四方源太郎日記(京都府議会議員・綾部市選挙区)

これからの綾部のために、さらなる「挑戦」を!

ボランティアフェスティバル09

2009年10月31日 | 選挙

 午前中、山崎ぜんやさんと一緒に、中央公民館で開催された『ボランティアフェスティバル』(あやべボランティア総合センター主催)に行った。

 ボラセンの登録団体の展示や出店がたくさんあった。ユニセフも展示をさせてもらっていた。

 “喫茶しぼら”はボラセンが生み出した出張喫茶で、ボランティアの方々によって運営されており、あちこちでサロンの役割を果たしている。新聞などで様子を知り、良いアイデアだと思っていた。今日はサポステもお手伝いさせてもらった。
Dscf4504_2  外では、寺山さんの民謡みやび会で、焼きそばと黒豆ごはんを販売しておられた。
 共同作業所のうどんを食べ、わいわいネットの回転焼きを子どもへのお土産に買った。
 西八田ふれあいサロンは野菜などの販売をしておられた。

 国際交流協会で海外の珍しいお菓子を販売しておられた。インドネシアの揚げせんべいを食べた。タピオカの粉でできているそうだ。
Dscf4507  会場で山崎さんと別れて、午後は葬儀に参列した。

 夕方、マツモト前での街頭演説を見に行った。
Dscf4512 Dscf4538  今日は、一日、暖かい穏やかな日だった。


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あなたには言われたくない

2009年10月30日 | 論評・研究

 もう月末だ。10月は飛ぶように過ぎて行った。

 国会での論戦も始まっている。鳩山首相は「あなた方(自民党)には言われなくない」と子どもじみた答弁をくり返した。

 自民党は鳩山首相のおじいさんである一郎氏が初代総裁を務め、父親も自民党の国会議員であり、本人も最初は自民党で田中派に属していた。

 「あなた(鳩山首相)には言われたくない」と僕も思った。


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報われる

2009年10月29日 | 一般

 春のような陽気だった。建物の中にいる方が、外にいるよりも寒い。

 夜はずいぶん寒くなり、マツタケはそろそろ出てきているようだ。遅いと思っていた里山再生塾の頃(11月7日)がちょうど良いかもしれない。

 整備をした人が報われるようになっているんだなあと思った。


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新しい“仲間”

2009年10月28日 | 選挙

 今日から、朝立ちに新しい“仲間”が加わりました。「山崎ぜんや」というノボリです。自画自賛ですが、良いのができました。
Dscf4477  朝もやの中、ノボリを振り、手を振り、ご挨拶をします。

 夜は、あやべ農業友の会の例会があった。

 産業まつりに何を出すか、いろいろと相談した。かぶらないように、考えるので、なかなか大変だ。

 小源太が先日、オモチャの宝石を握り締めて、「これにお祈りしたら、叶うんや」。「お金持ちになれますように!これでいいんや」と呟いていた。お金持ちになれば、いろいろな願い事が叶うと思っているのだろう。

 「どういうふうにして金持ちになるんや?」と聞いたら、「商売をしたらいいんや」と答えた。「どんな商売するんや?」と言ったら、「人が欲しいものをメモするんや」と言っていた。

 “御用聞き”のビジネスというのは、たしかに最近、テレビなどでも取り上げられているし、何かのヒントだろうなと思った。


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僕は、世界一の幸せ者だ

2009年10月27日 | あやべ福祉フロンティア

 曽根豊さんの「豊君のこと」発刊記念式が、山下信幸刊行委員長によって、ホテル綾部で行われた。
Dscf4445  豊さんは、高校1年のとき、大会で首から下が麻痺してしまう事故に遭われ、以後、約35年間、寝たきりの生活を余儀なくされながら、口に筆をくわえて素晴らしい絵を描かれた。

