四方源太郎日記(京都府議会議員・綾部市選挙区)

活気と賑わいのある「綾部市」を目指して!

来年もよろしくお願いします。

2005年12月31日 | 一般

 今日は熊野神社の元旦祭準備があるのを午後だと勘違いしていた。

 11時前に会社に行き、午後も会社で仕事をした。18時過ぎまでかかって、ようやく今年の仕事納めとなった。1日、2日くらいは休めそうだ。

 年賀状もとりあえず郵便局に持って行けた。

 今年も一年、ありがとうございました。来年もお世話になります。よろしくお願いします。

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いっこうに…

2005年12月30日 | 一般

 今日は午前中から、機関紙掲載用の写真撮影にあちこち回る。ついでに何かの時の素材にと綾部の風景も何枚か写真に収める。

 午後、光くんが学校のレポート内容の相談に来た。「福祉施設の機器利用について」というようなテーマらしい。

 その後、18時過ぎまで会社で仕事をした。今日はだいぶ原稿が書けたが、いっこうに終わらない。

 夜はようやく予定のない日になり、家にいて、小源太を風呂に入れた。

 年賀状書きをしたいが、小源太がいっこうに寝ない。フラフラしているのに、ウロウロして部屋を散らかし回っている。

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日本一(12月29日)

2005年12月30日 | 一般

 10時に曽根さんと清山荘運営委員会の四方委員長にご挨拶に行った。要望も聞かせていただき、大いに参考にさせていただこうと思った。一度、全老人クラブ会長を訪問する必要もあるなあと感じている。

 帰りにまりこさんの家に立ち寄り、3人で「そばの花」へ行った。

 午後は町井貞一さんのお宅に曽根さんと伺い、打ち合わせをした。いろいろと想いも聞かせていただき、少しずつ方向性が見えてきた。

 「日本一のものを…」というのが、町井さんのご希望だ。一昨日のFMいかるに曽根さんが出演した際、「小さい頃から母親に、『占い師に観てもらったら、あんたは日本一のことをする』と言われて育った」と話しておられた。

 最近、何人もの人から「綾部の不思議な力…」「綾部の持つ不思議なパワー」「綾部って、不思議な…」という言葉を聴く。大きな力が動いている気がする。

 フロンティア事務所も今日で仕事納め。それで少し寄った後、会社に戻って仕事をした。

 家に帰ったら、ユニセフで訪問した遷喬小学校の5年生の子ども達の感想文が届いていた。僕達が伝えたかったことをみんなが理解してくれていることが分かり、感激した。

 「無理かもしれませんが、これからも毎年、遷喬小学校に来て、僕達の後輩にもユニセフの話を聞かせてあげて下さい」という優しい、ありがたい文章もあった。

 夜は消防の年末警戒に参加した。金子さんが来られて、鹿の燻製を食べさせてもらって、いろんなウンチク話を聴いていたら、いつもよりは時間が過ぎるのが早かった。

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仕事納め(られない)(12月28日)

2005年12月29日 | 一般

 午前中、曽根さんと綾部市高齢者介護課に行き、清山荘の指定管理者の受託の件について説明を聞いた。

 午後は会社にいた。どうも今日はうちの会社も仕事納めのようで、田中さんが掃除をしてくれた。

 僕には明日からもまだまだ仕事が積み重なっていて、仕事納めをせずに年を越しそうだ。

 夜はゆーら企画の事務局忘年会をした。1時過ぎまで、村上さん相手に延々と語った。最近、ストレスが多いので、腹が立つこと、不満に思うことをひと通り話したら、ちょっとはスッキリした。

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ハムニカフンLIVE IN綾部(12月27日)

2005年12月28日 | イベント参加

 朝から少し雪かき。

 午前中は機関紙の校正やら、ラベルの打ち出しやら、資料作りやら、いろいろ…。

 昼ご飯を食べる時間もなく、あやべ印刷に寄って、13時半から選挙事務所で会議。

 15時半頃に会議が終わり、とりあえず、工業団地の交流プラザに急ぐ。ハムニカフンLIVEの準備が始まっていた。

 僕は画像を担当していたが、どうにも時間がなく、機材やソフトの確認もそこそこで、ぶっつけ本番となる。

 18時半からのライブはすごいいい感じだった。世代を超えて楽しめるコンサートって、なかなかないなあと思っていた。規之くんのおばあちゃん、たぶん80代だと思うが、そのおばあちゃんが途中から手拍子をされる姿を見て、「やって良かったなあ…」とつくづく思った。孫の晴れ姿を喜んでおられたことだろう。

 僕が言ったように、「ガラクタバカリ」は2回、「君とまた会える」は3回聞かせてくれた。自分たちのオリジナル曲ばかりで1時間半のライブをやり切り、みんなを満足させたのはスゴイなあと思った。

 終わった後、打ち上げをして、またこのライブは続けていきたいなあという話になった。また、やりましょう。

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福袋(12月26日)

2005年12月27日 | 一般

 朝から慌しく、10時過ぎに選挙事務所に行き、事務所設営を行う。今回は初めて使う場所なので、これまでと勝手が違う。市会議員たちもたくさん手伝いに来ていただいたおかげで、早くに済んだ。

