少し前に、小谷野敦の『天皇制批判の常識』(洋泉社(新書y)、2010)を読んでいたら、こんなことが書いてあって、笑ってしまった。
そりゃあ確かに学歴はある種の能力の指標だろう。一般論としては、高学歴者はいわゆる頭が良い(頭の回転が早い、飲み込みが早い)ということになるだろう。
しかし、いくら英語で演説ができたって(できないよりはできるにこしたことはないだろうが)、政治家としてダメなものはダメなのである。
数年前まで、私は戦後歴代首相のワーストは芦田均だと思っていたが、今は何といっても鳩山由紀夫である。
本書の奥付に記載されている発行月は2010年2月。原稿はまだ鳩山由起夫内閣の失態がそれほど露呈していない時期に書かれたのだろうし、今となっては小谷野もこんなことは言うまい。
それにしても、鳩山由紀夫、邦夫兄弟の体たらく(邦夫は東大法学部卒。自民党下野後の2010年3月に、与謝野馨、舛添要一ら自民党離党者の「坂本龍馬をやりたい」として離党したが、彼らの糾合などできないまま無所属で過ごし、自民党が政権を奪回した後の昨年12月に復党を認められた。1990年代にも自民党の下野直前に離党し、新進党を経て由紀夫と共に旧民主党を結成し、現民主党の結成にも加わったが、やがて離党し、2000年に自民党に復党)は、頭が良いからといって必ずしも良い政治家とは限らないことを示しているのではないか。
そもそも政治家の学歴はそれほど高いのか。また高学歴の政治家が優秀な政治家であったか。
確かに東大卒の首相はたくさんいるが、あれは官僚出身だからだろう。高級官僚から代議士に転身するコースは戦前からあった。東大は高級官僚を養成するために設けられたのだから、多いのは当然だ。官僚出身でない、党人派の政治家には、東大卒はそれほどいなかったはずだ。
ちょっと戦後の歴代首相の学歴を確認してみた(皇族の東久邇宮稔彦王は除く。明記しない限り中退は除く。また便宜のため当時と現在とで呼称が異なる場合は現在の大学・学部名で示した)。
○幣原喜重郎 東京大学法学部
○吉田茂 東京大学法学部
片山哲 東京大学法学部 弁護士
○芦田均 東京大学法学部
■ 鳩山一郎 東京大学法学部 弁護士
石橋湛山 早稲田大学文学部卒、宗教研究科修了
○岸信介 東京大学法学部
○池田勇人 京都大学法学部
○佐藤栄作 東京大学法学部
田中角栄 中央工学校(専門学校)
三木武夫 明治大学法学部
○福田赳夫 東京大学法学部
○大平正芳 一橋大学商学部
鈴木善幸 農林省水産講習所(現東京海洋大学)
○中曽根康弘 東京大学法学部
竹下登 早稲田大学商学部
宇野宗佑 旧制神戸商業大学(現神戸大学)中退(学徒出陣、シベリア抑留による)
海部俊樹 早稲田大学第二法学部
○宮沢喜一 東京大学法学部
細川護煕 上智大学法学部 旧大名家
■ 羽田孜 成城大学経済学部
村山富市 明治大学専門部政治経済科(専門学校に相当)
■ 橋本龍太郎 慶応大学法学部
■ 小渕恵三 早稲田大学第一文学部、同大学院政治学研究科
森喜朗 早稲田大学第二商学部
■ 小泉純一郎 慶応大学経済学部
■ 安倍晋三 成蹊大学法学部
■ 福田康夫 早稲田大学第一政治経済学部
麻生太郎 学習院大学政経学部
鳩山由紀夫 東京大学工学部、スタンフォード大学大学院博士課程
菅直人 東京工業大学理学部
野田佳彦 早稲田大学政治経済学部
○は官僚出身。■は世襲議員(父から直接地盤を継承)。
1960年代までは東大法学部出身者が多い。これは、官僚出身者が多いからだろう。当時のトップエリートはそうした層だったのだろう。
しかし、やがて他大学出身者が増えてゆき、宮沢喜一を最後に東大法学部出身の首相はいない。
また、東大の出身者も、宮沢の後は鳩山由紀夫だけしかいない。
そういう点では、「よく「学歴差別」をすると言われる」小谷野にとって、鳩山は、久々に登場した東大卒の首相として、期待を寄せられる存在であったのかもしれない。
そして、上記の東大卒の首相が、首相として、あるいは政治家として優秀であったか、非東大卒、中でもそうレベルが高くない学校卒の首相が、首相として、あるいは政治家として劣っていたかとなると、そういうわけでもないように思う。