 ご家族や同級生、友人の支えで、数々の個展を開催され、多くの人に感動を与えられた。

 僕は豊さんの実兄である庸行さんとは、一緒にあやべ福祉フロンティアを立ち上げた同志であり、刊行委員の一人に名を列ねさせていただいた。

 綾部にUターンし、両丹経済新聞記者としての最初の取材相手が、曽根豊さんだった。「これからの夢は?」との問いに、「自宅を喫茶店にして、毎日個展を開催すること」と明るく語っておられたのが印象に残っている。

 死の間際、「あと数日…」と宣告された庸行さんは、施設から自宅に豊さんを引き取られた。「最後に、念願の自宅での個展をやってやりたい」とおっしゃり、様々な方々のご協力を得て、自宅での個展が開催できた。

 豊さんはニコニコ笑っておられた。訪ねてくる人ごとにお礼を言い、笑顔で絵の説明をしておられた。

 「僕は、世界一の幸せ者だ」と庸行さんにおっしゃったと言う。

 クラブ活動の大会中の事故であり、「学校や教育委員会には責任がないのか?」「弟の人生への償いをしてもらわなければ、弟があまりにも報われないではないか」と思い続けてこられた庸行さんの肩の荷が、すっと降りるような言葉だったという。

 数日と宣告された豊さんの命は、20日間ゆっくりと燃え続けた。神様が、最後に、最高に幸せな時を与えてくれたのかもしれない。

 豊さんのことを思い出すたびに、人は何のために生きるのだろう、ということを考えさせられる。目先のことで、言い合いをすることの愚かさ、いろんなことを考える。

 「豊君のこと」は500冊が綾部市教育委員会に寄贈され、副読本として、学校で活用されることになった。
Dscf4450  豊さんの“幸せな気持ち”が、いつまでも綾部の子ども達を励まし、心の中で生き続けてくれることは、本当に嬉しいことだと思う。
Dscf4455  あやべ福祉フロンティアは、平成11年に設立、12年から本格活動に入り、翌13年に豊さんは亡くなられた。

 自由に動けなかった豊さんのひたむきさと忍耐力が、フロンティア創設の基盤となっている。この基盤はそう簡単に揺らぐものではないと思っている。


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嬉しい戸惑い

2009年10月26日 | 選挙

 朝7時20分。雨だから、集まりが悪いのではと思って、いつもより早く行ったら、いつもより人が多かった。
 山崎ぜんやさんの朝立ちに参加する人たちは、同級生、親戚、知り合いの若者…。市会議員選挙に20代の若者が立候補する時のような、支援者にはそんな熱気がある。
 こんなムードで、綾部の市長選に向かうというのは初めてだ。嬉しい戸惑いを感じている。
Dscf4400 Dscf4414  真っ白いキャンバスに自由に絵を描いていけるということは、素晴らしいことだと思う。新しい発想と新しい人脈が、新しい綾部を創っていくのではないだろうか?

 朝立ち後、小源太を音楽院に送って行き、会社で仕事をする。
 校正〆切が迫っているも全く手がついていなかったものがあり、少し焦っている。

 夜も会社で仕事をして、なんとか〆切分を完成させた。


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AYAのバトミントン大会

2009年10月25日 | NEXT

 朝9時から、消防の機械器具点検があった。ポンプ車を点検し、器具をポンプ車から外して並べ、詰所の掃除をした。

 11時くらいに、消防署や消防本部から点検者が来られて、点検を受けた。昼に解散した。

 午後は、AYA(綾部青年協議会)の事業である『バドミントン大会』に参加した。
Dscf4384  AYAは、青年会議所、商議所青年部、アクト、NEXTで組織している協議会で今年で5年目くらいになる。今年は青年会議所の泉理事長が会長を務めておられる。役員は回り持ちで務めることが決まっている。
 年に1度、何かの事業を相談して行いながら、団体相互の交流を深めていくことを目標にしている。

 こういう団体が自然発生的に生まれて、どこからの援助も当てにせずに、自立して交流を深めていることは素晴らしいことだと思う。

 今日も挨拶される役員さん方が皆さん、「綾部市のために頑張っていこう!」と呼びかけておられて、こういう雰囲気の会は、他市にはなかなかないのではないかと誇りに思っている。

