12日㈮、10時5分から亀岡駅にて森の京都QRトレインの出発式に出席した。
式典の後、西脇隆俊知事や田中英夫府議会議長、森の京都エリアの府議の皆さんと共に京都駅まで試乗した。
綾部のことは「心地よい空気をまとう、ものづくりのまち」として「黒谷和紙」のことがPRされていた。
午後は東山区にある京都府立陶工高等技術専門校での学生作品展示会を見学した。名前は聞いていたが、実際に訪問するのは初めてだった。
玄関を入ると西脇知事の作品も展示されていた。
特急の本数が減っているため、14時25分の特急に間に合うように慌てて京都駅に向かったが、太秦駅の辺りで人身事故があり、運休していた。山陰線には迂回ルートもないため、駅のホームで1時間半ほど待って、ようやく電車が動き出した。
夜は、綾部に工場立地いただいた企業の社長と懇談。お互いに協力して、社業と地域の発展を目指していきましょう!と一致できた。高齢者の雇用も積極的にしていただけるとのことだった。
13日㈯、夜に綾部恵比寿神社奉賛会の反省会に出席。1月10日の本ゑびすの直後から緊急事態宣言が発出されたため、反省会はこの時期になり、ようやく開催できた。
コロナで宵ゑびすの人出が少ないように感じていたが、収支は昨年までよりもずいぶん良かったと会計さんからの報告がなされた。
14日㈰は午前中、熊野新宮神社の3月月次祭に当番氏子として出仕。
熊野新宮神社の境内には様々な貴重なものがある。出口王仁三郎聖師の歌碑のことは2021年1月24日付の当blogに掲載したが、今回は「栗原白嶺氏寄贈の灯篭」を紹介したい。
大正12年中夏に寄贈されている石灯篭は、今は崩れそうになっているが、私が子どものころから見慣れているもので、本殿前の広場へ上がる階段の両脇にある。
栗原白嶺(七蔵)氏は明治10年に福井県で生まれ、実業之日本社の草創期からのメンバーで理事を務められ、のちに大本で出版を担当する教団幹部として活動された。
そして昭和10年に始まった第二次大本事件において、昭和11年に逮捕され、翌年、激しい拷問による取り調べの末、獄中で亡くなられた。
午後は福知山市在住の落語家、桂三扇さんからご案内いただき、「舞鶴寄席」を鑑賞した。桂あやめさんなどが出演された。
今年度いっぱいで舞鶴市文化事業団は解散され、舞鶴市総合文化会館は舞鶴市直営となるそうで、最後の「舞鶴寄席」だとのことだったが、たくさんの方がお越しになっていたので、舞鶴市が直営でも開催されるのではないだろうか。
長年、携われた功労者の職員の方に舞鶴市出身の笑福亭遊喬さんと桂三扇さんから花束が贈られた。
夜は18時から、顧問を務める綾部市武道協会(栗崎文彦会長:合気道心明塾)の役員会に出席し、挨拶させていただいた。
次年度の会長は柴田仁実(綾部市剣道協会)さん、副会長は福井喜義(綾部市少林寺拳法協会)さん、事務局長は西村正樹(綾部市柔道協会)さん、監事は川勝優(合気道吉照塾)さんが就任された。