英の放電日記

将棋、スポーツ、テレビ等、日々感じること。発信というより放電に近い戯言。

研究の功罪

2010-06-11 17:39:49 | 将棋
 『将棋世界』7月号の梅田望夫氏の『研究の功罪』は非常に興味深い内容でした。



 第2局の終局後の深夜、行方八段に深夜の研究会に誘われたそうだ。行方八段のほかに対局者の三浦八段、久保棋王・王将という凄いメンバーで、特に敗北した三浦八段の心境や読み筋を聞けるというのは、無茶苦茶おいしい体験ではなかろうか。
 しかも、押しかけるのではなく、お誘いを受けたのだ。なんとうらやましい環境か!

 そのとびきりの食材を、梅田氏は見事に料理した『研究の功罪』は、氏への「羨望」を「満足」へ昇華させてくれた。


 彼(か)のメンバーが問題にしたのは、封じ手の局面から▲6一龍までの局面。


 後手の三浦八段が46手目△3七歩と垂らし、ここで羽生名人が手を封じて第1日が終了。羽生名人の封じ手に要した時間はちょうど1時間だった。

Ⅰ.ネット中継、BS中継の解説陣の第1日時点の見解
 封じ手の候補としては、①▲3九歩②▲3九金③▲5三桂成。

 ①▲3九歩が大方の予想で、過去の実戦例は1局(屋敷九段×増田六段)だけあり、その時は▲3九歩△3八歩成▲同歩△2五飛成▲5三桂成と進んでいる(先手の勝ち)。
 ②については、「▲3九金も調べられている。△1九飛成▲5三桂成△5二香▲6二成桂に△3九龍!がある。▲3九同銀は△5八金で詰みなので▲4九銀でどうか」という解説がある(中継サイト)。
 ③は、封じ手の局面(第1日)では、中継サイトでは触れられていない。
 BS中継では、△3八歩成▲6二成桂△4九龍▲6八玉△4八龍▲7七玉(第2図)△4二金▲8一飛成△3二玉▲5四桂△34金の変化を検討していたが、後手玉に上部脱出の道が見え、させそうな気もするがはっきりしない。

 先手の金銀の取られ方がひどい上、7七に逃げた玉が先手の角道を閉ざす形となり、感触が悪いので、踏み込まないと見ていた。


Ⅱ.封じ手開封後の反応・感想

島九段「驚きましたね。70%以上▲3九歩かと思いました」(中継サイト)
久保2冠「最強の手。これから激しくなる。三浦八段はもちろん研究の範囲内ですから、▲5三桂成の変化は研究してしていると思いますし、羽生名人も時間をかけて読んで大丈夫と踏み込んだはずで、自信と自信のぶつかり合い」(第二日午前のBS中継)

 さらに、中継サイトでは「島九段と先崎八段の検討盤面は、以下△3八歩成▲6二成桂△4九龍▲6八玉△4八龍▲7七玉△4二金▲8七玉△8六歩▲同飛成△3二玉▲8一龍△3四金まであっという間に進められ、その先が調べられている」と記されている。

 また、三浦八段の感想や様子(中継サイト)では
「島九段が読み上げた封じ手は「▲5三桂成」。三浦はうんとうなずき、腕を組んだ」
 さらに、局後の補足説明(中継サイト)には
「▲5三桂成は驚きはしませんでした。前例の▲3九歩は△3八歩成▲同歩△2五飛成で3筋に歩が利かなくなるのでありがたいと思いました。▲3九金も△1九飛成▲5三桂成△5二香でいけるかなと」
 また、それに続いて、羽生名人の感想も付け加えてあり
「▲3九歩か本譜▲5三桂成しかないですよね」
 そして、さらに「▲3九歩△3八歩成▲同歩△2五飛成▲5三桂成△同銀▲2二角成△同金▲同飛成は△3一歩が堅く「後手指せる」で両者一致」

 どうやら、封じ手は▲5三桂成の一手というのが結論らしい。
 この記述を読む限り、三浦八段も「封じ手は▲5三桂成」と予想していたと読みとれる。

 ちなみに、封じ手が読みあげられてから約20秒後の両者の姿が映し出されていたが、三浦八段は、「凝視」という感じではなく、じーっと盤面を見つめていた。
 感情は表に出ていないように見え、私の印象にしか過ぎないが、「予想通りですぐ読みを巡らす」というのではなく、「そっちで……(予想外)」。想定外で呆然とただ盤面を眺めているように感じた。


