ケイの読書日記

個人が書く書評

角田光代 「銭湯」

2016-04-14 10:07:18 | 角田光代
 なんという純文学的なタイトル。まるで芥川龍之介の短編のようだ。この作品は『幸福な遊戯』という本に収録されていて、以前読んだことがあった。だから、ところどころ覚えている。ラジオCMが、30秒しゃべって7万円ってとこなんか。すごいなぁ。バブル期の話だけど。

 
 八重子は、学生時代、学内の小劇団に属し、芝居をやっていた。このまま就職せず、芝居を続けようと思っていたが、周囲が次々と就職先を決めるのでさすがに焦ってしまい、卒業間際に内定をもらい就職する。
 その時には、心の中に占める芝居のウエイトはほとんど無くなっており、自分でも驚いていた。
 しかし、八重子は、郷里の母には「就職せず芝居で頑張るつもり。夢に向かって充実した生活をおくっている」と手紙に書いている。まるで「お母さんのような平凡なパート主婦には、私はならない」と宣言するように。

 八重子の頭の中には「自由奔放に生きるヤエコ」という女がいる。しかし、生身の八重子の周囲には、ヘンな困ったちゃんばかりでうんざりしている。会社には感情的に怒鳴り散らす年かさのお局様上司がいるし、いつも行く銭湯には、ずーーーっと孫の自慢話をする老婆がいる。
 大学卒業を機に別れてしまった元恋人は、まだ芝居を続けていて、ときどき八重子のアパートに来ては、芝居の話をしたりお金の無心をする。八重子は驚くほど冷淡に元カレをあしらう。


 こういった芝居をあきらめず役者を目指す人たちって、最終的にどうなるのかな? もちろん役者として大成する人もいるだろうが、そうでない人の方がうんと多い。
 八重子の所属していた劇団も、財政的にとても苦しく、公演を予定するたびに、それぞれの劇団員に5万とか10万とか、ノルマが課せられる。そのためせっせとバイトに励むわけだが、芝居の稽古が優先されるので、公演が近くなるとバイトができず、お金に困り、八重子の元カレなど、別れているのにもかかわらず、八重子のもとにお金を借りに来るのだ。もちろん、返済されたことはない。

 だから、金持ちの娘が劇団に入り、たとえ演技がパッとしなくても主役を務め、かかる経費を気前よく払ってくれたら、主催者や他の劇団員は万々歳だろうね。
 あの、田中角栄元首相の娘・田中真紀子(元衆議院議員)さんも、若いころ劇団に入っていたっていうじゃない?
 芝居だけじゃない、バレエでも舞踊でも同じことだろう。パトロンがいないと成り立たない世界なんだ。

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