また、首相経験者や派閥領袖の2世、3世だからといっても、必ずしも派閥領袖や首相になれるというわけでもない。
それを考えると、安倍晋三や麻生太郎は政治家としてそれなりに有能だったと言えるのではないだろうか。
小谷野が言う意味で「頭が悪かった」とはそのとおりなのかもしれないが、そういう頭の良さだけで政治をするのではないからな。
ついでに、最初の本格的な政党内閣とされる原敬内閣以後の戦前・戦中の首相の学歴も参考までに掲げておく(原敬より前は藩閥内閣の時代であり、学歴を云々しても意味がないので省略)。
▽は軍人出身。
○原敬 司法省法学校(のち東京大学法学部に統合)退校
○高橋是清 ヘボン塾(のち明治学院大学に発展)
▽加藤友三郎 海軍大学校
▽山本権兵衛 海軍兵学校
○清浦奎吾 咸宜園(広瀬淡窓が現大分県日田市に開いた私塾)
○加藤高明 東京大学法学部
○若槻礼次郎 東京大学法学部
▽田中義一 陸軍大学校 陸軍大将から政党政治家へ転身
○浜口雄幸 東京大学法学部
犬養毅 慶応大学中退
▽斎藤実 海軍兵学校
▽岡田啓介 海軍兵学校
○広田弘毅 東京大学法学部
▽林銑十郎 陸軍大学校
○平沼騏一郎 東京大学法学部
近衛文麿 京都大学法学部 五摂家
▽阿部信行 陸軍大学校
▽米内光政 海軍大学校
▽東條英機 陸軍大学校
▽小磯國昭 陸軍大学校
▽鈴木貫太郎 海軍大学校
私はよく「学歴差別」をすると言われるのだが、〔中略〕学歴というのは能力であり、能力によって人が違う扱いを受けるのは当然のことである。そう言えば、東大を出ていたってバカはいるだろう、と言われるだろう。もちろん、いる。現実に何人も知っている。しかし、成蹊大卒の安倍晋三や、学習院大卒の麻生太郎の、ぶざまな総理ぶりを見たら、やはり学歴は目安になる、と思うだろう。
〔中略〕高度経済成長以前なら、頭がいいのに家が貧しくて大学へ行けなかった、ないしは十分な勉強の余裕がなくて二流大学へ行けなかった〔ママ。二流大学へ「しか」行けなかったの意か〕、というようなこともあるだろうし、それはむろん勘案している。しかし安倍や麻生は、東大卒の政治家の息子や総理大臣の孫であり、そんな家に生まれて成蹊大や学習院大では、そりゃ頭が悪かったんだろうと思うしかないではないか。もちろん二人とも、私のこの予想には見事に応えてくれた。そして東大卒、スタンフォード大博士号の鳩山由紀夫は、国連で英語でちゃんと演説している。(p.180-181)
そりゃあ確かに学歴はある種の能力の指標だろう。一般論としては、高学歴者はいわゆる頭が良い(頭の回転が早い、飲み込みが早い)ということになるだろう。
しかし、いくら英語で演説ができたって(できないよりはできるにこしたことはないだろうが)、政治家としてダメなものはダメなのである。
数年前まで、私は戦後歴代首相のワーストは芦田均だと思っていたが、今は何といっても鳩山由紀夫である。
本書の奥付に記載されている発行月は2010年2月。原稿はまだ鳩山由起夫内閣の失態がそれほど露呈していない時期に書かれたのだろうし、今となっては小谷野もこんなことは言うまい。
それにしても、鳩山由紀夫、邦夫兄弟の体たらく(邦夫は東大法学部卒。自民党下野後の2010年3月に、与謝野馨、舛添要一ら自民党離党者の「坂本龍馬をやりたい」として離党したが、彼らの糾合などできないまま無所属で過ごし、自民党が政権を奪回した後の昨年12月に復党を認められた。1990年代にも自民党の下野直前に離党し、新進党を経て由紀夫と共に旧民主党を結成し、現民主党の結成にも加わったが、やがて離党し、2000年に自民党に復党)は、頭が良いからといって必ずしも良い政治家とは限らないことを示しているのではないか。
そもそも政治家の学歴はそれほど高いのか。また高学歴の政治家が優秀な政治家であったか。
確かに東大卒の首相はたくさんいるが、あれは官僚出身だからだろう。高級官僚から代議士に転身するコースは戦前からあった。東大は高級官僚を養成するために設けられたのだから、多いのは当然だ。官僚出身でない、党人派の政治家には、東大卒はそれほどいなかったはずだ。
