ケイの読書日記

個人が書く書評

上野千鶴子 「ひとりの午後に」 NHK出版

 | その他
 先回、香山リカを読んだせいか、フェミニストで有名な上野千鶴子のエッセイを読んでみたくなる。でも、数ページ読んで、京都の美味しい和菓子(上野先生は学生時代、京都に住んでいた)の所で、気が付く。これって、以前、読んだことある!!って。
 エッセイって、同じ題材を何度も別のエッセイに仕立てる事があるから、それなのかな?と思い、先に進んでいくと…上野先生の生まれ育った金沢の町の事、開業医だった父親から溺愛された事、母と祖母の折り合いが悪かったこと、などなどの文章がドッサリ載っていて、既読を確信!
 これを止めて、別の本を読み始めようか…とも考えたが、数年前読んだ時とは違った発見があるかもしれないと、最後まで読む。

 記憶力が悪いので、まるで初めて読むように新鮮な感動がある。
 これって、そんなに古い本じゃない。2010年発行だから、上野先生のベストセラー『おひとりさまの老後』の後に出された本なのだ。だから、上野千鶴子を有名にしたフェミニズム運動の本じゃなくて、高齢者問題にかなりの紙面をさいている。

 エイジズム(高齢者差別)という言葉があるそうだ。アメリカのフェミニスト バーバラ・マクドナルドさんの言葉が引用されている。

 若い女たちは、あなたがどんなふうに生きてきたかを聞かせてくださいと、年老いた女のもとへライフヒストリーのインタビューにやって来る。だれも、私が日々何を感じ何をして生きているかを訊こうとしない。そう、彼女たちは、私の「現在」にではなく私の「過去」にしか関心を払わない。しかし私は「過去の人」ではなく、こうして日々を生きている、ただ高齢なだけの女だというのに。高齢者は過去の抜け殻ではない。それどころか、だれも経験したことのない年齢という日々に新しい現実を探検している最中だというのに。


 ただ、ただですよ。このバーバラさんが20歳だった時に、80歳の女性に探検家としての敬意を払っていたかは、分からない。20歳の女性は、自分が将来80歳になるという事が実感できないんだ。若いという事は、そういう事。

 自分が今、86歳の母のお守りをしていて言いたい事は「では、あなたはそうしましたか?」だ。母は繰り返し体調の悪さを愚痴り、私がそれに真面目に答えないので文句ばかり言うが、では、あなたは自分の親や舅姑の愚痴に付き合い、優しい言葉をかけてやったの? それどころか、ろくに顔もみせなかったでしょうに。
 自分がやってきたことを思えば、あきらめもつくんじゃないの?と言いたい。
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香山リカ 「今のあなたで大丈夫!」 新講社

 | 香山リカ
 不思議だ。また香山リカの本を読んでしまった。別に、香山リカに生き方を指南してもらおうと思ってる訳でもないのに、読んでスッキリするなんて一度も思った事ないのに…。
 どうして私は、香山リカの本を借りるんだろう? 暇つぶしになって害が無いから? 香山リカさんは誠実な人だと思う。すっごく多くの本を書いているが、それも収入を増やすためというより、彼女の本を読んで、少しでも心が軽くなる人がいれば幸い、と思って書いてるんじゃないか?

 1960年北海道生まれ。私より2歳下だが、ほぼ同年代と考えていい。
 リカさんは、医大生のころから文章を書いてTVにも出てたので、昔からちょこちょこ読んでいたが、若い頃はムカつくこともあった。「そんな事いったって、アナタは女医さんでエリートなんだから可能だけど、普通の人はできないよ」とかね。
 ただ、最近はだいぶカドが取れてきたと思う。(これって私の側の変化なんだろうか?)

