ケイの読書日記

個人が書く書評

皆川博子 「U ウー」 文藝春秋社

2018-04-26 13:46:06 | 皆川博子
 タイトルの「U ウー」とは、海のオオカミと言われたドイツの小型潜水艦Uボートから取ってるんだろう。ドイツ語ではユーじゃなくてウーと発音するのかな。

 大好きな皆川博子の作品だから借りてみたが、読み始めて後悔した。第1次大戦中の1915年・ドイツ海軍の事が書いてあって、ちっとも面白く感じられなかったから。
 しかしまあ、我慢して読み進めていくと…話が飛んでいきなり1613年。オスマン帝国に強制徴募されるマジャール人とドイツ人とルーマニア人の少年たちが登場する。当時の東ヨーロッパはキリスト教圏なのだが、強大なオスマン帝国にたびたび攻め込まれ、支配者層は、子供たちを貢ぎ物として、オスマン帝国に送ったのだ。
 キリスト教徒の子どもたちは、強制的にイスラムに改宗させられ、多くの者は強い兵隊になり、学問や容姿が優れているものは、スルタンの小姓に取り立てられる。考えようによっては、生まれ故郷で貧しい生活をするより、能力により出世の道が開かれるのだから、強制徴募された方が良かったかもしれない。

 でも、この主人公の少年たちは、そう考えなかった。
 特にヤーノシュというマジャール人の少年は、スルタンの目にとまり宮廷内で異例の出世をする。学問だけでなく馬術にも優れていたヤーノシュは、スルタンの前で素晴らしい技を披露し、たくさん褒美をもらう。その時出された飲み物の中にアヘンが混ぜてあり、目覚めた時には、宦官にされていた。
 寵愛が深いほど、そういう事があるらしい。男性としての機能が失われれば、妻や子供といった対象を持てなくなり、スルタンしか頼るものがなくなる、という意味なのかな。いくら金銀財宝に囲まれ、豪華な衣装を身に着けていても、しょせんは奴隷。スルタンの所有物なのだ。

 ただ、中国でもトルコでも、宦官は後宮に入ることを許されるから、皇帝の私生活に深く入り込み、年少の皇帝を操り、最大権力者になることも多いのだ。だから、貧しい家庭に生まれ、通常では絶対出世が望めないような身分の人間が、すすんで宦官になることもあったらしい。(司馬遼太郎が書いていた)
 貧しいと一生女性には縁遠い。女はみな、金持ちに集まる。一夫一妻制じゃない時代、当たり前のことだ。だったら宦官になり、栄華の可能性にかけようという男が出てきてもおかしくない。
もちろん宦官になっても、皆出世するわけじゃない。飛びぬけて目端が利く一握りの人たちだろうが。

 それから、スルタンの兄弟殺しも驚いた。先代皇帝が亡くなった時、皇子たちがモメるのは、どこの国でも同じ。特にオスマン帝国は、長子が相続と決まっていないので、なおさら。でも皇帝位につく時、他の皇子たちを殺すことが法制化されてるのは驚き!
 でもこの時代、乳幼児の死亡率は高かったし、暗殺や病死、戦死が当たり前だったので、皇位継承者がゼロになると困るんじゃない?

 ムスリムの世界は、今でこそキリスト教国に押されっぱなしだけど、中世の時代、東ヨーロッパの多くのキリスト教国を属国や属州にしていたんだ。(ウィーン包囲も2度やっている)
 現代では、TVで知識人と言われる人たちが「欧米はイスラム教の国々を蹂躙している」みたいな発言をしているが、どっちもどっちだね。


 そうそう、Uボートと、オスマン帝国に強制徴募された少年たちが何の関係がある?と不思議がっているアナタ。強い関係があるんです。読んでくださいね。
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酒井順子 「ズルい言葉」 角川春樹事務所

2018-04-20 14:27:51 | 酒井順子
 「ズルい言葉」か…。酒井さんは「ある意味」「嫌いじゃない(否定の否定)」「どこか懐かしい」「普通」「もしアレだったら」などなど挙げているけど、これってズルいというより、直接的に言うより婉曲的に表現する方が良いとする日本人の価値観から来るんじゃないかなぁ。回りくどいとは思うが。
 酒井さんが挙げた言葉の中で一番ズルいと思うのは「ある意味」。本当に便利だね。「ある意味」というんだから別の意味もあるんだろうか。これを文章に使うと、深く思考しているという印象を人に与える。本当は何も考えていないのに。

