ケイの読書日記

個人が書く書評

パトリック・ジュースキント 池内紀「香水 ある人殺しの物語」

2015-10-29 09:18:44 | Weblog
 ルノワールの絵のような、素敵な表紙だったので、手に取って中をパラパラ見ていたら…どうやら、1738年フランスに生まれたグルヌイユという香水調合師の話らしい。こりゃ、面白そうだ。1789年がフランス革命の年だから、きっとこのグルヌイユという男は、自分の優れた嗅覚という才能を使って、貴族たちに取り入り、フランス宮廷の影で暗躍する話ではないか?と勝手に期待に胸を膨らませて読んだが…まったくの空振り、がっかりした。
 ルイ14世とかポンパドール夫人といった固有名詞は出てきたが、ただそれだけ。

 グルヌイユは、香水調合師としての修業時代はパリに住んだが、その後フランス南部に行き、そこで大量殺人を引き起こす。
 ふくらみかけた蕾ような年頃の美少女ばかりを狙って殺害し、その匂いをコレクションする。

 このグルヌイユの鼻は、本当にすごい! 犬並み! なにせ、子供のころ、養い親が隠したお金を、匂いで探し当てたのだ。金属って匂いがあるんだね。
 成長するにつけ、香水調合師の修業の成果もあったろうが、その天才的な嗅覚はどんどん研ぎ澄まされ、ついには、匂いで人を支配できるようになる。
 例えば、自分の娘をグルヌイユに殺され、彼を八つ裂きにしてやると憎みぬいている父親に、グルヌイユが調合した香料を嗅がせると…「赦しておくれ、息子よ、愛しの息子よ、この私を赦しておくれ」と涙を流し、グルヌイユを抱きしめるのだ。

 でも、そういった嗅覚で人を意のままに操るのは一時的で、すぐに匂いに人は慣れてしまうし、匂いも消えてしまう、あるいは変化する。


 確かに、匂いは大事なものだ。現代日本では、体臭というものは忌み嫌われるが、妙に人を引き付ける体臭だってある。楊貴妃は、豊満な肉体で陰毛は床に届くほど長かったとか。つまり、体臭は強かったと思われるが、その女の匂いで玄宗皇帝をノックアウトしたのだろう。

 そういえば、有栖川有栖の『双頭の悪魔』にも、調香師が登場する。そして、香りが大きなカギとなる。香りで、こんなこともできるんだと驚いた。興味のある方は、どうぞ、読んでみて。
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法月綸太郎 「二の悲劇」

2015-10-24 09:57:30 | Weblog
 法月綸太郎は大好きな作家だが…これはイマイチ。この人、寡作だから作品数が少なくても高品質で、ハズレを読んだことないけど、これはハズレだと思う。
 『一の悲劇』っていう作品もあって以前読んだが、そっちの方は面白かった。

 初出が1994年らしいが、作者は極度のスランプに陥って、作家生命が危ぶまれるほどだったと、自分であとがきに書いてある。
 そう、そんな感じ。苦し紛れに書いているって。

 若い女性編集者が、京都の繁華街で、初恋の人を見かけ、声をかける場面から、この物語は始まる。大通りを挟んだ、こちらと向こうで、高校卒業後6年間会わなかった初恋の人を見つけることってできるだろうか? 一方的な片思いで、一度も話したことないのに。
 そのあと、この若い女性編集者の日記が載っているんだが、これがツマラナイ。もう、読むのを止めようかと思ったが、いや、後半に再び、法月警視が登場するかも…と期待して読み続けた。

 そう! 前半は、綸太郎の父親の法月警視の登場機会が多く、私はご機嫌だったのだ!
 エラリー・クイン物でも、私はエラリーよりもお父さんのリチャードのほうが好きだな。(枯れ専?)そういう人って多いと思うよ。考えるに、法月警視の方が、女性の影がチラつかないので安心して読めるのだ。
 綸太郎の方は、若いから仕方ないとしても、この作品では、容子というすれっからしと仲良くなって、一緒にギョーザを作ってる。ムカつくなぁ!
 そういえば、初期の短編集に、図書館司書のカノジョがいたけど、あの子はどうしたの? 名前、なんていったっけ? 清楚なかわいこちゃんだったと思う。

