ケイの読書日記

個人が書く書評

倉知淳 「なぎなた 倉知淳作品集」 東京創元社

2019-08-30 14:58:50 | 倉知淳
 猫丸先輩の短編が載ってるかもと思って、楽しみに読み始めたが、残念ながら無かった。でも、面白い作品ばかりだったよ。もともと倉知淳はキャラで読ませる人じゃない。正統派のトリックで読ませる人だから、ノンシリーズも十分楽しめるのだ。

 うーん『幻の銃弾』が一番、本格っぽいかな。『闇ニ笑フ』もなかなか捨てがたい。『運命の銀輪』も、刑事コロンボみたいな倒叙形式でいいぞ!! 死神のような警部もキャラが立ってる。

 でも、この本の一番の読みどころは、筆者が自分で書いた「あとがき」じゃないかな? 7編の短編の丁寧な解説で、倉知淳のちょっとしたエッセイみたいな雰囲気がある。
 倉知さんは1962年生まれ。ということは、私より4歳年下で、ほぼ同世代と考えていい。そういう人の作品を読むと、あちこちに出てくるんだよなぁ。「そうそう、そうだった」「あの時、クラスでもすごく流行ってて」という部分が。

 『刑事コロンボ』と横溝映画ブームの洗礼をもろにかぶって成長した世代って書いてあるが、激しく同意!
 特に『刑事コロンボ』は本当に面白かったなぁ。ボロボロの車に乗って、よれよれのコートを着て登場する、風采の上がらないヤブにらみの中年刑事。口癖は「ウチのカミさんが…」そして、しつっこくネチッこく犯人を追いつめていくんだ。
 横溝映画ブームもすごかった。(すごいのは角川春樹かもしれないが) 江戸川乱歩はまだまだビッグネームだったけど、横溝正史はだんだん忘れ去られていた。そこに角川が、横溝正史映画のムーブメントをおこして…。
 めったに映画館に行かない私も、友達と行きました!

 倉知先生「たまにサインを頼まれることがある。まるで作家にでもなった気がして面映ゆいのだけど」って書いてある。えっ?! 倉知先生って作家じゃないの? こっちが驚いた。確かに売れっ子ではないかもしれないが、猫丸先輩シリーズは固定ファンがついているし、『星降り山荘の殺人』は売れたと思うよ。
 そうそう、『壺中の天国』って読んでみたいと思ってたんだ。この機会に読もうっと!

 倉知先生の座右の銘は『増刷』『重版』らしい。これまた正直な。作家さんは、皆、この2単語が大好きだよね。
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田丸公美子 「シモネッタのアマルコルド イタリア語通訳狂想曲」 文春文庫

2019-08-25 16:01:30 | その他
 シモネッタというのは、田丸公美子さんのあだ名。亡くなられたロシア語通訳の米原万里氏がつけたらしい。米原さんは、田丸さんと初めてあった時「なんてケバい女!」と思ったそうだ。彼女のエッセイに書いてあった。さぞかし派手な人だったんだろう。
 だから私は、このエッセイ集は田丸公美子ことシモネッタの恋愛事情、たとえばシモネッタと顧客のイタリア人ビジネスマンとのアバンチュールなどが書かれているんだ!と楽しみに読み始めたが、あまりに真面目な内容で驚いた。

 タイトルにある「アマルコルド」というのは、「私は覚えている」という意味らしい。通訳の現場で冷や汗を流した数々の修羅場や、たくさんの誤読を彼女はしっかり覚えている。

 そうだよね。いくら外見がケバくても、帰国子女でもない女性が、同時通訳するほどイタリア語に堪能になったのは、生真面目な性格とたゆまぬ努力と語学の才能があったから。それがよくわかるエッセイ集です。

 ヒアリングが苦手な日本人って多いけど(私もその一人)シモネッタは、「それは表意文字である漢字を使う日本人の脳は視覚を通して情報を取るようにできている」から、と考えているらしい。
 これ、すごくよく理解できる。例えば、私が英語を聴き取ろうとして耳をすますも、音で判断するんじゃなくて頭の中で一度英語の綴りにしてみて、それからどんな意味か判断する。だから、すごく時間がかかる。これじゃダメだよね。

 同時通訳ってすごく集中力が必要なので、20分くらいで交替するように複数でチームを組むらしい。
 ある時、農業関連の会議の同時通訳で、農夫農民では不快に感じる人もいるだろうと、シモネッタは農業従事者と訳した。交替した次の若い同時通訳者は、百姓と訳したので、「それは差別用語では?」と諭したら、相手は、何で百姓が差別用語なの?と理解できない様子。(私も差別用語ではないと思うが、怒る人もいるだろうね)
 こういうのって難しいよね。世代間の差、ジェネレーションギャップだと思われる。

