ぐらのにっき

主に趣味のことを好き勝手に書き綴っています。「指輪物語」とトールキンの著作に関してはネタバレの配慮を一切していません。

PJ映画について考えてみる

2005年06月10日 | 指輪物語&トールキン
昨日は結局「我らが祖父トールキン」のオーソン・スコット・カード氏の章は読めませんでした(汗)たった1章も読めないとは思わなかった(汗)
仕方がないので?このところ映画を見てPJ映画について考えたことを書いてみます。
このところFotR、TTTと映画を見て、原作もそろそろと読み直しているのですが、改めてPJ映画のことを考えたりしています。PJ映画のことというか、PJ映画に対する自分のスタンスというか。
TTT SEEが出るまでにうちの指輪サイトを見てくださっていた方は御存知だと思いますが、私はもともと映画にはかなり寛容な方でした。
基本的にどんな作品についてもそういうスタンスでいるつもりです。原作と違っていても、違うなりに良いと思えればそれでいいと。原作との違いをいちいちつつき出して批判するようなことはしない方・・・だと思ってます。
それなのに、TTT SEEが出てから、そしてRotK公開以降、すっかり映画批判に転じてしまっていますね・・・(汗)まあ、サムについてはTTT公開当初から色々言ってますが(汗)
FotRを久々に見て、やっぱり私の気持ちがPJ映画から離れているのではなく、映画の出来というか質が違って来てしまったんだなあと実感しました。
原作と違うけどいいなあ、と思う点も多々あるのですよね。作品が進むにつれて少なくなってしまうのは否めませんが・・・(汗)
いちいちあげるとキリがありませんが、例えばエオウィン。原作とはかなり違うし、(まあアルウェンほどではないですが(汗))原作のエオウィンのことも大好きだったのですが、それでも映画のエオウィンもまたそれはそれでいいなあと思います。
メリーもそうですね。映画ではかなりがっかりする部分もあったのですが、それでも映画は映画で好きです。
セオデンもそうですね。セオデンとメリーのエピソードにはとても思い入れがあったので、カットされてしまってかなりショックでしたが、それでも映画のセオデンはあれはあれでいいかな、と思えます。ギリギリの線ですけど・・・(汗)(そして、やっぱりメリーに優しい部分がない分映画のセオデンに対する思いが冷めてしまったのも事実ですが(笑))
ファラミアなんか、TTTではかなり好きでした。原作のファラミアに思い入れがなかったからかも、とも思っていたのですが、映画を全て観終わった今ではそれだけじゃないな、と思っています。
TTTを久々に見て、とても静かな、暗い映画だな、という印象でした。その暗さの中での抑えた表現が、原作と違うセオデンやファラミアを「いいなあ」と思わせたのだと思います。
TTTが私にとって違和感があったのは、むしろアラゴルンですね。ヴィゴ・アラゴルンがよくないというのではないんです。王になることについて悩んでいるのがダメなわけでもないんです。むしろアラゴルンの物語の中での位置づけがダメだったんですよね。
なんだかアラゴルンを「もう一方の主役」として妙にクローズアップして描いていたところがダメだったんだなあと。結局崖落ちもアルウェンとのラヴシーンもそういう意図からですよね。
そういう、「ヒーロー」的な主人公を活躍させるという、どこか安っぽい創り方が、TTTから出てきた違和感の理由だったんじゃないかと思います。
偉そうな(汗)サム、と思ってしまったというのも、原作のサムへの強い思い入れも理由だったと思いますが、そういう「安っぽさ」を感じしまったんじゃないかなあと。
で、RotKでその「安っぽさ」が全開になってしまったなーと(汗)
小学生の意地悪のようなゴラムのレンバス事件もそうだし(汗)私にとってはあのペレンノール野はとてもガッカリだったんですよね。スターウォーズとか特に思い入れないんで、「なんだかゲームみたい・・・」としか思えませんでした(汗)
おそらく、原作を読まないでPJ映画を観たとしても、同じような感想を持ったんじゃないかな、と思います。まあ、サム、ゴラム、フロドについては「あんなもんなのかな」と思ったかもしれませんが・・・(汗)
以前、とあるところで、原作未読で特にファンではない人が、「TTTまでは大人にも耐えうるファンタジー映画だと思っていたけれど、RotKでコケた」という感想を述べていました。その人も、RotKをなんだか安っぽくなったと感じているようでした。
多分、私も原作を読んでいなかったとしても、その人と同じように感じたのではないかと思います。
もちろん、RotKにも好きな場面はたくさんあります。原作と違うけどいいじゃない、というところもいくつもあります。
でも全体的に、「安っぽさ」の印象が勝ってしまっているのかな・・・
ただ、最後がちゃんと原作どおり灰色港までやってくれたのは、本当に良かったと思っています。あのあたりの静かな表現も好きですし。灰色港以降はサムも丸ごと許せます。
原作と違うことをやりながらも「それはそれでいい」と思える作品って、実はとても少ないですよね。それを思うと、PJ映画はかなりのレベルだよなあ、と思います。
だからこそ、勿体無いなあ、残念だなあと思ってしまい、色々批判もしてしまうんですよね、きっと。
週末には久々のRotKですが、さてどんな感想を持つでしょうか。とりあえずは「音」を楽しんで来たいと思ってますが。
コメント (4)
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