 とにかく、本格推理の名探偵のくせに、女とイチャイチャするな!!! 名探偵は女嫌い、それはもう、ホームズの時代からのお約束です! ハードボイルドは別だよ。


 勘違いやら、思い込みやら、訂正できない臆病さが、複雑に絡み合って、こういった悲劇を生んだのだろうが、どうも作者の法月綸太郎は、女性心理に疎いと思う。女って、こんな行動とらないよ。
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海野十三(うんのじゅうざ) 「火葬国風景」

2015-10-19 09:47:53 | Weblog
 海野十三は、戦前の推理作家として有名な人だから、その作品を読んでみたいと、ずっと思っていた。kindle版があると知ったので、さっそく読んでみたのだが…。うーん、ぼんやり予想してたのとは違うなぁ。
 この人、推理小説というより、SF小説の先駆者みたいな人なんだ。そんな作風。

 だいたい、「火葬国風景」をなぜ表題作にしたのかな? 11作品収録されている中でも、一番駄作のような気がする。
 一番出来がいいのは、なんといっても「十八時の音楽浴」だろう。SFチックな作品だが、適度にユーモアがあり、SF嫌いの私にも、読みやすい。

 何度も起きた大きな戦争によって、地球の地表面は、細菌と毒ガスで充満しており、人類は地底で生きるようになった。
 そこでは、人々は、18時に30分間流される音楽によって、洗脳され管理されていた。
 しかし、為政者たちは、もっと国民を働かせようと、1日中、音楽浴の曲を流したため、精神に負荷がかかりすぎ、国民は全滅してしまう。
 科学者も、邪魔だと言って殺してしまったので、火星人が攻めてきた時、為政者たちはなすすべがなく…。

 どんな危険思想の持ち主も、30分の音楽浴で模範的な人物となる…、こんなスゴイ音楽があったら、世界中の独裁者が大喜びで欲しがるだろうね。政治家より、宗教家のほうが、欲しがるかも! 実際、こういった人間をコントロールする音楽を研究している人って、いるだろうな。
 考えてみれば、音って空気の振動なんだから、十分兵器になりうるよ。

 それから、この人の作品の特徴は、軍事色が強いこと。例えば、「盲光線」という作品の中では、主人公が警察と憲兵に協力して、スパイの策略を撃退する。軍人も好意的に書かれていることが多い。
 だから、戦後、その責任を問われ、不遇のうちに死んだらしい。
 
 でもなぁ、高名な画家の藤田嗣治なども、若くしてフランスに渡り成功してヨーロッパで暮らしていたが、戦争が勃発したので日本に帰国し、軍部の意向に沿った絵を描くようになる。戦後、それが問題視され、攻撃されそうになると、渡仏。フランス国籍を取りカトリックに改宗し、死ぬまでフランスにいた。 

 フジタを攻撃する人たちは、フジタがどうすればよかったというの? フランスに亡命? あの時代、東洋人を亡命させてくれただろうか? だいたい、フランスはドイツに占領されたよね。レジスタンスに加われとでも?
 結局、日本で生きていくため、好むと好まざるとにかかわらず、軍部に協力せざるを得ないんだ。
 
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酒井順子 「下に見る人」

2015-10-14 13:43:14 | Weblog
 ちょっと変わったタイトルのエッセイ。人間は、どんな時に他人を下に見ようとするのかという事を、酒井さん自身の人生と重ね合わせつつ書いている。

 女子校で育った酒井さんは、大学になって初めて「男尊女卑」の洗礼を受け、非常に驚く。それ以降、社会人になってからもその風潮と戦い、仕事で成功しているわけだが、それ以前の酒井さん、つまり、子供時代から女子高校生までの酒井さんは…あまり友達になりたくないタイプ。