 2010年に出版されたこの本には、リカさんのちょっと残念な話も載っている。「ピンチの時には、これを思い出して自分を励ます」という方法を彼女は実践しているのだが、そのアイテムは…。リカさんは落ち込んだ時、こうつぶやく。
 「でも、ミミちゃんに会えたじゃない」 「でも、また『しまだ屋』に行けるじゃない」
 リカさんは、イヌやネコをたくさん飼っているが、動物にはあまり好かれない。でも、ミミちゃんという黒猫だけは、帰るとゴロゴロ言いながら足にまとわりついてきて、心に小さな灯がともったような気持ちになるそうだ。
 そして『しまだ屋』というのは、近所の深夜まで営業している蕎麦屋で、落ち込んだりすると、この店に行って温かい蕎麦を一杯食べると「ああ、おなかいっぱいで幸せ」という気分になり、明日も頑張ろうという気力がわくんだそうだ。

 ああ、なんというささやかな喜びを生きる糧にしている事か!!! あまりにもささやかすぎやしない?
 リカさんって、東京医科大学卒の精神科医で、立教大学現代心理学部教授なんだよ。その人が、ニャンコ1匹、お蕎麦1杯で幸せになるなんて! なんという安上がりな人だろう!!

 自分にとっての『ミミちゃん』『しまだ屋』は何だろうか?と考える。うーーーーん。みぃ太郎はいるけど、帰宅しても寝てるし(足にまとわりつくのは、エサをねだる時だけ)蕎麦はあまり好きじゃない。うどんの方が好きだし。そういえば実家近くにあるうどん屋の「小エビ天婦羅うどん」は、すっごく美味しい。生きててよかった、という気になる。私も安上がりな女だね。
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「領主館の花嫁たち」 クリスチアナ・ブランド 猪俣美佐子訳 東京創元社

 | 翻訳もの
 1840年、アバダール館では当主の妻が若くして亡くなり、悲しみに沈んでいた。残された幼い双子の姉妹は、新しく赴任してきた家庭教師のテティに育てられ、美しく成長する。…が、このアバダール館には、恐ろしい秘密が隠されていた。

 一応、作者はゴシックホラーのつもりで書いてるんだろうが、もともと駄作なのか(失礼!)訳が悪いのか(もっと失礼!)あまり面白くない。

 屋敷の恐ろしい秘密といっても、最後に明かされるんじゃなく、最初に書かれてあるので、読者にとっては秘密でも何でもない。その250年前、つまり1590年、エリザベス1世の時代に、アバダール館では、恋人の裏切りにあった若者が自ら命を絶ち、彼の姉が、その館と一族に呪いをかけたのだ。この館の花嫁は決して幸せにならない。悲惨な死を迎えると。

 この姉と弟の幽霊2人組が、ドタバタしてるんだよね。ゴシックホラーがコメディになってしまってる。イギリスには古い屋敷がたくさんあり、こういった屋敷に棲みついている亡霊話は多いと思うけど、もうちょっと重々しく登場してほしいね。

 ただ、この亡霊2人組のエリザベス1世時代の話は、生き生きしていて面白い。1590年には、もう女王陛下はボロボロの歯をして分厚い白塗りであばたを隠したグロテスクな老女だったとか、処女王で結婚はしなかったが、臣下の若い男をせっせと寝所に連れ込んだとか、女王陛下の父親ヘンリー8世はなかなかのハンサムで、本当に女に手が早かったとか。


 1840年に双子の姉妹の母が亡くなってから10年後、再び物語は動き出す。双子の美人姉妹は、同じ男を愛し、妹がその勝者となり、彼と婚約するが、それが新たな悲劇の始りとなり…。

 これも本当にバカみたい。なんでわざわざお隣の息子と結婚するのさ?! もっと広範囲で探せばいいのに。この時代、良家の子女は学校に行かず家庭教師を付けて教育したから、こうなるのかな?
 そうそう、この物語の中に教会は全く出てこない。宗教色もない。どうして? いくらなんでも不自然じゃない? 日曜礼拝に行かないの? そこで聖職者に相談して、亡霊対策を立てるべきです。
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津村記久子 「まぬけなこよみ」 平凡社

 | 津村記久子
 二十四節気(冬至、小寒、大寒など)は、比較的なじみがあるが、七十二候は全く知らなかった。俳句などを嗜んでいる人には身近なものだろうが、多くの人には、私と同じく、馴染みが無いんじゃないだろうか?
 
