ケイの読書日記

個人が書く書評

「わたしを離さないで」カズオ・イシグロ著 土屋政雄訳 早川書房

2022-11-02 15:30:51 | 翻訳もの
 最初のページで「介護人」とか「提供者」という単語が出てくるので、なんとなく、ああ臓器移植の話か…という事が分かる。でも「4度目の提供」なんて文章も出てくるので、その臓器移植が一般的なものではなさそうだという事も分かる。
 提供される方が4度目ならまだしも、提供する方が4度目なんておかしいよ。

 優秀な介護人キャシーは、提供者と呼ばれる人々の世話をしている。生まれ育った施設ヘールシャムで一緒に育ったトミーやルースも提供者になっていた。キャシーもそのうち提供者になるだろうと思われる。
 この施設ヘールシャムが、すごく奇妙な場所なんだ。普通の孤児院ではなくて、保護官とよばれる教師たちが、実に熱心に授業をする。なかでも、美術や文学に力を入れ、素晴らしい絵画や工芸品、詩などを生徒に作り出すようにうながし、特別に優れた作品は、どこか遠くの展示館に展示されるらしい。
 ただ、芸術に力を入れるにしては音楽の授業は少ない。なぜか? その理由は想像できる。ピアノやヴァイオリンの演奏や声楽などは、展示館では発表できない。なぜなら、彼らはヘールシャムから出ることを許されないから。
 彼らが一定の年齢になって出て行ける場所はコテージで、そこで彼らは介護人や提供者になるための準備をする。

 そう、彼らには「介護人」や「提供者」になる未来しかない。どんなに頭が良くても、容姿が優れていても、素晴らしい絵が描けても、美しい歌が歌えても、彼らには学者やモデルや女優や画家や歌手になる未来はない。

 この小説はミステリ小説ではないからネタバレでも書くけど、ヘールシャムでは、人間を養殖しているんだ。臓器を取り出すために。そのために作られたクローン人間だから、最初のうちは劣悪な環境で育てられていたが、あまりにも酷いと声を上げる人がいたので、待遇を良くし教育に力を入れるようになった。素晴らしい美術品や詩は生徒たちの作品ですと言って、金持ちや有力者から寄付を集めた。

 しかし、声を上げるべきは劣悪な環境改善ではなくて、人間を養殖するな!!!って事だろうと思う。でも、大多数の人たちは、クローン人間は人間ではないって考えなんだろうね。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「新訳ペスト」 ダニエル・デフォー著 中山宥訳 興陽館

2022-08-21 15:40:44 | 翻訳もの
 このダニエル・デフォーって人は、ロビンソン・クルーソーを書いた人なんだ!1665年のロンドンペスト大禍の時、彼はわずか5歳だったから、この本は彼の伯父や父親の手記という体裁で出版されている。わずか5歳とはいえ、当時の異常な雰囲気はよく覚えていたんだろう。
 当時のロンドンの人口は50万。そのうち10万人以上が亡くなったという。すざまじいねぇ。でも、裕福な人たちは、ペストが発生した初期の段階で、家族や使用人を連れ、遠くの領地や別荘に逃げだした。あのデカメロン物語のように、お金持ちは行動できた。
 金持ちでなくても、逃げる先がある人は続々とロンドンを脱出した。逃亡しなかった人は逃げ出せなかったんだ。お金もなく頼る田舎もないから。
 それでも、死にたくないからロンドンを脱出しようとする人は、森の中で野宿し物乞いした。他の町や村には入れない。ペストを警戒する村人たちに、村に入るなと銃で脅されたので。

 ペストの原因を「何か目に見えない悪いモノ」が引き起こしているという認識だけで、その正体がはっきり分からない。そうだ、細菌の存在が分かったのは、もっと後の事なのだ。だから、患者と視線を合わせると感染する、なんていうメチャクチャな事を言う人もいた。他には、神様が不信人な人を狙って感染させているという信心深い人もいた。

 そのせいか、まるっきりネズミの話は出てこない。以前読んだカミュの「ペスト」は、第2次大戦後の話だから、一応ペスト菌はネズミに寄生するシラミかダニが保菌していると理解している。だけど、この17世紀のペスト大禍期には、猫や犬は悪い空気を運ぶかもしれないから殺処分するようにというお触れが出たけど、ネズミについては触れてない。でも、ネズミが元凶じゃないかって経験的に分かっていた人はいたんじゃないかな?

 ワクチンも治療薬も何もないこの時代、人々はバタバタと死んでいった。でも、カミュの「ペスト」でもそうだったが、何か月かペストが猛威をふるった後、その勢いはパタッと衰えるんだ。どうして?特効薬が開発された訳でもないのに。これが集団免疫って言うんだろうか?
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「ヒトラーの娘たち」レビューその③

2021-12-30 10:04:23 | 翻訳もの
 前回のブログの続きの続き。これで完結するつもり。
 つまり筆者が言いたいことは「ホロコーストに加担したとして、収容所の看守や女医や看護師たちは、戦後法によって裁かれた。しかし、収容所の所長や看守の妻や恋人あるいは事務職員たちは、問題にされていない。彼女たちにも罪はあるはず」という事らしい。
 実際に自分の手でユダヤ人を殺害した女の人たちは、生き残ったユダヤ人たちによって告発されているが、パーセントとしては本当に少ない。
 だいたい、アウシュヴィッツの所長の妻も「夫が収容所で何の仕事をしていたか知らない。自分はただ、夫にくつろげる家庭を提供していただけだ」と申し開きして罪には問われなかったという。
 そりゃ、ゲシュタポの事務所の女性職員までも刑務所に入れていたら、ドイツの戦後復興は大幅に遅れただろうよ。でも、どういう気持ちで彼女らが、収容所に送られる大量のユダヤ人の名前をタイプしていたか、興味あります。何も考えないようにしてたんだろうね。何も考えないようにするのが得意なんだ。そうじゃなければゲシュタポの事務所で働こうとは思わないよ。ドイツ国内でも恐怖の対象だったんでしょう?