 私が個人的にズルいと感じる言葉は「考えておきます」かなぁ。昨年度まで町内会の役員をやっていて、引っ越してきた世帯に「町内会に入りませんか?」と勧誘していた。
 はっきり「興味ありません」「入りません」と意思表示をしてくれる人は、分かりやすくていいけど、「考えておきます」という人には困った。
 どうだろう。世間的には「考えておきます」って、体のいい断り言葉だよね。でも拒否されている訳じゃないので、再度、勧誘に行く。でも、しつこいと思われるのも嫌だしなぁ…と、人を悶々とさせる言葉。

 読んで、たいして面白いエッセイ集でもなかったが(失礼!)言葉がズルいというより、酒井順子さんの人生が、ズルい!!!(もっと失礼)と感じてしまう。バブル絶頂期に20代を過ごした人だもの、本当に良い思いをしている。
 若い人から、世代についてイヤミを言われると「あの時代は、今と違ってうんと人工的で派手で楽しかったなぁ。あなた達はその時代を知らず、可哀想にねえ。生まれてから今まで、ずっと地味ーーーーに暮らしてるんでしょ?」と余裕で返す。
 ズルいぞ!すごぉぉぉぉくズルいぞ!!!!酒井さん。
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家田荘子 「昼、介護職。夜、デリヘル嬢。」 ブックマン社

2018-04-15 08:35:30 | その他
 すんごいタイトル。介護職の人たちが怒り出しはしないだろうか。心配になる。もちろん家田氏は、巻頭に「最初に断っておくが、介護職の女性なら誰でも、デリヘル嬢をしていると言いたいのではない」と書いているが、当たり前だ。刺激的すぎるタイトル。
 そういえば、家田氏は昔、アメリカに留学している女子学生たちをルポし、『イエローキャブ』という本を書いて袋叩きにあっていた記憶があるが、今回は大丈夫だろうか?

 まあ、確かに介護職とデリヘル嬢は、人間の下のお世話をする仕事で、親和性はあると思う。どちらも本当にキツイようだ。

 家田荘子が、高齢者介護をテーマに…ときくと、すごく意外な気がする。若くてヤンチャばかりしている人たちをルポしていると思っていたから。
 でも、家田氏も、もう60歳代半ば。 自分の行く末がぼんやりと見えてくる。色々考える事もあるのではないか?
 といっても、家田氏は結婚歴があり、お子さんもいるんじゃないかと思うよ。まあ、この先、子どもには頼れないし、金銭的にも不安なんだろう。私を含め、ほとんどの人がそう感じている。

 介護職だけでは給料が安くて生活できず、副業でデリヘル嬢をやっている人10人に取材しているが、嫌で嫌で仕方がない、という人はいない。そうだろうね。そういう人は取材を受けないよ。本業は介護職、でも副業で収入を得て精神のバランスも取っているようだ。

 それにしても、取材の中に出てくるどうしようもないエロじじいって、本当なのかな?要介護5で寝たきりのはずなのに、若い介護職員のおしりをペロンと触るって本当? 腕が動かないはずなのに? それで思わず女性が突き飛ばして、けがをさせたりしたら、虐待になるの? ふざけんじゃないよ!!!
 トイレに自分で行けないので、介助してパンツを下ろしオシッコさせようとすると射精するとか、本当なのかね? そんな元気があるんだったら、自分でトイレ行けよ!
 だいたい、ヤりたきゃ介護タクシーを呼んで、風俗行ったら? 今、高齢者に特化した風俗もあるときく。 タダでやろうとする、その根性が気に入らない。

 エロ爺さんだけじゃなく、エロ婆さんもいるが、こちらの割合は少ないらしい。
 
 ああ、トシは取りたくないですね。日本の未来は暗いです。
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米澤穂信 「真実の10メートル手前」  東京創元社

2018-04-10 17:07:44 | Weblog
 米澤穂信は売れっ子だけど、実は私、いままで1冊しか読んでいない。『儚い羊たちの祝宴』…だったかな? すごく女性的というか繊細な印象で、続いて読もうとは思わなかった。
 でも、この短編集、タイトルが良いよね。『真実の10メートル手前』って、真実にほんの少しの所で到達できなかったんだろうか? なぜ? などと思い読みたくなってくる。