 だから、歳時記をテーマにしたこのエッセイは、本当にためになる。担当編集者が津村さんに季語のお題を出して、それをもとに津村さんがエッセイを書く。2~3ページのエッセイの文末に二十四節気と七十二候が載っている。
 例えば『節分』というお題のエッセイの文末には、二十四節気「立春」と七十二候「東風解凍」(春風が氷を解かす時期、という意味らしい)が載っている。

 若い頃は、季節や草花などに全く頓着しなかった。興味が無かった。お花見なんて、桜をわざわざ見に行く人の気がしれなかった。 桜? ああ、キレイだよね。花見に行く? なんで? 窓から向こうの児童公園の桜が見えるよ。それで十分、てなもんだった。

 でも、今は違う。人気があって混みそうな名所までは行かないけど、それでもコンビニでおにぎりかサンドイッチを買って、近くの桜を見に行く。数家族が桜の下にビニールシートを敷いて、のんびりマックのハンバーガーを食べてる。犬を散歩させてる人もいる。小さい子たちはボール遊びをしている。
 ああ、私に絵心があったら、この風景を描くのに。描けないから網膜にしっかり焼き付けておこう。この桜を、あと何回見ることができるんだろう。しみじみ感じるね。

 桜は春と結びついてるが、朝顔やおしろい花は、夏と結びついている。
 私が子供だった頃、つまり50年以上前、母がせっせと朝顔を育てていた。夏休み、ラジオ体操に行く前に何輪あさがおが咲いたか、数えるのが好きだったなぁ。明日はいくつ咲くだろうと、ふくらんだ蕾を数えるのも好きだった。ああ、昭和は遠くなりにけり…ですなぁ。

 おしろい花は雑草というイメージが強くて、子どもが1年生の時、生活科の授業で育てると聞いて驚いた。だって育てなくたって、あちこちの空き地に咲いてるじゃん、おしろい花。
 子どもが夏休みに入る前、おしろい花の鉢を家に持って帰ってきたが、ほったらかしでもドンドン育って、かわいい花を咲かせた。それが種になって我が家のプランターにぼとぼと落ち…翌春には、たくさんの芽が出て(多すぎたので間引きした)育ち、きれいな花を咲かせ、それが種になって…と永久にこの循環が続くと思われたが、そこに、おしろい花を殺りくする者があらわれた。
 猫である。我が家のみぃ太郎。猫が花壇を荒らすのは知っていたが、本当にすざましい。三男に拾われて我が家にやってきたみぃ太郎は、春になり、おしろい花の芽が出だすと、大喜びでほじる。気持ち悪いくらいニョキニョキ生えていたのに、あっという間に全滅。それ以降、おしろい花の姿を見ない。
 我が家のベランダには、もうアロエとサボテンしか残っていない。さみしい。
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米澤穂信 「王とサーカス」 東京創元社

 | 米澤穂信
 すごく評判の良い作品なので楽しみに読んだが…正直なところ前半は退屈だった。舞台になったネパールの首都カトマンズのイメージが掴みにくいのと、主人公で探偵役の太刀洗万智にまだ馴染みが薄いせいだろう。
 でも後半になると、期待を裏切らない面白さで一気に読んだ。

 2001年、新聞社を辞めフリーになったばかりの太刀洗万智は、ある雑誌から海外旅行特集の仕事を受け、事前取材のためネパールに向かった。
 しかし思わぬ非常事態が発生する。王宮で王族殺害事件が勃発。(これは本当にあった事件) 皇太子が、父王、母、弟妹、叔父叔母たちを射殺したのだ。しかし、王族の事なので、真相はヴェールの中。万智はジャーナリストとして、さっそく取材を開始した。が、インタビューしようとした男には断られる。後にその男は死体となって発見される。背中にimformer(密告者)という文字を刻まれて。

 ネパールってイギリスと関係が深いので、英語が通じるんだ。万智は、現地の人と英語でコミュニケーションを取る。しかし、母語ではないし、異邦の地で限られた時間内にどれだけ真実に近づけるか、ちょっと荒唐無稽な気もするな。


