ケイの読書日記

個人が書く書評

橘玲 「幸福の資本論」  ダイヤモンド社

2018-01-28 15:10:14 | その他
 あなたの未来を決める「3つの資本」と「8つの人生パターン」というサブタイトルがついている。私が勝手に解釈して簡単にすると…
 3つの資本とは「金融資本」「人的資本」「社会資本」。  「金融資本」とは、一般的な財産の事。 「人的資本」とは、自分の労働力を労働市場に投資して給料や報酬という富を得るので、自分の仕事能力の事。 「社会資本」とは(一般的にはインフラを指すと思うが、ここでは)友情や愛情のこと。

 これら3つを組み合わせると、確かに8つの人生パターンができる。金融・人的・社会すべての資本を持っている素晴らしい人達(極めてまれ)が①パターン。 すべて持っていないハードな人生を送らざるを得ない人たちが②パターン。「人的資本」だけを持って身体一つで稼いでいる人を③パターン、というように。


 この中で、私が一番印象に残ったのは「社会資本」だけを持っているというパターン。つまり、プア充。貧困ラインを下回る年収100万円~150万円の地方の若者は、プアではあるが、貧困ではない。地元でつちかった強固な友情や愛情を核に、割り勘でドライブやバーベキューをして、人生を楽しんでいる。

 いいなぁ、素敵だなぁ。やっぱり仲間って大事だよね、と思っていたが少し違和感が…。これって、一昔前の日本の農村とたいして変わらないんじゃないの?
 ちょっと前まで、日本の農村って、地縁・血縁でがちがちに固まっていた。今でもそう? しかし、共同体意識もしっかりあったから、貧しくても食べていけた。でも、その閉鎖性がイヤで村を出て都市部に働きに行く若者が多かったんじゃない?

 地元の絆は大切だけど、地元から出ないと、小学校・中学校の時の序列(スクールカースト)が、そのまま大人になっても残っちゃうような気がするな。
 それに、古い自分をリセットして、新しい世界に飛び込んで行きたいと思わないんだろうか? 若いのに?
 まあ、スクールカースト上位の人は、そうは思わないかもね。現状維持を望むのかも。


 ほとんどのハウツー本と同じように、この本も最後に、幸福な人生への最適戦略が箇条書きで書いてある。なるほどなぁとは思うが、とうてい自分が実行できるとは思えない。『強いつながり』を恋人や家族に最小化して、友情を含めそれ以外の関係はすべて貨幣空間に置き換える(弱いつながり、つかず離れずの関係)とあるが、そもそも恋人や家族がいない人はどうするの?

 でもまあ、つかず離れずの弱いつながりが友情を一番長持ちさせるという考えには同意する。君子の友情は水のごとし…だったっけ。
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今村夏子 「星の子」

2018-01-23 11:24:07 | 今村夏子
 カルト宗教…というのは言いすぎか、ある新興宗教の信者家族の話。次女のちひろの目線で書かれている。
 ちひろが赤ちゃんだった時、湿疹がひどくて、困り果てていた両親が、会社の同僚にその話をすると、宗教の水をくれた。宇宙のエネルギーを宿した水だという。その水で身体を洗うと湿疹が治り、飲み始めると風邪一つひかなくなった。
 そこで両親は、こぞって入信。娘2人も連れて、一緒にいろんな宗教行事に出るようになる。
 
 ああ、よくあるね。こういう話。家族に病人がいたりすると、親切そうに寄ってくるんだ。「何かお困りの事があるんじゃないですか?」って。

 そもそも最初に宗教の水をくれた会社の同僚も、我が子が突然しゃべらなくなり、入信したらしい。場面緘黙っていうのかな。両親の前ではしゃべらないけど、他の子に悪さするときは、しゃべっている。知らぬは両親ばかりなり。

 ちひろは、何の違和感もなく宗教になじんでいたが、5歳年上の姉は違った。学校で親の宗教の事で、いろいろイジメられることもあったんだろう。とうとう、高校1年の時中退し、彼と一緒に住むといって家出する。それから一切音沙汰なし。
 この『星の子』の話は、ちひろが中3の時で終わってるから、お姉さんは4年間、行方不明なんだ。もちろん、両親は警察に捜索願を出し、教会の人も心配しあちこち探してくれたし、ますます熱心にお祈りしたが…そもそも、そのお祈りや教会がイヤで、お姉さんは家出したんだ。