 夜はAYAの懇親会に参加した。

 

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綾部の新米を食べる会

2009年10月24日 | 家族

 昨夜は、小源太と一緒の布団で寝た。ちょっと肩がこった。
 朝ご飯を食べ、高津コミセンに向かった。
 午前中は、明日のAYAのバトミントン大会に備えて、バトミントンの練習をした。3試合したら、汗ブルブルで、明日は6試合するそうだが、なかなか大変そうだ。

 昼から、向日市の建築デザイナー「アトリエボンド」の戸村聡里くんの呼びかけで、大阪のウェブデザイン学校の女性校長先生とその生徒さんやお知り合いなどが、“綾部で新米を食べよう”ツアーを企画して来綾して下さった。

 戸村くんは“自称”綾部親善大使として、綾部の宣伝や綾部へ人を引き込む活動を展開してくれている。

 今回の新米は、輝くんと卓ちゃんがそれぞれ提供してくれた。

 戸村くんの従兄妹が波多野鉄工所の波多野さんの奥さんで、波多野さんは戸村くんの企画の綾部窓口として、協力してやっていただいている。今日も波多野さんご夫妻に段取りをお世話になった。

 新米を炊き、豚汁をつくり、サンマや鶏肉、イカ、カマンベールチーズ、ウィンナー、ジャガイモなどを燻製にした。戸村くんがダンボールでできる燻製を準備してくれた。
Dscf4319 Dscf4321 Dscf4357  バーベキューセットで、万願寺甘唐やシイタケなどを焼き、持ち寄った“ごはんの友”を並べて、豪勢な昼ごはんになった。
Dscf4352  今日は若い女性をたくさん連れて来てもらったが、これからも綾部に興味を持つ人をどんどん綾部に連れて来て下さいとお願いした。

 校長先生は綾部で何か、“スクール”の開設も検討して下さっているそうだ。水源倶楽部のファミフェスにも、何やらいろいろ出店をしてもらえそうなことを言っておられた。

 綾部ファンを地道に増やしてくれている戸村親善大使の活動に敬意を表したい。わざわざレンタカーを借りてみんなを送迎し、「帰りも綾部の話をしながら帰ります」と本当に嬉しい。

 これからも、綾部のイベントに参加を募ってもらえるようで、ありがたいことだ。

コメント (2)
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2009年10月23日 | 選挙

 今日も、山崎ぜんやさんの“朝立ち”に参加。今朝は途中、二人だけだったので、僕がマイクを持った。
Dscn3889  終了後、小源太を音楽院に送り、午前中は山に入った。
 マツタケは大不作だ。いつもの場所には全然ない。今日は卓ちゃんがいつもは出ていない場所から小さいものを3本見つけ出してくれた。
 卓ちゃんと農協の“夢彦フェア”に行き、輝くんが販売していた餅を買い、焼きそばを食べた。
 来客や訪問が続き、今日するはずだった業務に手がつかないまま、夕方の街頭演説を見に行く。

Dscf4301_2  夜は、奥上林の青少年山の家で、NEXTの秋合宿を1泊2日で行った。
 NEXTで泊まりに行くのは、ずいぶん久しぶりだった。遅くまでいろいろな話をした。話がたくさんできて、楽しかった。


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福知山で講演

2009年10月22日 | 政治活動

 同級生の岩鼻くんが副会長を務めている福知山倫理法人会の例会で、講演をさせてもらった。90人ほどの企業人が会員になっておられて、綾部の方も何人かおられた。
 3年ぶり、3回目だった。今回は『連立政権の後』というテーマで話をした。朝6時から、例会は始まる。
Dscf4294  例会の後は朝食をご馳走になった。

 午前中は谷垣事務所に寄った。

 夕方はアスパ前での“夕立ち”で、今日は同級生の方と一緒に立たせてもらった。

コメント (1)
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朝立ち、夕立ち

2009年10月21日 | 選挙

 記者会見の翌日から、“朝立ち”をしています。
Dscf4235 Dscf4242  これから先の綾部のことを考えると、若者が一生懸命支えなければならないと思っています。