 面白い話はまだまだある。シモネッタがイタリア映画祭で通訳した時の話。突然、おばさまたちに「あのー、塩野七生さんですよね。サインしてください」と言われ、大ショック!!! 塩野さんといえば「ローマ人の〇〇」で有名なゴージャスマダムタイプの作家さんだが、シモネッタより一回り以上も年上。そりゃ、ショックを受けるでしょうよ。
 若い頃は、イタリアでブイブイ言わせていた、ケバい、いや華やかな人だったんだろうなぁ。

 『若さは、すぐに朽ちるもの。思う存分、今、遊べ』 よかったね。いっぱい遊べて。
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ジェーン・スー 「生きるとか死ぬとか父親とか」 新潮社

2019-08-18 09:50:07 | その他
 以前にも書いたけど、ジェーン・スーさんは東京生まれ東京育ちの日本人。中国系ではない。1973年生まれだから、現在は40代半ばか。
 ラジオのパーソナリティーやってるらしいが、聴いた事はない。でもエッセイは読んでる。面白いよ。特にタイトルが。『貴様、いつまで女子でいるつもりだ問題』『私たちがプロポーズされないのには101の理由があってだな』『今夜もカネで解決だ』 ね? 思わず読みたくなっちゃうでしょう?

 さて、本作は、ジェーンさんのお父様の事が色々書いてある。彼女のエッセイにお父様はよく登場し、すごく存在感のある人なので、どんな人生を送ってきたのか興味があった。
 昭和13年生まれの戦中派。中退しているが大学には通っていたので、それなりのお家だったんだろう。仕事をいろいろ経験して、貴金属の販売会社を立ち上げる。一時は某有名デパートに店を出していたっていうんだから、スゴイ。
 そして小石川に4階建ての豪邸を建てる。1,2階が会社。3,4階が住居。この時が絶頂期。本業はそれなりに儲かっていたが、サイドビジネスはことごとく失敗。そうしているうちに本業の方も傾いていき、精神的な支えである奥様が(ジェーンさんのお母様)ガンで亡くなり、ますます経営状態は悪くなっていった。
 
 ジェーンさんは、勤めを辞め家業を手伝い出すが、なんともならない。4階建ての家はとっくに借金のため人手に渡り、家賃を払ってその家に住み続ける。ジェーンさんの15万円ほどの給料も、誰かから借りていた。それどころか、支払いが足りず、ジェーンさんは自分の貯金をくずして支払いに充てる始末。
 2年頑張ったがどうにもならず、家を手放し商売を畳んだ。
 ジェーンさんは本当に頑張った。お父様は…うーん、沈むと分かっている船でも、自分のものだとなかなか手放せないんだよね。

 親子なんて皆そうだろうが、ジェーンさん親子も仲のいい時もあるが、ケンカばかり。特にお父様は、経済的に厳しいので、1人娘のジェーンさんが色々援助している。友人達は「オレオレガチ」と言ってるそうだ。ニセ息子がオレオレと電話口で言ってお金をせしめるのではなく、本当の親がオレオレと言って、お金を娘から引っ張るのだ。
 お父様は、羽振りの良かった頃の贅沢が忘れられずにいる。一人娘のジェーンさんも、自分の子どもがいないし、それなりに稼いでいるので、お父様に甘い。帽子や服や靴などをどんどん買ってあげるし、会う時にはいつも有名レストランで食事する。
 冷ご飯にたくあん載せて、お茶漬けでいいじゃん!と私なら思うけど、何年間か裕福な暮らしをした人たちは、そういう訳にはいかないんだろう。
 それ以上に、お父様には、人の気持ちを引き付ける魅力があるというべきか。
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深緑野分 「戦場のコックたち」 東京創元社

2019-08-12 14:16:34 | 深緑野分
 第二次世界大戦時のノルマンディ上陸作戦に参加した兵士たちのお話。
 主人公ティムはルイジアナ出身の食いしん坊。実家が、祖母の手作り総菜を販売していて評判の店だった。戦争が始まり、真珠湾攻撃でアメリカが参戦した後、ティムは17歳で軍隊に志願する。2年の軍訓練中ティムは、エドというコックに出会い、コックになる事を決める。