 両親が同じ新興宗教の信者だと、子どもは逃げ場がないよね。もともと、ちひろのお姉さんは宗教の水を疑わしく思っていて、親せきのおじさんに頼んで水道水に入れ替え「ほら、何も変わらないでしょ? 目を覚まして!」と言うつもりだった。でも、逆効果だったみたい。両親の信仰はますます深まる。
 仕事より宗教を優先するからだろう。転職を繰り返し、経済的にも困窮する。4回も引っ越し、そのたびに家は狭くなる。
 ちひろが小学校の時も中学校の時も、金銭的な理由で修学旅行に行けそうもなかったので、親せきのおじさんが、お金を払ってくれた。

 そういう時に、親の責任を痛感してもらいたいが…。両親は仲良く緑色のジャージを着て、宗教の水をひたしたタオルを頭に載せ、公園のベンチに座っている。かっぱみたいに。こうすると悪い気が寄って来ないそうだ。
 ああ、この人たちが私の両親だったら、絞め殺しているかもしれない。家の中でやりなよ。外でやるな!!!世間体も考えろ!!

 作者の今村夏子は、肯定も否定もしない。淡々と書いている。
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カズオ・イシグロ著 土屋政雄訳 「忘れられた巨人」 早川書房

2018-01-17 10:01:01 | 翻訳もの
 時代はアーサー王なき後のブリテン島(イギリス)だから、6世紀頃? 
 アクセルとベアトリスは、ブリテン人の村に住む老夫婦。遠い地で暮らす息子に会うため村を出るが、このいきさつも変わっている。記憶がハッキリしないのだ。息子がいることも、ぼんやりとしか思い出せないし、息子がどの村にいるのかも、しっかり覚えていない。
 でも「きっと、ひとかどの男になっているはずだ」「私たちの事を待ちわびているはず」なんていう、高齢者特有の思い込みで出発する。どこにいるか知らないのに。

 ああ、この老夫婦の認知症は相当進んでいるなと思う人も多いだろうが、そうではない。ここら一帯の住民は、みな健忘の霧の中にいる。子どもも若者も壮年者も年寄りも、記憶があいまいになっている。
 どうしてだろう? 高徳の修道僧に尋ねると、クエルグという悪い竜が吐く息が健忘の霧になり、みな記憶を無くしていると教えられる。記憶を取り戻したかったら、竜を退治しなければ!竜を退治すれば、楽しかった思い出も、息子のことももっとハッキリ思い出せるだろうと、老夫婦は考える。

 一夜の宿をもとめたサクソン人の村で2人は、エドウィンという少年と、ウィスタンという若い戦士と出会い、彼らと竜退治の旅路を急ぐ。


 子供の頃、アーサー王物語を読んだときは、その時代背景を全然知らなかったが、この頃、ブリテン島には先住民ブリテン人(ケルト系)と、ヨーロッパ大陸から移入してきたアングロ・サクソン人(ゲルマン系)が小競り合いを続けてきたんだ。
 そして一時的にせよ、ブリトン人のアーサー王は、サクソン人を撃退、英雄になる。でも…サクソン人から見れば、大虐殺者だろう。
 現在では、イギリスはすっかりアングロサクソンの国になり、ケルト系は小さくなっている。アガサ・クリスティの小説にも、イギリスファースト、アングロサクソンファーストの金持ち婆さんが出てきて、ケルト人の召使をバカにする場面がある。

 それに、ヒトラーが最後までイギリス人と仲良くしようとしたのは、アングロサクソンがゲルマン系だからなのかな。そう考えると腑に落ちる。同じ白人でも、ラテン系やスラブ系を一段低く見るからね。ヒトラーは。


 世の中、忘れた方が上手く行くって事、多いと思うよ。若い戦士ウィスタンは叫ぶ。「悪事を忘れさせ、行った者に罰も与えぬとは、どんな神でしょうか」「大量に蛆をわかせる傷が癒えるでしょうか、虐殺と魔術の上に築かれた平和が長続きするでしょうか」
 ウィスタンの言ってることは正しいが、それでは永久に戦いが続くことになるだろう。
 
 この老夫婦、アクセルとベアトリスも、記憶を徐々に取り戻して果たして幸せになったんだろうか?
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今村夏子 「おばあちゃんの家」 「森の兄妹」

2018-01-12 13:29:39 | 今村夏子
 この2編は対になった作品。どちらにも優しいおばあちゃんと、隠居所としてのおばあちゃんの家が出てくる。

 「おばあちゃんの家」では、みのりちゃんという、おばあちゃんの孫娘の目線から物語が語られる。実は、おばあちゃんとみのりちゃんには、血のつながりはない。ここらへんの事情は詳しく書かれていないが、私が勝手に推測するに、おばあちゃんは子宝に恵まれず、男の子(みのりちゃんの父親になる人)を養子にもらったのではないか?
 そのせいか、みのりちゃん以外、あまりおばあちゃんのいる隠居所に行かない。自宅から15歩隣にあるだけなのに。つきあいはいたって淡白。嫁姑の争いもない。

 でも、みのりちゃんはおばあちゃんが大好き。お母さんの言いつけを破って、一人でお祭りに行って迷子になった時、おばあちゃんが迎えに来た。その時、おばあちゃんはこっぴどくお父さんやお母さんに叱られた。そういう事に、みのりは心を痛めている。
 最近は、それ以外にもおばあちゃんに認知症の症状が出てきたので、心配している。

 みのりの作ったおはぎを、一度に4個全部食べてしまったおばあちゃん。年を取ると食がだんだん細くなる。普通ならいくらなんでも年寄りが食べる量じゃない。私もボケかかった実母を見ているから分かる。食べた事を忘れ、また食べる。
 そして、誰かドロボウが入って来て食べたんだ、私じゃない、と主張する。

 そのおばあちゃんと「森の兄妹」に出てくるモリオ・モリコ兄弟が仲良くなる。

 モリオ・モリコ兄妹の家は、どうも母子家庭みたいで、お母さんは身体が弱くて通院しているが、1日中働きっぱなし。それで、小2のモリオが、お米を研いで炊飯器にセットしたり、小さな妹の面倒をみているのだ。 モリオはものすごく感心な子なのだ。
 私、この「森の兄妹」を読んで、どうしてこんなに心が惹かれるのかと自問したが…どうも小学5・6年生の時の同級生・T沢君を思い出したからだと思う。
 T沢君ちは父子家庭で、お母さんが家を出て行って、家事は一切、T沢君がやっているという話だった。まだ小さい弟や妹がいたとおもう。
 ああ、T沢君、もやしみたいに色白のヒョロっとした子だった。今、どうしているかなぁ。幸せになっているよね。きっと。
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永田洋子 「十六の墓標(上)」 彩流社

2018-01-07 16:13:27 | その他
 1972年に連合赤軍がおこした『あさま山荘事件』は、映画化もされているし、大きな鉄球が山荘を破壊し警官隊が突入するという派手な映像が、繰り返しテレビの特集番組で放送されているので、記憶に残っている人は多いと思うが…その前1971年末~72年初の『山岳ベース事件』は、恐ろしいリンチがあったという記憶が、薄れているんではないだろうか?

 そもそも『あさま山荘事件』は『山岳ベース事件』があったからこそ、起きた事件である。
 山岳ベースで同志をどんどん殺し、皆が疑心暗鬼になっている中、一時的に山を下りていた森と永田洋子が捕まったという情報が入った。このままでは逮捕されると、山岳ベースを捨て新しいアジトを探そうと迷い込んだ先が、あさま山荘だった。
 そのあさま山荘で捕まった5人の犯人たちの自供から、山を掘り返したら、なんと12人もの彼らの同志の死体が埋まっていたのである。そして、12人以前にも2人を殺して埋めていた。

 その大量リンチ死の首謀者とされたのが、永田洋子。連合赤軍は、共産主義者同盟赤軍派と、革命左派との合同による新党の名前で、本当は党のナンバーワンは森恒夫。だがこの人は東京拘置所で自殺しているので、結局、全責任はナンバー2の永田洋子が負う事になる。


 この上巻は、永田洋子の生い立ちから、1971年8月上旬、山岳ベースから脱走した2人の処刑までをあつかっている。(12人の同志のリンチ殺人は下巻に書かれているようだ)もちろん自伝なので、意識するしないにかかわらず、自分に有利に書いてあることは否めないだろうが、それでも死刑判決が出るだろうと予想される中、できるかぎり誠実であろうと努めたのではないか? 永田洋子は、本来、生真面目な人だと思う。


 しかし、田舎の銃砲店を襲って銃を手に入れたって、どうかき集めても数十人しか集まらない団体で、どうやって革命を起こすんだよ! すごく頭の良い人達なのに、可能だと思ったんだろうか? そういった弱小左翼が、当時たくさんあった。『よど号ハイジャック事件』も、この『山岳ベース事件』『あさま山荘事件』の1年ほど前に起こった。
 1970年代の空気が、彼らにそう思わせたんだね。当時12~13歳だった私には、よく分からないけれど。
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