ちょっと戦後の歴代首相の学歴を確認してみた(皇族の東久邇宮稔彦王は除く。明記しない限り中退は除く。また便宜のため当時と現在とで呼称が異なる場合は現在の大学・学部名で示した)。
○幣原喜重郎 東京大学法学部
○吉田茂 東京大学法学部
片山哲 東京大学法学部 弁護士
○芦田均 東京大学法学部
■ 鳩山一郎 東京大学法学部 弁護士
石橋湛山 早稲田大学文学部卒、宗教研究科修了
○岸信介 東京大学法学部
○池田勇人 京都大学法学部
○佐藤栄作 東京大学法学部
田中角栄 中央工学校(専門学校)
三木武夫 明治大学法学部
○福田赳夫 東京大学法学部
○大平正芳 一橋大学商学部
鈴木善幸 農林省水産講習所(現東京海洋大学)
○中曽根康弘 東京大学法学部
竹下登 早稲田大学商学部
宇野宗佑 旧制神戸商業大学(現神戸大学)中退(学徒出陣、シベリア抑留による)
海部俊樹 早稲田大学第二法学部
○宮沢喜一 東京大学法学部
細川護煕 上智大学法学部 旧大名家
■ 羽田孜 成城大学経済学部
村山富市 明治大学専門部政治経済科(専門学校に相当)
■ 橋本龍太郎 慶応大学法学部
■ 小渕恵三 早稲田大学第一文学部、同大学院政治学研究科
森喜朗 早稲田大学第二商学部
■ 小泉純一郎 慶応大学経済学部
■ 安倍晋三 成蹊大学法学部
■ 福田康夫 早稲田大学第一政治経済学部
麻生太郎 学習院大学政経学部
鳩山由紀夫 東京大学工学部、スタンフォード大学大学院博士課程
菅直人 東京工業大学理学部
野田佳彦 早稲田大学政治経済学部
○は官僚出身。■は世襲議員(父から直接地盤を継承)。
1960年代までは東大法学部出身者が多い。これは、官僚出身者が多いからだろう。当時のトップエリートはそうした層だったのだろう。
しかし、やがて他大学出身者が増えてゆき、宮沢喜一を最後に東大法学部出身の首相はいない。
また、東大の出身者も、宮沢の後は鳩山由紀夫だけしかいない。
そういう点では、「よく「学歴差別」をすると言われる」小谷野にとって、鳩山は、久々に登場した東大卒の首相として、期待を寄せられる存在であったのかもしれない。
そして、上記の東大卒の首相が、首相として、あるいは政治家として優秀であったか、非東大卒、中でもそうレベルが高くない学校卒の首相が、首相として、あるいは政治家として劣っていたかとなると、そういうわけでもないように思う。
また、首相経験者や派閥領袖の2世、3世だからといっても、必ずしも派閥領袖や首相になれるというわけでもない。
それを考えると、安倍晋三や麻生太郎は政治家としてそれなりに有能だったと言えるのではないだろうか。
小谷野が言う意味で「頭が悪かった」とはそのとおりなのかもしれないが、そういう頭の良さだけで政治をするのではないからな。
ついでに、最初の本格的な政党内閣とされる原敬内閣以後の戦前・戦中の首相の学歴も参考までに掲げておく(原敬より前は藩閥内閣の時代であり、学歴を云々しても意味がないので省略)。
▽は軍人出身。
○原敬 司法省法学校(のち東京大学法学部に統合)退校
○高橋是清 ヘボン塾(のち明治学院大学に発展)
▽加藤友三郎 海軍大学校
▽山本権兵衛 海軍兵学校
○清浦奎吾 咸宜園(広瀬淡窓が現大分県日田市に開いた私塾)
○加藤高明 東京大学法学部
○若槻礼次郎 東京大学法学部
▽田中義一 陸軍大学校 陸軍大将から政党政治家へ転身
○浜口雄幸 東京大学法学部
犬養毅 慶応大学中退
▽斎藤実 海軍兵学校
▽岡田啓介 海軍兵学校
○広田弘毅 東京大学法学部
▽林銑十郎 陸軍大学校
○平沼騏一郎 東京大学法学部
近衛文麿 京都大学法学部 五摂家
▽阿部信行 陸軍大学校
▽米内光政 海軍大学校
▽東條英機 陸軍大学校
▽小磯國昭 陸軍大学校
▽鈴木貫太郎 海軍大学校
http://d.hatena.ne.jp/jun-jun1965/
を見ると、3月16日付の記事に、
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2013-03-16 著書訂正
『天皇制批判の常識』
p.180-181 「もちろん二人とも、私のこの予想には見事に応えてくれた。そして東大卒、スタンフォード大博士号の鳩山由紀夫は、国連で英語でちゃんと演説している。」この箇所削除。
