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+ 虫の息とはせみ時雨・・・ 情報選択ブランド・私募債ネット上場信用格付け機関『幸福の科学』を。

2010年07月24日 20時19分11秒 | 立憲女王国・神聖・九州やまとの国

 

 

 

 

  せみ時雨   虫の息とは   言うものの  

     梅士 Baishi

 

 

 

 

 

 冷房の無い自宅の猛暑はさすがに昼寝に限る。

 夢うつつに、エドガーケーシーとジーンディクソンのため息のような、

絶望的未来予言を霊言に読んだ。

 ジーンディクソンは慰めてくれるのかと思ったら、ケーシーよりももっ

と絶望的だった。

 

 まあ、今のままなら、その通りだろうと思う。

 レプタリアン系統でなくとも、理論的にはそういうことだと思う。

 天上界の苛立ちが感じられる。

 日本人に対する失望感と軽蔑はあろうが、責任として受け止めるべ

き内容であると思う。

 

 これほどの危機が迫っておりながら、それに気づかないほどに、現

代の危機はステルス化されているということでもある。

 たしかに、中国の自滅装置が働き始めており、連続線上に中国の

覇権が実現するわけには行くまい。

 病気の我慢比べという感じかもしれない。

 しかし、日本人の努力として中国の脅威が消えるのでなければ、潔

しとしないことである。

 

 それにしても、菅が悪魔の手下(チンピラ)であることは高級霊界の

一致した判定である。

 その小悪魔を見破れないとは、マスコミがよほどのバカか、同族とい

うことであろう。

 どちらにしても、マスコミが企業である以上、経営的に成り立たない

状況を早く作らないといけない。

 マスコミとは広報システムの独占である。

 その独占を許してきたのは、テクノロジーの未熟である。

 

 しかし、今は、ミニコミが普及した。

 残る課題は、優良なミニコミ情報を選別する情報網のブランドを造る

ことである。

 その最先端五つ星が幸福の科学にほかならない。

 

 幸福の科学出版の書籍、リバティー推薦図書が書籍のブランドであ

るように、ブログやWebテレビなども、幸福の科学が安心情報のブラン

ドとなるであろう。

 情報選択のブランドは、簡単にはできないものである。

 これまで、渡部昇一、武村健一が情報ブランドの指標であったが、

今は、幸福の科学が最高位のブランドとなっている。

 

 書店も、幸福の科学ブランドの書籍を中心に販売したら、七福神の

応援をもらえることであろう。

 Web書店と合わせて、アナログの幸福の科学ブランド書店を経営し

たいものだ。

 

  

 

 

 

 

 

 

 新しい企業が生まれるための株式制度 】 


   ベンチャーにとって最大のネックは資金調達にある。

 銀行は役に立たない。

 株式制度は、ベンチャーには冷たい。

 

 株式制度改革としては、Web上場の株式市場を作るべきである。

 最初は私募債の形で、信用ある審査機関の情報調査をつけてネッ

ト公開すればよいのだ。

 幸福の科学に、信用機関を設けて、格付けをすればよい。

 財務状況と事業内容、社長の信念や人柄などを幸福の科学などの

格付け情報として公表することで、投資家の信用をサポートすればよ

い。

 

 次に、株式売買については、株式保有5年以上でないと、議決権を

行使できないとすれば、安易な買収から企業を守ることもできる。

 坂本竜馬の霊言にも、株式制度が機能不全になっていることが問

題提起されている。

 

 その手近な方法が、私募債のネット上場案である。

 幸福の科学も、そうした資金調達部門にも人材を投入してはいかが

だろうか。

 

 

         立憲女王国・神聖九州やまとの国

          梅士 Baishi        

          

 

 

  

 


 

 

 

 

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+ 亡き誕生日のせみ時雨・・・ マスコミの終焉を告げる電子書籍時代  選挙人資格制度の導入を!

2010年07月24日 09時47分20秒 | 立憲女王国・神聖・九州やまとの国

 

 

 

 

  せみ時雨  亡き誕生日なり  父のこと

     梅士 Baishi

 

 

 

 

 

 7月24日は、亡き父の誕生日である。

 誕生日のレクイエムか・・・。

 せめて、ユリの花でブログを飾るとしよう。

 

 

 

 

 お盆の頃ともなると、幽霊話にも花が咲く。

 お盆くらい、幽霊会員への迎え火でも下げたらいかがだろうか。

 最近、久留米支部を発見した。

 自前の支部がこんなにも建立されるのは、エルカンターレの力があ

ればこそであろう。

 

 数年前、噂の宇都宮正心館や未来館を訪ねたことがあったが、涙が

あふれたものだ。

 感慨無量という気持ちだった。

 東京に行くときは、寸暇を惜しんで東京正心館に立ち寄る。

 瞑目している時間の至福を深呼吸して帰るのである。

 

 最近は上京の機会もない。

 今度は、バンコクにあるらしい支部を尋ねてみようかと思う。

 ドリアンと、マンゴスティンと、マンゴーを味わいたい。

 願わくば、もっともっと、円高になりますように!