 フリーライターの大刀洗万智が、まだ東洋新聞の記者だったころの事件。20代後半か。ベンチャー企業の若き経営者と広報担当のその妹が、企業の経営破綻にともない姿を消した。大刀洗万智は、以前、その妹を取材したことがあり、好印象を持っていた。最悪の結果になるのを防ごうと、彼女を追う。
 本当に僅かな手がかりから、大刀洗は妹の居場所を推理する。一見、神がかっているように見えるが、よく考えてみるとスジが通っている。すごいね。

 松本清張の短編『地方紙を買う女』を思い出すね。一見、なんの犯罪性も見いだせない普通の出来事なのに、恐ろしい犯罪が隠されていた。嗅覚の鋭い万智のような人が、それを見つけ出すのだ。

 ほか、社会人になりたての万智の話が1話、あと4編は新聞社を辞めてフリーライターになった万智の話。
 たしかにサラリーマンでは、自分の興味のあるテーマに取り組むこともままならないだろうから、小説としてはフリーライターになった方が良いだろうが、社会的信用と彼女のフトコロ具合が気になる。
 新聞社の名前の入った名刺は(フリーターより)絶大な効果を発揮するだろうし、給料の他に必要経費などは支給されるだろう。フリーライターは、すべて自腹で、出来上がった記事をどこかの雑誌社が買ってくれなければ1円にもならないんだ。キビシーーーーイ!!! 
 自分で本が出せるような知名度がある人じゃないと、生活できないよ。それか、親か配偶者が生活を支えてくれる人。

 文章の単価がどんどん下がってる。それはイラストや写真でも同じようで、クラウドソーシングなどでプロの仕事をどんどんアマチュア(orセミプロ)が奪っているからね。
 だから本当に質の高い記事を書かなきゃ、やっていけない。大刀洗万智は、それができるんだ。

 『王とサーカス』は大刀洗万智の1人称でつづった作品だそうだ。これもぜひ読まなくっちゃ!
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原田マハ 「サロメ SALOME」

2018-04-04 12:53:57 | その他
 『サロメ』は、言わずと知れたオスカー・ワイルドの代表作。私、大昔、麻美れいさんのサロメを観たような覚えがある。記憶違い…?

 そのオスカー・ワイルドと、サロメの挿絵画家ビアズリーと彼の姉メイベル、そしてワイルドの同性の恋人アルフレッド・ダグラスの、四角関係をメイべルの視点から書いてある。史実を基にしたフィクション。

 しかしまあ、オスカー・ワイルドが同性愛の罪で牢屋に入ったことは事実だし、怖いほどの才能を持ったビアズリーが25歳の若さで結核で命を落としたのも事実。彼は姉さんとも大変仲が良かったようだ。そしてワイルドの愛人・アルフレッド・ダグラスは、素晴らしい美貌の持ち主だった。

 小説内では、オスカー・ワイルドとビアズリーがただならぬ関係になるのだが、自意識過剰のこの痩せこけた結核青年に、ワイルドの食指が動くことはないだろう。
 そうそう、19世紀末のこのヴィクトリア王朝時代(つまりホームズの時代)結核が伝染病だという事を、イギリスの皆さんは知らないんだろうか? それともイギリスには日本ほど結核患者が多くないから、問題視しなかったんだろうか?
 ビアズリーの身内が、彼にピッタリ寄り添って世話をするのは、肉親の情として理解できるが、赤の他人が彼の病気に無頓着なのは不思議。喀血するというのは、結核が相当進行しているのを意味している。
 ホテルで喀血したら、オーナーから追い出されたり、病院に強制入院させられたりすると思うが、そうなっていない。そもそもサナトリウムのような施設は、イギリスにはないんだろうか?
 金持ちや貴族たちが集まるサロンに、どうどうと招待されるというのは…イギリス人が気にしないのかな? もっと危険な病気がいっぱいあるのもね。ヨーロッパには。結核に対する恐怖心がないのは、ビアズリーにとって良い事だったろう。


 文句ばっかりつけてしまったが、岩波文庫のサロメを読んでみようとか、ビアズリーの画集を探してみようとか思わせる1冊。
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