 午後は会社で作業。電話もじゃんじゃんかかってくる。

 夕方、FMいかるから電話があり、「福袋が当たりましたので、取りに来て下さい」ということだった。幸せ番組の一番最初の抽選で選ばれたようだ。抽選に当たることは滅多にないので、珍しいなあと思った。

 今日のラジオにはフロンティアの白波瀬運転部長も出演されていて、僕の名前も出していただいていた。

 夜は会議があった。雪が降ってきた。

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三重県人と出会う

2005年12月25日 | 一般

 卓ちゃん夫妻と一緒に食事に行った。卓ちゃんがナスを納入しているお店で、稲刈りが終わったら一度一緒に行こうと約束していて、今日やっと実現した。

 卓ちゃん曰く、1日に昼夜2組しか客を取らないらしい。さすがにサービスや食事、飲み物、器、建物など、細部にわたってこだわり抜かれていた。

 その店の奥さんに出身地を聞いていたら、たまたま僕が大学時代に下宿していたところと同じ町内だった。ビックリして、嬉しかった。しばし、津トークで盛り上がった。三重短大出身だそうで、そういえばシャオリンの下宿の裏が三重短だったなあと思い出した。

 卓ちゃんとも久しぶりにゆっくりと話をして、結局3時間半ほど、長居をした。夫婦喧嘩は行きの車の中で和解できた。

 16時に会社に戻ると、まりこさんが来られた。その後、21時半頃まで会社で一人作業。自分は本当は今何を最優先で片付けるべきなのか?よく分からなくなっている。

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イヌも食わないイブ

2005年12月24日 | 一般

 今日は午前中から、会社に行って仕事をした。

 加奈っちがインフルエンザの予防注射に行く間、会社で小源太の子守りをした。ウロウロしていたのが、急に玄関口に腰掛けて「ママー、ママー」と言い始めた。抱っこするとウンコの臭いがした。

 昼になっていたので、一度家に帰ることにした。

 午後も会社に行った。

 クリスマスイブだったが、うちは特に変わったこともなく、夫婦喧嘩をしたくらいだった。

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クリスマスパーティ(12月23日)

2005年12月24日 | 一般

 ブログ人が昨日はメンテ中で更新が遅れました。すみません。

 ブログ人が少しリニューアルされ、悪質なコメントやトラックバックには対応しやすくなった。でも、投稿の方法はちょっと変わって、まだ慣れない。改行すると強制的に1行あけられてしまったり、半角数字を打つと数字が小さくて見えなかったりと、これまでとは勝手が違う部分がある。

 今朝は曽根さんと上野町まで行ったが、道がスキー場のようになっていた。大本の坂はつるんつるんだった。

 今日は一日、会社で仕事をした。来客が何件かあった。その中に「SHINZEN」という団体の子が来た。いかがわしい団体であることは知っていたので、相手に物を言わせる前に、「こんなことをしていても、自分のためにならないので、早く親元に帰ってきちんとした仕事を探した方がいい」と話をした。

 SHINZENについても、話してはいけないと言われているのか、「どんな会なのかはよく知らない」というので、「これは統一教会系の組織であり、そんなのはインターネットで調べたらすぐに分かる」と説明した。

 マインドコントロールされたような話し方をするので、「その話し方は良くない。だいたい、いつもはそんな低い抑揚のない声で話しせんやろ」と言うと、「そうですね」と素直な子だった。「立ち方に元気がない」と指摘し、気をつけをしてもらって、「早く脱会して、自分のために努力するように!」と敬礼して別れた。

 最後は少し明るい笑顔を見せていたが、心配だ。「また、何かあったら」と名刺を渡しておいた。

 夜は上延のサンタパレードを少し見てから、横田家のクリスマスパーティに一家で参加した。

 小源太とリリちゃんはまだ一緒には遊べない。リリちゃんは小源太と遊びたそうだったが、小源太はそういう女心がまだ分からないようだ。

 市民新聞に綾部青年会議所有志の会が、来年1月13日(金)19時30分~、ITビルにて、市長選の立候補予定者を招いて、政策について質問する会を開催するという記事があった。

 若い人が政治をタブー視するのではなく、積極的に参加していくという姿勢は素晴らしいと思う。特に青年会議所のような団体が、今後も市民に対してそういう機会を提供していってもらえば、綾部の政治意識はますます高まるだろうし、綾部は人材の宝庫となると思う。楽しみだ。

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政治家のネットワーク(12月22日)

2005年12月24日 | 一般

 朝から大雪との予報だったが、朝はそれほどでもなかった。しかし、昼頃からだんだん雪が降り始めた。

 昼ご飯に昨日の忘年会のちゃんこ鍋の残りを食べる。やはりおいしい。昨日のちゃんこ鍋は天下一品のラーメンの汁を薄めたような濃厚な味で、あんなのは食べたことがなかった。

