植物が楽しめるのでしょう。



三の丸に戻り、二の丸の正門である橋爪門の前まで来ました。現存の城は無論素晴らしいのですが、この金沢城のように各種エビデンスに基づいて往時の姿を出来る限り再現しようという試みもなかなか興味深いもので、個人的には敬意を表したいです。




橋爪門の向こうには二の丸広場が広がっています。彼方に見えるのは武器倉庫だった五十間長屋で、左手に見える櫓は菱櫓で、大手と搦手を見張るいわゆる物見櫓です。写真にはありませんが右手にある橋爪門続櫓とこの菱櫓は五十間長屋で接続されています。



二の丸広場から三十間長屋に向かう本丸附段を渡るのは極楽橋で、金沢城築城前にこの地にあった「金沢御堂」に参詣する人々が朝方に念仏を唱えながらこの橋を渡り、夕方には日本海に沈む夕日を拝んで極楽往生を願って帰ったと伝えられているそうです。




極楽橋は空堀に上にかかっており、左右にその姿を見下ろすことができます。7年前に来たときは空堀にある小路を通っていたようです。




(つづく)





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