2022 備忘録

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2018年の北海道旅行

2018年07月01日 | ひとりごと

ふとしたことから知ったタウシュベツ橋、長年の夜の付き合いであるニッカウイスキーの故郷、余市を訪ねる旅に出かけた。単独で旅に出るということなど就職してしまってからは、また開業してからはほぼ経験がなかったがロードバイクに乗り始め、輪行で一泊ではあるが全く一人になる時間の開放感と面白さもあるなと知って以来機会を狙っていた。今年は職場の代表の席も譲ったので時間に追われ放しの生活から開放されたこともあり、冬の大内宿の足を伸ばした。今回は夏の北海道。健康とセットの旅行である。



北海道へは北海道国際航空を往復利用。創業者の故浜田輝男さんが群馬中小企業家同友会の招きで設立のいきさつを講演いただき、いつかこの飛行機に乗ってみたいと思っていた。逆境の中で立ち上げた会社はやはり経営に困難を極めながらも20週年を迎えるとか。ぜひ飛び続けてほしいと思う。



十勝帯広空港の周辺は広大な農地。何故か十字路に信号もない。普段信号機にイライラしている日常とはかけ離れている。とにかく気持ちが良い。ちょっと寄り道をして池田町のワイン城による。中国人ツアー客で大賑わい。以降中国人とはずっと行き合う。




タウシュベツ橋梁は旧国鉄士幌線の橋梁で糠平ダム建設に伴い水没したが人造湖の水位に合わせて未だ姿を現す。かつては開拓地からの木材の搬出など活躍した時期もあったが1955年にダム建設に伴う路線変更で用途廃止、更に1987年に士幌線そのものも廃線になった。
現在も放棄された橋梁群が存在しているがすでに軌道敷は自然に帰っているものが多く、見つけることはヒグマの出没することもあり困難だ。

今回は「ひがし大雪山ガイドセンター」のお世話で橋梁のすぐ下まで行くことが出来た。意外と小規模だなというのが第一印象。但し厳寒の地で凍結融解を繰り返し、いつ崩壊してもおかしくないと言われて数年たった。アーチ橋であるから一連崩壊しても連鎖的にバランスを崩して崩壊するかもしれない。

厳しい現地の風雪に痛めつけられた姿は逆に人間の強さも被虐的に感じさせてくれる。すでに崩壊はかなり進んでおりアーチ上の石が露出しているのが見える箇所もある。今のままで保存できる修復技術もあると思えるので貴重な自然との戦いの跡を保存して欲しいと思う。
【詳細画像は最新フォトチャンネル参照】




朝5時30分からの見学ツアーだったので9時には宿を出て帯広に向う。帯広に近づくに従いどこにでもある市街地に。それでも道路は真っ直ぐで広い。「六花亭本店」で買い物と軽い食事。ピザをヘンケルのハサミできるというのが新鮮。それにしても立派な店構えだ。



レンタカーを返し予定より一つ前のスーパーおおぞら号という特急列車は単線非電化区間が長く列車待ち合わせで停車するのが珍しい。吾妻線と同じか。余市のニッカウイスキー醸造所を訪れるため小樽に前泊した。





小樽は明治期以降の近代洋風建築が数多く残る都市。今や観光資源として更に新しい役割を与えられている。早朝手宮線跡をたどり手宮にある「小樽市総合博物館」まで歩いたがまだ開館前で柵の外から中を覗く。かなりの両数の鉄道車両が留置されているが保存状態はあまり良くない。



塗装が褪せ、サビが浮いているものも多い。JR他社は相次いで立派な屋内展示施設を作った。JR北海道の経営状態がそれを許さないのであろう。手宮駅は小樽と札幌を結んだ鉄道が初めて走った終端駅だ。石炭の積出港でもあった。



国鉄分割民営化の功罪のうち地方切り捨ての布石であったと廃線の相次ぐ北海道のニュースを聞いて思う。乗降客の減少の経営圧迫。根本的には東京圏への人・富の集中が原因であろう。であれば東京圏は全国の僻地の経済的支援に責任をもつべきである。長大な海岸線を有する国土である。外国人勢力が上陸しても人が住んでいなければなすすべもない。北朝鮮による邦人拉致事件を見るまでもないことだ。
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朝、08:05発の一両編成の気動車。外国語が飛び交う列車を降り改札口を抜けるともう工場の正面が見える。
開場時間まで少しあるので外から様子を見ていたら10分前には中へ通してくれた。ガイドツアーの参加は辞退したのでそのまま奥の方まで歩く。流石にまだ歩いているのは工場関係者ばかり。怪しまれないように歩く。予想より意外と小さい工場だ。食品工場とくくれない雰囲気がさすがにウイスキー工場である。現地産と思われる石積みの外壁の建物も多い。風化した風合いがウイスキーに似合う。



有料試飲のシングルカスク10年を15CC飲む。朝10時前にどうかとも思うがここだけでしか飲めないので味わうことに。立派なバーカウンターがあるのに少しもったいない。



前の晩、「ニッカバー リタ」で少し飲んだ。ニッカとも関連が深いオーナーが「リタ」という竹鶴政孝夫人の名前の使用を認められたとか。ニッカウイスキーが並んでいるがやはり入手に苦労しているとか。年数入りのボトルも今あるだけになったとのこと。
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この店で事前に様子をうかがっていたので見学は順調に進んだので小樽に引き返し「鰊御殿」を見にバスで祝津の旧田中福松邸と旧青山家別邸を訪れる。ともに立派な建物。帰路は船で小樽に戻る。会場からも良く見えた。



夕方の新千歳空港は大賑わい。飛行機も満席で離陸が15分ほど遅れる。あっという間の3日間だった。