 この小説の魅力って、謎解きだけじゃなくて、別の所にあると思う。民主化をすすめた国王を敬愛する群衆が、王宮を取り囲む。真相究明を求め、王宮を守っている軍と数日にらみ合いがつづくが、とうとう弾圧が始まる。治安部隊が群衆に向け催涙弾を発射。逃げ惑う群衆。その中に万智もいる。夢中でデジタルカメラのシャッターを切る。逃げ遅れた人たちを警官は容赦なく棍棒で殴りつける。隣の人が倒れた。万智は必死に逃げ、ビルとビルの間の狭い隙間に身を隠す。こういった描写が本当にリアル。

 そして、この小説内で万智はジャーナリストとしての意味を自分自身に問う。取材相手は言う「自分に降りかかる事のない惨劇は、この上もなく刺激的な娯楽だ。恐ろしい映像を見たり、記事を読んだりした者は言うだろう。考えさせられた、と。そういう娯楽なのだ」

 万智は考える。「何を書くか決めることは、何を書かないかを決めることでもある。どんな小さな出来事でさえ、真実は常に複雑で、複数の立場がそれぞれ言い分を主張する。全ての主張を併記することは公平なことではない。ほぼ間違いがないとみられている定説と1人2人が言い張る新説とに同じ紙面を割くことを、公平とは言わない。」
 「記者は中立であれと言われる。しかしそれは不可能だ。自分は中立だと主張する時、記者は罠に落ちる。すべての事件について全員の言い分を際限なく取り上げることはできないし、するべきでもないからだ。記者は常に取捨選択をする。主観で選択をしているのに、どうして中立などと言えるだろう。」
 これは、そっくり米澤穂信の主張でもあるんだろう。
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ジェーン・スー「女の甲冑、着たり脱いだり 毎日が戦なり」  文藝春秋社

 | その他
 ジェーン・スーというから、香港か台湾出身なのかなと思っていたら、日本生まれ日本育ちの純粋な日本人なんだ! 以前、外国人だと安く泊まれるというホテルのキャンペーンがあって、その時、この偽名を使って泊まったらしい。で、ペンネームとして使っているみたい。
 Wikipediaによると、1973年生まれ、フェリス女学院大学文学部卒だというから、大変なお嬢様。
 このエッセイの中にも、小学校低学年の時、読書量が少ないと心配したお母様が、ジェーン・スーさんを近所に住んでいる元国語教師の所にやって、読書の個人レッスンを受けさせたとか。習い事も色々あるが、読書の個人レッスンなんて初めて聞いた。
 大学卒業後の就職も、就職氷河期でありながら、ぽんと大手レコード会社に入社するなど、本人の資質もあるだろうが、やっぱり家が良いんだろうと思う。

 『女の甲冑、着たり脱いだり 毎日が戦なり』という勇ましいタイトルは、男には分からないかもしれないが、女にはよく分かるなぁ。ジェーン・スーさんも「初めに」で書いている。「自称、都会で働く大人の女になるためには、心身ともにさまざまな甲冑を装着せねばなりません」
 そうだろうなぁ。田舎でのほほんと生活する私のようなオバハンにも、甲冑が必要!と思う時が多々あるんだもの。都会で働く大人の独身女性に、自分を守り己を鼓舞する甲冑が必要ない訳がない。
 ただ、ジェーン・スーさんは、外敵と戦うんじゃなくて、自分の内なる自意識と戦わなければならないと思う。
 この人、面白いけど、ものすごく面倒くさい人。

 例えば、このエッセイ本の中に「夢見る少女はリアリスト」という章がある。新しくリメイクされた新解釈のディズニー映画『シンデレラ』を友達と見にいった時の感想が書いてあるんだが、この評価が悪意に満ち満ちている。
 シンデレラは「エラ」という名前で登場するらしい。「森では狩りを楽しむ王子をたしなめ、他の女との差別化を図り、舞踏会にはおめかしして出掛けるなんて、姑息ではなかろうか?どうにも胸がむかむかする」
 「エラは2度も王子に自分を見つけさせています。1回目は舞踏会。2回目はガラスの靴云々。そりゃーオスっ気の強い男性なら誰だってエラのことを自分で苦労して見つけた宝物だ!と思い込むでしょう。策士!」