 戦場のコックって、コックだけをやる訳じゃなくて、ちゃんと兵士として戦闘に参加し、時間になるとコックをやるらしい。ティムもエドもパラシュート部隊だ。コックになると特技兵となり、少し給料も多くなるが、他の兵士からはバカにされることもある。戦場ではコックの地位は低い。

 とにかく彼らは1944年6月6日の真夜中、ドイツに征服されたヨーロッパを解放しようと、フランスのノルマンディ地方にパラシュートで降り立った。
 圧倒的な物量を誇るアメリカが参戦すれば、あっという間に戦争が終わると思われたが、ドイツもしぶとい。あちこちで激しい戦闘がおきる。そんな戦場でも、不可解な事件は起き、その謎をとく名探偵がいるのだ。この場合はエド。エドは味オンチだが、非常に冷静で頭が良く、謎を次々解決し、上層部からも一目置かれるようになった。

 しかし、この小説に、謎解きがそんなに必要だろうか?という気もする。戦場の緊迫感が薄れる気がする。事件は殺人事件ではない、日常の謎。そりゃそうだ、戦場では死体は謎でも何でもない。パラシュートを集める兵士の謎、一晩で忽然と消えた粉末卵の謎、などなど。東京創元社が出版しているから、絶対ナゾは必要なんだろう。

 この小説を読むと、アメリカの豊かさに圧倒される。もちろん戦闘が激しくなれば調理どころではないが、日本のように精神論で戦え!なんてバカな事を言わず、ちゃんと補給路を確保し物資を運んで、食料や弾が足りない事態にならないようにする。
 日本軍だったら現地調達だよね。つまり、現地住民から強奪する。嫌われるハズだよ。

 野戦調理器があり、コンビーフハッシュと豆煮、ジャガイモのスープ、食パン、なんていうメニューもある。製パン中隊なんていう部隊もあるんだ。ブラウンシュガーがたっぷりかかったソーセージと円盤リンゴのローストなんてレストランみたいだ。

 1945年の4月末にヒトラーは自殺する。その前からドイツの大都市や軍需工場のある町は空爆で瓦礫の山。ノルマンディから連合国が進軍してきて、北からはソ連が攻めてきて…多くのドイツ人はソ連ではなく連合国側に降伏したかっただろう。ドイツ軍がスターリングラードで何をやったか、知ってるだろうから。
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東野圭吾 「虚ろな十字架」 光文社文庫

2019-08-07 15:10:37 | 東野圭吾
 被告の弁護人は言う。「死刑制度は無意味だ」と。そんなこと誰でも分かっている。死刑が犯罪を抑止することはないだろう。でも、理不尽な理由で何人もの命を奪っても、犯人の命は保証しますというのなら、あまりにも人命を軽視している事になるんじゃないかな?

 光市で、未成年の男が若い母親と赤ちゃんを殺した事件にしても、通常のケースだと7年くらいで出所できるらしい。でも被害者の夫が、あまりにも妻子が可哀想だと強く死刑を望んで運動したので、最終的に、犯行当時未成年だった被告に死刑判決が出た。
 これなども、死刑判決が出て初めて、被告は命の重さを考えることができるようになったんじゃないかな。それまでは、弁護士も親も宗教家も、誰も彼の心を改心させることはできなかった。死刑が目の前にぶら下がって初めて、自分のやった事の罪深さを自覚するようになった。


 この『虚ろな十字架』では、犯罪被害者遺族が、死刑廃止反対を訴える場面が出てくる。
 中原道正・小夜子夫妻のひとり娘が殺された。捕まった男には殺人の前科があった。服役し刑務所から出所したが、仕事が長続きせず金に困って空き巣に入った先で、女の子と鉢合わせし殺してしまう。
 犯行を認めているので、問題は量刑。男は殺すつもりはなかったと訴える。裁判は何年も続き、結局、死刑判決が出た。夫婦はその後、離婚している。死刑判決が出るまでは一致団結して頑張っていたが、判決が出た後は抜け殻のようになってしまい、お互いを見るのが辛くなったのだ。
 数年後、今度は小夜子が刺殺される。すぐに犯人は出頭してきて事件は解決するが、どうも犯人の動機がハッキリしない。
 中原は、離婚後の小夜子の仕事を調べていくと、30代半ばの美しいがどこか投げやりな雰囲気の、窃盗壁のある女性と出会う。小夜子はライターとして、万引き依存症の女性たちを取材していたのだ。
 その女性は、小夜子を殺した犯人の娘婿と同郷だった。単なる偶然か?それとも…。

 どうするのが一番いい方法なのか、分からないね。たぶん誰にも。
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