 読み終えていろいろ考える。ドイツやオーストリアにいたユダヤ人って、本当に裕福で優秀な人が多いのに、どうしてこうなっちゃったのかな? ナチスが台頭してくる時に、せっせと献金したユダヤ系企業や大金持ちのユダヤ人も多かったらしい。こんなに献金しているんだもの、ナチは反ユダヤを掲げているが、自分だけは大丈夫って思って、国外脱出しなかったんだ。
 でもナチスは知ってしまった。献金でお金を得るより、強制収容所に送り込んで財産を没収する方が、うんと大金が手に入るって事に。

 ああ、本当に連合国側が勝ってよかった。ドイツや日本が負けて本当に良かった。(日ソ不可侵条約を一方的に破棄したソ連には、いまだにムカつくけれど)
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「ヒトラーの娘たち」レビューその②

2021-12-18 13:46:29 | 翻訳もの
 前回UPしたレビューの続き。ヒトラーが1933年に政権を獲得し、1939年オーストリアを併合し(オーストラリア人は大喜び)ポーランドに侵攻、さらに東のウクライナやベラルーシなどに領土を拡大し、ソ連まで広げようとしていた。
 ヒトラーは自著の中で「ドイツにとってロシア(当時はソ連)は、イギリスにとってのインドと同じ」なんて書いている。すごく図々しい。でも、ヒトラーにとって、ロシアは劣等なスラブ人の国だから搾取されて当然、ゲルマン人に奉仕するのが当たり前なんだろう。
 イギリスがインドでやっている同じことを、なぜ我々がやってはいけないんだ?と憤慨していたかもね。当時、軍事的に強い国が弱い国を植民地化する帝国主義の思想は、広く世界に浸透していた。
 日本人も、偉そうな事は言えない。日本が満州でやった事も同じ。ただ、もう少し時間をかけてやっていた。

 考えてみれば、ドイツ第3帝国がヨーロッパ大陸の覇者になっていた時期って、結構、短いんだ。1939年9月のポーランド侵攻が第2次世界大戦の始まりとされ、1945年4月30日にヒトラーが自殺、5月8日に無条件降伏してるから5年半か…。
 1940年ごろから、ナチの信奉者たちがどんどん東のポーランド・ウクライナ・ベラルーシなどに入植していった。大農園を没収し、現地人オーナーを追い出し、使用人として現地人をこき使って、まるで領主様のような生活が出来たんだ。そりゃ、ハイル ヒトラーだよね。総統さまさまだよ。夢のような王侯貴族の生活が楽しめたんだから。2、3年は。
 ヒトラーは最初スターリンと手を結び、ソ連と平和条約を結んでいたが、1941年にそれを破棄して突如ソ連に侵攻、最初のうちは優勢だったが、1943年スターリングラードで大敗し、それからはどんどん支配地域を失って追い詰められていく。
 イギリスとの戦いも、最初は有利に進めていたが、これも早々に逆転され、連合国側がノルマンディ上陸作戦でフランスに上陸してからは、ドイツは窮地に追い込まれる。空爆でベルリンは瓦礫の山。

 西からは連合国軍、東からはソ連軍が迫ってくる。ドイツ兵は、ソ連兵じゃなくて連合国側に捕まりたかったみたいね。独ソ戦があまりにも悲惨だったので、復讐されると思ったんだろう。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「ヒトラーの娘たち」 ウェンディ・ロワー著 武井彩佳監訳 石川ミカ訳

2021-12-11 10:45:11 | 翻訳もの
 ヒトラーの実際の娘という意味ではなく(ヒトラーは結婚しなかったし子どももいないはず)彼の影響をうけた同調者という意味。「ホロコーストに加担したドイツ女性」というサブタイトルが付いている。
 こういったナチ関係の本を読むとき、いつも思うんだけど、そもそもアーリア人種とかユダヤ人とかの定義が曖昧。金髪で青い目がアーリア人種の典型となっているが、そもそもヒトラー自身、金髪でも青い目でもない。
 だいたいプラチナブロンドって、本当に数が少ないらしいね。(だからこそ価値があるんだろうけど)あのマリリン・モンローだって、本当はブロンドではなく茶色の髪を染めていたとか。
 ドイツが占領したポーランドなどで、金髪で青い目の子どもをさらって、ドイツに連れて行きドイツ名を与え、ドイツ人として子どものいない夫婦に養子に出したそうだが、ポーランド人はスラブ系だから、ヒトラーからすれば劣等民族のはずなのにね。もうメチャクチャ。外見から人種を識別する事なんか出来ないよ。

 ナチ政権下では学校で、典型的なユダヤ人の骨格や容貌などを教えたらしいが、ハッキリした特徴なんて分かる訳ないよ。ユダヤ人国家が滅亡して2000年たってるんだから、いろんな民族と混血してるのが当たり前。結局、ユダヤ人というカテゴリーは、ユダヤ教を信じる人たちの事なんでしょ?
 ユダヤ教を捨て、カトリックやプロテスタントに改宗した人たちは、ホロコーストを免れたんだろうか? その辺の疑問が、昔から燻ぶったままです。

 とにかく、この本を読み始めてまだ1/4ほどなので、この先じっくりと読んでいきたいです。(なにせ12月は主婦にとって本当に忙しい時期なので)
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする