ケイの読書日記

個人が書く書評

芥川龍之介 「戯作三昧」(大正6年発表)青空文庫

2023-12-12 16:14:53 | 芥川龍之介
 江戸後期『里見八犬伝』が大人気の作家・滝沢馬琴を主人公とした歴史小説。
 馬琴もとっつきにくい偏屈な人物だったようだが、芥川が彼をリスペクトしていることがよくわかる。馬琴の口を借りて、芥川自身の芸術観・生死観を述べているのだろう。

 江戸後期でも現代でも、作家を取り巻く環境ってあまり変わってないんじゃないかな? もちろんあからさまな検閲みたいなものは今はないけど、無神経な読者、ずうずうしい出版元、無理な要求をしてくる作家志望だというファン(その要求を断ると、悪口雑言の手紙を送りつけてくる)などなど、作家にとっては創作活動する前から、グッタリすることばかり。それでも、馬琴や芥川は、自分の芸術的良心を突き詰めていこうとする。

 芥川25歳、まだまだ元気で、悩みはあるにせよ、生気に満ち溢れている時期の作品なので、読んでいる私も元気になります。
 この作品を読んでいると、江戸後期の市井の人々の教養の高さに感心する。例えば、小説の最初に馬琴が銭湯にいる場面がある。馬琴が湯船に入っていると気が付いた男が、彼に聞こえるように彼の作品の悪口を言っているのだ。「里見八犬伝が大人気といっても、あれは中国の水滸伝の焼き直しだ。独創性がない。それに比べ、京伝や一九や三馬は素晴らしい」というように。
 たいして教育をうけたとも思えない粗野な男でも、当時人気のあった本を読み、自分なりに批評するんだ。江戸時代の庶民ってすごい!!

 そうそう、浮世絵もすごい!! ゴッホを驚かせたような素晴らしい絵(版画)を、お蕎麦1杯の値段で、人々は手に入れることができたんだ。参勤交代で江戸に出てきた下級武士が、それをお土産に買って地元に帰っていったんだ。江戸時代ってすごい!!
 NHKの大河ドラマって、ほどんどがお侍の話だけど、江戸後期の馬琴や北斎を主人公にした話なんて、面白いんじゃない?
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芥川龍之介 「玄鶴山房」(昭和2年「中央公論」に発表) 青空文庫

2023-12-05 15:15:51 | 芥川龍之介
 なんともどんよりした暗い話です。
 玄鶴というのは、年老いた画家の名前で、彼は昔はそれなりに有名で商才もあったので、小金持ち。お妾を囲っていた時期もあった。ただ今は、肺結核を患い、死の床に臥している。

 彼の妻は年齢のせいか下半身が不自由で、婿を取っている一人娘には幼い子供がいて大変なので、看護婦を雇っている。この甲野という看護婦さんが、なかなかの曲者なんだ。TVドラマ「家政婦は見た!」の家政婦さんみたいに。
 そりゃそうだ。この時代、病人の付き添いに看護婦さんを雇える家庭というのは裕福な家だし、家族が介護するのが当然という風潮の中で他人を家に入れるのは、家庭不和を思わせる。あれこれ言いたい人には、絶好のターゲットだろう。

 そんな中、玄鶴が昔囲っていたお妾が、1週間ほど手伝いに来る。子どもを連れて。(もちろん玄鶴の子) これも断ればいいのに、良い奥様、やさしいお嬢様と思われたいんだろうなあ。お妾は内気な人で、勝手なふるまいをする人じゃないけど、それでも家の中の雰囲気は悪くなる。
 この甲野という看護婦が、親切そうなふりをしながら、家の中の空気が悪くなるよう誘導する。看護婦としては優秀なんだろうが「他人の不幸は蜜の味」タイプの人。まあ、誰でもそういう所はあるけど。

 甲野さん、不幸な人生を送ってきた人らしいが、でも小説内では詳しく書いていないんだ。しかしこの時代に職業婦人として生計を立てている訳だから、明治に生まれても、そこそこのお家の出身で、教育をちゃんと受けさせてもらったんだろう。そんなに不幸な人生とも思えないが。もともとの性格が底意地悪いんだろうね。

 最後に玄鶴は肺結核で亡くなる。あまりに予定通りの事なので、誰も悲しまない。しかし、お妾さんは律義に火葬場の前で待っていて、遺族に頭を下げるのだ。偉いなぁ。
 玄鶴が倒れてから、いくばくかの金を送金するという事で話はつき、お妾さんは子どもを連れ、漁村にある自分の実家に戻っていた。養育費であるその金は、玄鶴が死んでも払われるだろうか? 払われなきゃいけないよね。
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