 

 語学やらないとな~。

 ああ、オールタイムジャパン、愛国者であることよ。

 

 

 

 

 

 

 電子書籍時代の幸福の科学出版革命を! 】 


  エドガー・ケーシーの未来リーディングを今頃読んだ。

 本が手に入らなかったこともあるが、つくづくと、書店が本来の役割

を果たしていないということを痛感する。

 

 かつてはずいぶんと書店開拓をし、多くの協力を得たものだった。

 店頭の目立つ場所に平積みしてキャンペーンを打ったものである。

 「失われた20年」ということなのか、天神からも書店が少なくなって、

残ったじゅんくどう書店では、3Fの奥の宗教書コーナー書棚の一角を

占めているだけである。

 そんな卑屈な場所に行くだけでも不愉快である。

 

 一般の書籍から隔離し、新刊書としても紹介せず、救世の法を人々

に知らしめるべき書店の使命を果たさないとはどいういうことか。

 大半の書店には、幸福の科学出版の書籍は置かれていない。

 どうでもよい、ゴミのような本を並べている。

 いわば、マスゴミというべきメディアと同罪である。

 

 さて、七大天使サリエル様であるところのエドガー・ケーシーの霊言

は、地球人類への死刑宣告を予言するような内容であった。

 まあ、そういうことだろうと思う。

 現状は、地球人類を処分すべき方向にある、というのは間違ってい

ないのではないか。

 

 天上界の計画というのは、地上に降りたら5%程度のものであろう。

 そういう意味では絶望するべきことではない。

 希望とはたいがい、実現の確率は5%程度のものだ。

 かつて、司法試験の合格率は3%前後であった。

 そこに希望があった。

 やり方の問題である。

 しかし、そろそろ、急上昇するティッピンポイントを予定しなければ間

に合わなくなる。

 

 その動きは既に現れている。

 Web動画配信によるWebテレビの動きと、アイパッドなどによる電子

書籍出版の実用化の動きである。

 マスメディアは朝日新聞はじめとする新聞、テレビ朝日系を中心とす

るテレビメディア、講談社をはじめとする出版メディアなど、マスメディア

の旧勢力が一致して唯物論を広げ、幸福の科学運動を妨げてきた。

 

 しかし、Webテレビにせよ、電子書籍にせよ、テレビ局や出版事業

が独占事業体ではなくなることを意味している。

 すなわち、マスコミは企業として従来の市場独占の支配力を失うこと

になる。

 これが革命に匹敵するパラダイムシフトの一角である。

 

 

 

 

【 選挙人資格制度の導入を! 】


 メディアの独裁権力が失われたら、選挙が変わる。

 危機を知っても左翼政権を温存するというなら、選挙民主主義自体

が間違っているのである。

 

 本来、経済力と教養と愛国心をもっていることが参加民主主義が成

り立つ前提であった。

 貴族政治は現代的ではないが、一定要件を定めて選挙人を選別す

る制度が必要である。

 選挙人資格試験制度を設ければよい。

 兵役の義務もその要件に加えればよい。

 兵役を受けない者には、選挙人資格、公務員採用資格を認めない。

 

 

 

 

書店に引導を渡すべし


 さて、幸福の科学出版は、書店に対して引導を渡すべきときに来て

いるのではないか。

 ネット通販の仕組みも改良が必要である。

 いちいち信販カード番号を入力させるのは顧客目線のやり方ではあ

るまい。

 

 ヤフオク方式で申し込みを受け付け、郵便振込みにさせればよいの

ではないか。

 郵貯間振込みは手数料が無料なので、都合が良いのだ。

 なにも、書店に遠慮することは無い。

 書店は、その役割を果たしていない。

 

 ネット販売書店を会員から募集しても良いのではないか。

 幸福の科学運動と人々の絆は、書籍・リバティー・アユハ以外には

ないのだから。

 支部は、伝道拠点ではあろうが、絆ではない。

 支部は、礼拝所であり、秘儀の場所であればよいのではないか。

 

 学生部や婦人部、第二人生部は、いつの時代も行動戦力である。

 時々街宣をだして、書籍宣伝と行商をすればよいのではないか。

 マーケティングとは、そうした泥臭い仕事である。

 

 支部には縁遠い幽霊会員としては、そういことを考える。

 

 

         立憲女王国・神聖九州やまとの国

          梅士 Baishi        

          

 

  

 


 

 

 

 

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