 夕方にはアスパの前で街頭演説をします。市民の前に積極的に出て、直接、説明をするというのが、山崎善也の政治姿勢です。
Dscf4272 Dscf4274


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山崎善也さん

2009年10月20日 | 選挙

 午後、山崎善也(やまざき・ぜんや)さんが、来年1月の綾部市長選挙への立候補を表明された。
Img3760  綾部に生まれ育ち、大学卒業後は政府系金融機関の日本政策投資銀行で、様々な部門の責任者を務められた。国際部長を最後に、今年51才で退職し、綾部市にUターンされた。

 4月から綾部市役所に入られ、理事(会計管理者)として、半年間、綾部市の会計管理、行財政健全化、3セク運営、産業振興などに尽力された。

 お父さんが綾部史談会の山崎巖会長で、僕も会員で可愛がっていただいている。
 郷土史のことで知りたいことがあると、山崎先生のお宅を訪ねて、いつも懇切丁寧に教えていただいている。

 2年半前の府議選で落選した後、山崎先生のお宅にも御礼とお詫びのご挨拶に回らせていただいた。
 GW前の暑い日の夕方、家の前の畑で、汗をかきながらクワをふるっておられたのが善也さんだった。

 それが初対面だった。「なんだ?この怪しい若者は?」という風にこちらを向かれたので、「四方源太郎ですが、山崎先生はおられますか?」と話しかけると、「ああ、キミが源太郎くんか。初めまして山崎です」とニッコリ笑みを向けられた。

 「オヤジも、もう年だから、力仕事ができなくなってきて、長男だから…畑仕事もしに帰らないとね」とおっしゃっておられた。
 しばらく話していたら、数年前に「綾部のメーリングリストに入れて下さい」とメールをいただいたことがあったということも思い出した。

 東京綾部会青年部の中心メンバーであり、綾部から上京する若者たちの相談にも乗ってもらい、うちの弟もお世話になっていた。

 金融の世界に身を置かれていたので、理論的で分かりやすい話をされる。
 国際経験も豊富でグローバルな視点を持っておられる。
 組織運営を熟知し、機能的に動かす能力がある。

 一度、話をしていただければ、よく分かっていただけると思う。


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スタート

2009年10月19日 | 選挙

 午前中、新聞配布のお願いに上林に入る。

 夕方、清山荘に行き、理事長、センター長らと打ち合わせ。今後の運営方針等について話し合う。

 夜は会議。二つの会議を掛け持ちした。

 来年1月の市長選に向け、動きがスタートした。

 綾部市民の次代を決める大切な選挙。堂々とした政策論争で、安心して任せられるリーダーを選出したい。


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秋の例大祭

2009年10月18日 | 寺社行事

 熊野新宮神社の秋の例大祭があり、氏子当番として出た。掃除をした後、祭典があった。

 熊野神社は水無月祭で神輿を出していたが、今は出さなくなった。秋は若宮神社と笠原神社の神輿が熊野神社前に立ち寄られる。
 北原さんと新ちゃんが若宮さんの神輿を担いでおられた。

 昼に社務所で弁当を食べた後、ノボリなどの片付けをして、解散となった。


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小源太の七五三

2009年10月17日 | 家族

 小源太の七五三を氏神である熊野新宮神社でしていただいた。
Dscf4149 Dscf4157 Dscf4165  午後は中丹文化会館で、京都府主催の「由良川文化サミット」に行った。
Dscf4201  会場は、あまりに人が少なかった。昨年、“せいざん祭”と同じ日に開催されたんだったなあと思い出した。企画段階から、もう少し市民の参加を求めて作っていくと良いのではないかと思う。
 小源太たち、聖マリア音楽院の子どもたちも舞台発表をさせていただいた。鼻がつまっていて声が出るか心配していたが、小源太も無事、ソロパートを歌っていた。
Dscf4204  夜は、両方のおじいちゃん、おばあちゃんとみんなで七五三のお祝い食事会をした。


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