 18時にFMいかるに行き、舞鶴の市議さんらとまりこさんが視察されておられるところに合流した。19時からは北近畿の若手政治家の会に参加させてもらった。

 今回で2回目だが、新しい方もずいぶん増えていた。党派は違っても、それぞれの地域が抱える事情や議会の状況には同じようなものがあるのだろう。あの大雪の中でもみんなが集まるというところに、こういうネットワークの必要が証明されているなあと感じた。

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由良川忘年会(12月21日)

2005年12月22日 | 一般
 午前中から、諸準備のため、あちこちへ出掛ける。
 
 昼からはITビルで会議に参加。14時頃にいったん会社に戻って、再びITビルへ。17時までいろんな話を聞いた。

 夜は由良川料理教室の忘年会だった。久しぶりの集合で楽しい時間を過ごした。

 家に帰って、小源太を風呂に入れて、寝かしつけていたら、一緒に眠ってしまっていた。

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おもらし

2005年12月20日 | 一般
 明け方、小源太が「パパー」と呼ぶので目が覚めた。珍しいなあと思ったが、「こっち、来な」と呼んだらやって来た。
 しばらく一緒に寝ていて、ふっと気付いたら布団が濡れていた。おかしいなあと小源太の背中を触ったらおもらししていた。あわてて加奈っちを起こした。

 午後、議員控室で打ち合わせをした後、ユニセフ事務所に行き、三役会を行った。来年度予算のことや当面の予定について打ち合わせた。
 夕方、フロンティア事務所に来客があった。

 夜も会議があった。

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危ない!

2005年12月19日 | 一般
 大雪のせいで、予定が朝からキャンセルとなる。

 来客もほとんどなかった。夕方、白波瀬さんから電話があり、フロンティアの利用者のところへ大雪で回りきれないとのこと。19時に市立病院に行き、延町を回って、志賀郷の篠田町まで行った。
 いつもの倍以上時間がかかった。僕の軽のミニカでは、後部がふられて浮き上がるので、何度も「危ない!」と感じた。暴れ馬を乗りこなす気分だった。

 買い物にも行けないというので、今晩は野菜鍋。でも、これが結構おいしい。白だしとみりんと塩、しょうゆで味をつけ、白菜、ミズナ、菊菜、豆腐、かぶが入る。
 辛子明太子を器に入れ、少し辛くしながら食べると美味しかった。最後はお歳暮にもらったお餅を入れて食べた。このまま明日の朝も雑煮にして、昼にはカレーにしようと思う。

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予定がなくなり…

2005年12月18日 | 一般
 朝から雪景色。和知の方まで行く予定だったが、雪のために中止となった。

 午前中、テレビを観ていたが、マンション偽装問題があちこちの局で取り上げられている。
 サンデープロジェクトの田原総一郎さんはもうちょっと時代遅れで、重要人物にインタビューしても証拠もないのに質問しているので、ことごとくかわされ、番組で騙されていたことに気が付いて怒っていた。そういう表現方法がやり方なのかもしれないが、観ていてイライラする。

 昼前にしなければならない仕事ができて、2時間ほど会社で作業をした。

 家に戻ったが昼ご飯は何もないと言われ、やむなく「チーズカレーラーメン」を作った。普通のインスタントラーメンにもやしを入れ、麺がふやけたら、カレーの固形ルーとチーズと卵を入れる。器に盛って、ネギを振りかけて出来上がり。

 夕方、灯油を買いに行った。

 夜はサッカーの試合を観た。なぜか眠くて眠くて、ほとんど寝ながらだった。気が付いたら、点が入っていて、気が付いたら終わっていた。ブラジル人は根性があり、勝利に対して貪欲だなあと思った。

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あの家が…

2005年12月17日 | 一般
 11時過ぎに市民センターに行った。市長選に向けて、あやべ・21世紀の会の役員決起集会があるため、会場準備に行った。丹州社も準備から参加してもらった。

 小雪が舞う悪天候だったが、500人を超える方々に集まっていただいた。山田知事も来られた。昨日、来春の知事選への出馬表明をされたばかりだったので、タイミングが良かった。

 15時頃に終わって、その後も会議が2つ続いた。

 夜は18時から、あやべ農業友の会の忘年会が志賀郷の金田家をお借りして開催された。家族3人も一緒に行かせてもらった。カニと焼肉と手作り餃子、できたてのウインナーetc…が並んだ。

 しばらく食べていると、携帯に北原さんからの着信があることに気が付いた。電話してみると、「どこにおるんや」という返事。間違い電話なんかなあ?と思って、聞き返したら、「火事や!火事!。神宮寺で」ということだった。
 「神宮寺のどこですか?」と聞いたが、それどこではないようだった。とりあえず家に帰ろうと思ったら、卓ちゃんが「俺も行かんなんかもや」と車に乗せて行ってくれた。

 帰りながら、どこでどういう火事なのかを情報収集した。そしたらどうも、前に借りる人がいないか?と頼まれて、人に紹介していた空き家のような感じだった。中にも入って、良い立派な家だったことを知っているので、ちょっとショックだった。
 北原さんにもう一度電話して、「帰って着替えて行った方がいいですか?」と聞いたら、「今、鎮火したで、用事があったらいいで」と言ってもらえたので、志賀郷に引き返した。火事は大事にならなくて良かった。

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