 先日、中村うさぎと三浦しおんの対談集で、中村うさぎが「女子校にはイジメは無い」と書いてたけど、んなワケないじゃん!
 酒井さんは、幼稚園から大学までエスカレータ式の私立名門校出身。小・中・高と女子校で、お金持ちのお嬢様たちのお花畑かと思いきや…そのお花畑が、決して楽園ではない事がよくわかる。
 転校生に「ゲロ」というニックネームをつけたり、クラスメートの配置図(縦軸をモテ・非モテ、横軸をおしゃれ・ダサイ)を作り自分を右上に配置したり、中学受験で新しく入ってきた大勢の人たちを、古参の子たちとガッチリ固まり排除したり…。
 
 ここら辺の濃厚な排他的雰囲気のことは、酒井さんも紹介しているが、桐野夏生の『グロテスク』に詳しく描写されている。
 私も、この『グロテクス』を読んだことあるけど、異質なものを排除しようとする雰囲気は、むせかえりそうになるほど。

 でも、こういった学校のヒエラルキーのトップにいた人って、社会人になってからどうなんだろうね。ビジネスで成功したり、幸せな結婚生活を送っていたりするんだろうか?それとも、あまりパッとしない人生を送っているんだろうか?


 私が、津村記久子の書く少年少女を、どうして愛しく思うのかを再確認した。本当に、普通の公立学校の小中学生なのだ。彼女の書く男の子女の子って。隣の席に座っていた、まったく目立たないけど、心の中では、いろんな悩みを抱えていた、さえない子たち。
 女流の文筆家って、裕福な家庭の子女が多いから、公立中学の微妙で不穏な雰囲気を書ける人って、少ないんだよね。その数少ない女流作家が、津村記久子。彼女は、お仕事小説などを褒められることが多いが、『まともな家の子供はいない』などに描かれる、男子中学生・女子中学生は、秀逸だと思うよ。
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加賀乙彦 「不幸な国の幸福論」

2015-10-09 21:34:34 | Weblog
 こういった人生の指南書みたいな本は好きではないが、加賀乙彦だから読んでみた。
 「足るを知る」とか「自分の人生の主人公になる」などなど、こういった人生を考える本に書かれてある定番が、ここにも書かれてある。そんな事、分かってるって!分かっていても、出来ないから困っているんでしょう!とブツブツ言いながら読み進める。
 とにかく、すごーーーく博学な人の本なんだから、人生論を期待するんじゃなくて、トリビアを期待して読めばいいんだ。

 すると…あったあった、こういったトリビアが。
 スウィフトの『ガリバー旅行記』というと、小人の国が有名だけど、巨人の国、空飛ぶ島の国、降霊術の国、などなど、いろんな国にカリバーは行っている。
 その中で、不死の国があるそうだ。全員が不死という訳ではなく、一時代に数人、死なない人間が生まれてくる国。不死と聞くと、その国の人たちは皆、不死人間になりたがると思うでしょう? でも、その逆で不死の人間を忌み嫌い、自分の身内から不死人間が現れないよう願っている。
 なぜなら、彼らは不死ではあるけど、不老ではないから。味覚も記憶も好奇心も愛情も、生きる喜びすべてを失い、世間から厄介者扱いされ、老いさらばえた体で、ただ生き続けるだけ。こうなると、一種の刑罰だよね。
 
 しかし、ここで一つの疑問が。作者のスウィフトはもちろんキリスト教徒だろうが、キリスト教では、最後の審判にパスした善人は天国で永遠の命を得るんじゃなかったっけ?
 それなのに、永遠の命を、こんな否定的に書いて、教会から問題視されなかったのかな?
 なんにせよ、人が死なないという事は、人が生まれないという事。そうじゃないと、地球上が人間で溢れてしまう。ということは、天国って人が生まれないんだね。
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