 よくもまあ、ディズニーアニメをここまで感情移入して見ることができるなと感心します。頭の中ではすっかりエラのライバルのつもり!? そして「たとえば私がシンデレラだったら云々」四十女が自分をシンデレラだったら…と空想するかな? 女子小学生でもないのに。
 私はしない。断言できる。そもそも私はシンデレラなんて見に行かない。
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上野友愛・岡本麻美共著 「かわいい絵巻」 ㈱東京美術

 | その他
 今回も前回と同じ ㈱東京美術の本です。8世紀から江戸時代までの、日本のかわいい絵巻が紹介されている。
 宗教的なものも多い。たとえば、お釈迦様の前世と現世を説いた8世紀の『絵因果経』とか、空海の伝記絵巻『弘法大師行状絵巻』とか。これらを使って、信仰を広めていったんだろうね。

 すごく有名な『鳥獣人物戯画』は、じっくり見るとホント楽しい。ピーター・ラビットの作者も、この絵を見た事あったんだろうか? ウサギ、カエル、猿の水遊び。猫、ウサギ、狐、猿、ネズミがカエルの大道芸を見物してるとこなんか、しみじみ可愛い。特に、烏帽子をかぶった猫殿が男前!!

 そうそう、男前といえば、絵巻に描かれている平安貴族の男は、皆「引き目」だと思ってたけど、16世紀の『しぐれ絵巻』の主人公は、バッチリクッキリ二重まぶたに描かれてある。驚きました! そして、この絵巻を描いたのはなんと!室町後期の女性らしい。これにもビックリ!

 水木しげるが喜びそうな『付喪神絵巻』(16世紀)なんてのもある。付喪神(つくもがみ)とは、古道具の化け物の事。年末の大掃除で捨てられた古道具たちは、長年の奉公が報われなかったと、持ち主へ復讐を企てる。その時の絵…古文先生を囲み妖怪になる術を教わっている…それが、本当にカワイイ。先日亡くなった加古里子の『だるまちゃんと天狗ちゃん』シリーズを思い出すなぁ。

 他には、ちょっとHで、子どもには見せたくない絵巻もある。『おようの尼絵巻』。一人寂しく暮らす年老いたお坊さんの家に、おようの尼と呼ばれる御用聞きのおばあさんが訪れ、身の回りの世話をする若い女を紹介しようと申し出る。そして夜になったら灯を消して待つよう念を押す。やがて女が現れ、お坊さんは大喜びで一夜を共にしたが、朝起きると横にいた女は、おようの尼、その人だった。
 いくら闇夜でも、分からないのかな? 分からないなら婆さんでもOKじゃん。

 そして最後に大爆笑の絵巻のご案内。
 14~15世紀に描かれたと思われる『掃墨物語絵巻』。ある日、お坊さんが若い娘のもとを訪れた。突然の訪問に慌てた娘は、白粉と眉墨をまちがえお化粧してしまう。真っ黒な娘の顔を見てお坊さんは驚き逃げ出す。自分の間違いに気づいた娘は、ひどく落ち込みついに出家した。
 この絵巻で、母親が鏡を見せ、娘が自分の真っ黒い顔に仰天するのだが、お母さん、どういう訳かニコニコ笑ってる。これ、ますます娘さん、落ち込んじゃうね。
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「あやしい美人画」 松嶋雅人  ㈱東京美術

 | その他
 日本の美人画と言えば、すぐに思い浮かぶのは浮世絵の美人画だが、この画集では主に明治以降の日本画・洋画を収録している。やっぱりモデルは舞妓や芸妓、遊郭の太夫や花魁が多い。
 特に、最高級遊女の花魁(太夫)は、髪飾りやかんざし、着物や帯が大掛かりで、こんなの付けてたら重くて動けないんじゃない? たっぷりの黒髪を、かもじを使って膨らませて結い、たくさんの高価で重そうなかんざしを髪にさすので、すごく肩が凝り、仕事どころじゃないでしょ、と思ってしまう。

 そうそう、どうして帯を前結びにするんだろう? たしかに座った場合、前結びの方が豪華に見えるからかな? それとも、単に帯をほどきやすいからだろうか?
 花魁の隣に座っている禿は、年齢で言えば少女だろうが、まるで遣り手婆のよう。なんでこうも初々しさが無いの?

 花魁(太夫)は、当時の庶民からすれば、手が届かない美女のはずだが、うーーーん、現代の感覚からいうと、とうてい美しいとは思えないなぁ。それにお歯黒。どうして白い歯をわざわざ黒く染める必要があるんだろう。外国人も遊郭に行っただろうから、相方の遊女が笑うと、黒い歯がこぼれるのが強烈でビビってしまい、コトに及ぶのに支障が出るんじゃないだろうか?
 日本以外に、お歯黒の風習がある国ってあるんだろうか?
 やっぱり浮世絵の美人画は良い! 着物も帯もかんざしも、質量を感じさせず、軽やかに描いてある。

 たまに、素人女性の画が収録されていると、サッパリしてほっとする。菊池契月という日本画家が、長男の妻をモデルにした日本画『少女』はいい。一服の清涼剤のよう。

 
 そうそう、岸田劉生の『麗子微笑』も収録されていた。教科書に載っていて絶賛されてるけど…どうしてこんなに圧縮したように描くんだろう? 私が子供の頃、本物の麗子さんも、こういった圧縮されたような姿形の人なんだと思っていたが、そんなワケないよね。麗子さんがこの絵を見て「私、こんなにひしゃげてない!!!」とお父さんに怒ったりしないのかな。
 
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伊坂幸太郎 「重力ピエロ」

 | 伊坂幸太郎
 仙台市内で頻発するショボい連続放火と、その火事を予見するような謎のグラフィティアート(壁のスプレー落書き)。
 そのグラフィティアートと遺伝子の奇妙なリンクに気付いた泉水は、弟の春とガンで入院中の父と一緒に、犯人を推理しようとする。(優しくて美しかった母親は数年前に亡くなっている)

 実はこの一家には秘密があった。いや、秘密でも何でもないか、読み始めて9ページ目に書いてあるもの。兄の泉水と弟の春は、半分しか血がつながっていない。父親が違うのだ。弟は、母がレイプされたことで生まれた。普通、こういう時は中絶をすると思うけど、この夫婦は産んで育てることを決断した。まぁ、宗教的な立場で、どうしても中絶できない人はいる。(ちなみに、この家族はカソリックではない)
 この事実は、春が高校生になってから本人に告げられ、大変ショックだったろう。しかし、うすうす泉水も春も気づいていた。そうだろうなぁ、隠し通せるわけないよ。
 でもレイプ犯は、未成年という事もあり、法律に守られ、名前もすっかり変えて再登場してきた。
 
 こういった痛ましい過去はあるけど、この一家は本当に仲が良いんだ。そして魅力的。
 特に弟の春は、アスペルガーだと思われるが、容姿もよく(お母さんが美人だった)IQも高く、女の子に冷たいので、逆に女の子から追いかけられる。どんな美女にも醜女にも平等に冷たいので人気があるのだ。ストーカー化する女の子も出てくる。彼は自身をピカソの生まれ変わりと信じ、尊敬する人は非暴力を貫いたガンジー。(でも春は結構暴力的)

 ストーリーも面白いが、どちらかと言えば、キャラで読ませる作品。それから、春が語る色んな蘊蓄が面白い。


 そうそう、個人的に胸がキュンとする場面があった。小説内で、春が小学校5年生の時、春の描いた絵が県のコンクールで大賞に選ばれた。家族は春の芸術的才能に気が付き、喜んで、週末には家族そろって展示会場に出向いた。会場の真ん中に堂々と飾られていた春の絵の場面。
 その場面を読んだとき、次男の事を思い出したなぁ。
 次男が保育園児だった時、県下の仏教系保育園の絵画コンクールで最優秀賞をもらったのだ。家族一同びっくり!!!
 親として嬉しくて誇らしかったなぁ。ひょっとして、この子は絵の才能があるのかも!?と絵を習わせようとしてみたり(本人が嫌がったので辞めたが)後にも先にも、その1回だけです。素敵な思い出です。
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皆川博子 「U ウー」 文藝春秋社

 | 皆川博子
 タイトルの「U ウー」とは、海のオオカミと言われたドイツの小型潜水艦Uボートから取ってるんだろう。ドイツ語ではユーじゃなくてウーと発音するのかな。

 大好きな皆川博子の作品だから借りてみたが、読み始めて後悔した。第1次大戦中の1915年・ドイツ海軍の事が書いてあって、ちっとも面白く感じられなかったから。
 しかしまあ、我慢して読み進めていくと…話が飛んでいきなり1613年。オスマン帝国に強制徴募されるマジャール人とドイツ人とルーマニア人の少年たちが登場する。当時の東ヨーロッパはキリスト教圏なのだが、強大なオスマン帝国にたびたび攻め込まれ、支配者層は、子供たちを貢ぎ物として、オスマン帝国に送ったのだ。
 キリスト教徒の子どもたちは、強制的にイスラムに改宗させられ、多くの者は強い兵隊になり、学問や容姿が優れているものは、スルタンの小姓に取り立てられる。考えようによっては、生まれ故郷で貧しい生活をするより、能力により出世の道が開かれるのだから、強制徴募された方が良かったかもしれない。

 でも、この主人公の少年たちは、そう考えなかった。
 特にヤーノシュというマジャール人の少年は、スルタンの目にとまり宮廷内で異例の出世をする。学問だけでなく馬術にも優れていたヤーノシュは、スルタンの前で素晴らしい技を披露し、たくさん褒美をもらう。その時出された飲み物の中にアヘンが混ぜてあり、目覚めた時には、宦官にされていた。
 寵愛が深いほど、そういう事があるらしい。男性としての機能が失われれば、妻や子供といった対象を持てなくなり、スルタンしか頼るものがなくなる、という意味なのかな。いくら金銀財宝に囲まれ、豪華な衣装を身に着けていても、しょせんは奴隷。スルタンの所有物なのだ。

 ただ、中国でもトルコでも、宦官は後宮に入ることを許されるから、皇帝の私生活に深く入り込み、年少の皇帝を操り、最大権力者になることも多いのだ。だから、貧しい家庭に生まれ、通常では絶対出世が望めないような身分の人間が、すすんで宦官になることもあったらしい。(司馬遼太郎が書いていた)
 貧しいと一生女性には縁遠い。女はみな、金持ちに集まる。一夫一妻制じゃない時代、当たり前のことだ。だったら宦官になり、栄華の可能性にかけようという男が出てきてもおかしくない。
もちろん宦官になっても、皆出世するわけじゃない。飛びぬけて目端が利く一握りの人たちだろうが。

 それから、スルタンの兄弟殺しも驚いた。先代皇帝が亡くなった時、皇子たちがモメるのは、どこの国でも同じ。特にオスマン帝国は、長子が相続と決まっていないので、なおさら。でも皇帝位につく時、他の皇子たちを殺すことが法制化されてるのは驚き!
 でもこの時代、乳幼児の死亡率は高かったし、暗殺や病死、戦死が当たり前だったので、皇位継承者がゼロになると困るんじゃない?

 ムスリムの世界は、今でこそキリスト教国に押されっぱなしだけど、中世の時代、東ヨーロッパの多くのキリスト教国を属国や属州にしていたんだ。(ウィーン包囲も2度やっている)
 現代では、TVで知識人と言われる人たちが「欧米はイスラム教の国々を蹂躙している」みたいな発言をしているが、どっちもどっちだね。


 そうそう、Uボートと、オスマン帝国に強制徴募された少年たちが何の関係がある?と不思議がっているアナタ。強い関係があるんです。読んでくださいね。
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