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とある。
なんだそりゃ。
現在の学制では滋賀大学と神戸大学は大学として同格ですが、当時は、高等商業高校卒業後の進学先として商業大学が存在したのですよね。
この一覧では便宜上、最終学歴以外は省略しました。別に宇野が大学中退であることを不名誉なこととして強調したかったわけではありません。学徒出陣と抑留を付記したのはそれがやむを得ない事情によるものだったことを示すためです。
当時あの記事にコメントされた多くの方が誤解されているように思うのですが、「中の下」とは決してほめ言葉ではありません。100点満点で「中の中」が50点だとすると40点程度、平均より少し劣るというレベルだということです。
そして、私はあの記事で、首相としての彼らを評価したのであり、政治家としての彼らを評価したのではありません。
首相就任前、そして辞任後を含めて、政治家として安倍晋三を評価した場合は、私は当時でも菅を上回っていたと思っています。
今回の記事で私は、
「上記の東大卒の首相が、首相として、あるいは政治家として優秀であったか、非東大卒、中でもそうレベルが高くない学校卒の首相が、首相として、あるいは政治家として劣っていたかとなると、そういうわけでもないように思う。」
と書いています。首相としての評価と政治家としての評価は別物であることを示しています。
そして、
「安倍晋三や麻生太郎は政治家としてそれなりに有能だったと言えるのではないだろうか。」
と書いています。「首相として」ではありません。
ですから、私は。「首相として」の安倍に対する評価を変えたわけではないのです。
もっとも、安倍がこのように復活するとは当時全く想像しておりませんでした。右派の重鎮にとどまるものと思っていました。その点では、安倍を見直しています。「政治家として」の評価が変わりました。
そして、第2次首相としての安倍が菅を上回るかどうかは、これから見守りたいと思います。
そういう話はその記事にコメントしていただいた方がありがたいのですが。
これ↓のことですね。
菅直人は歴代最悪の首相か
http://blog.goo.ne.jp/GB3616125/e/d8a97b4e1577209dda66555e5a244847
>安倍福田鳩山らより成果をあげたとは思えない、むしろ改革・小政府路線から総括なしに社会主義・大きな政府・官僚天国路線に行って双方から見捨てられたという印象。
確かに、私にもそうした印象はあります。
しかし、自民党が下野することになったのは、それが主因ではないと思います。
小泉改革への反動からか既に自民党政権に対して人心が倦んでいたことに加え、リーマンショックによる不況の打撃が大きかったのだと思います。
その前の自民党総裁選には麻生のほか与謝野馨、小池百合子、石原伸晃、石破茂が立候補しましたが、他の誰が当選していたとしても麻生以上の働きは困難だったと思います。
また、私は、政権を投げ出す首相は下の下だと思っています。
岸信介が日米安保条約改定を成し遂げてから辞任し、竹下登が消費税導入を成し遂げてから辞任したように、何らかの困難な課題の達成と引き換えに辞任するならまだしも、内閣不信任が決議されたわけでもないのに総辞職とは、国民を愚弄するものだと思っています。
その点で、海部俊樹、細川護熙、安倍晋三、福田康夫、鳩山由紀夫には低い評価を付けざるを得ません。
麻生はよく敗戦投手としての役割を果たしたと思っています。
彼の祖父の言に倣って言えば「負けっぷりよく」負けたのだと思います。
(もっとも、自民党の中にはいろいろと変な動きもありましたが)
以前、菅>>>安倍 の評価をしてた君はどうなんだよ?
僕もその評価は間違ってないと思うが、
この記事で安倍を優秀だとするなら、前記事のと比較して書かないと。
一回目でダメな奴が二回目でマシになることはある。それならそう、評価が変わったと書くべきだ
安倍福田鳩山らより成果をあげたとは思えない、むしろ改革・小政府路線から総括なしに社会主義・大きな政府・官僚天国路線に行って双方から見捨てられたという印象。