 さて、ようやく本題です(相変わらず、前置きが長い)。

 まず、梅田氏は一番の興味をぶつける。
「△3七歩のあと▲5三桂成(封じ手)からの研究はどのくらいしていたのか」
≪以下、三浦の答えは太字の赤で記します。長くなるので要約します≫
「言葉だけでの研究(頭の中で検討)しただけ。▲5三桂成は本線として研究したことはなかった。言葉だけの研究では、▲5三桂成以下△3八歩成▲6二成桂△4九龍▲6八玉△4八龍▲7七玉(第2図)

△6二金▲同飛成△5二歩(第3図)までの局面を思い描いて、

これなら後手が指せるという感覚を持っていた。言葉でそう話した記憶はある」

 しっかりと研究して出した結論ではなかったようだ。ただ、「言葉で話した記憶がある」とあるので、自分だけの思い込みではなく、研究仲間と出した結論であるようだ。なので、ある程度の自信を持っていたのではないだろうか。

「実際に▲5三桂成と指されてみて、一生懸命考え始める。
 と、なんかあやしいな」
(99分の長考)
「ああ、こんなふうに将棋が(研究から離れて)ゼロから始まるんだな」
 この辺りの心境の吐露は面白いなあ。
 BS中継で観る三浦八段の対局姿からすると、常に一生懸命呼んでいるようにしか思えない。思考の組み立てが違うということだろうか。つまり、過去の研究や実戦経験を土台として読むことから、未知の局面になって初めて、自分の読みや感覚だけで読み筋を組み立てていく、そんな違いなのかもしれない。

「<△5二歩の局面になれば後手がいい>という先入観をどこかで持っていたことがよくなかったのかもしれない。中途半端な研究なら、かえって何もしていない方がよかったのかもしれない……(省略)」
 省略した三浦八段の言葉を、梅田氏は分かりやすく翻訳している。
「言葉だけの研究」には切実さが伴わぬことがあり、先入観という魔物を思考に忍び込ませる隙が生まれてしまう。

 その研究の弊害が実際に現れたのが、第2図の局面。
 ここでほとんどの棋士が「△4二金の一手」と感じ、△4二金以下の手順を研究し、はっきりどちらが良いと判断を下せないでいた。
 ところが、三浦八段の指し手は△6二金。先手の成桂を相手にして(金と交換、成桂を相手にしない△4二金はプロの第一感とも言うべき手)、先手の龍を呼び込むので、読みの対象にはしない手だ。
 A級順位戦を勝ち上がった三浦八段の判断を誤らせたのが、言葉だけの研究での「△5二歩の局面になれば後手がいい」という先入観に他ならない。

 しかし、「△5二歩の局面になれば後手がいい」という先入観は三浦八段を非勢に追い込む元凶となったわけだが、簡単に負けになりそうな△6二金▲同飛成の局面を、頭の中で掘り下げ△5二歩で受かっていると読んだ読みの深さに三浦八段の強さを感じる。
 実際、△5二歩(第3図)で先手の攻めは意外に難しい。5二には金を打つのが受けの基本であるが、それだとその打った金が取られることとなり、簡単に寄ってしまう。それで安い駒の歩で受けるのだが、あまりにも頼りない。
 この局面になれば、△5二歩が最善であることは容易に分かるが、誰もが読みの対象にしない△6二金を選択しての「△5二歩で指せる」という「言葉だけの読み」、恐るべし、三浦八段!

 実際に第3図の局面、なかなか難しい。
 「▲3二金△同玉▲5二龍は△4二銀▲4一銀△3一玉で打ち歩詰めで逃れ。▲5三銀△5一金▲3三歩で寄りと思いきや、△3三同銀(△3三同桂は▲5一龍で詰み)▲同桂成△同角が王手!」(中継サイト解説)
 「▲3三歩、▲6一龍、▲5三銀の3つの候補手があげられている」(中継サイト解説)
 プロ棋士をもってしても、すぐには結論が出ないようだ。
 ちなみに、中継サイトの補足解説には「▲5三銀△5一金は指せると思っていました」(三浦八段)とある。

 ここで羽生名人が26分の考慮で指した▲6一龍(第4図)が三浦八段の研究を打ち砕いた手だった。

 梅田氏に▲6一龍と指されてみて、わからなくなってしまったと述べている。実際、ここで三浦八段は88分の長考に沈んでいる。▲6一龍は三浦八段の盲点になっていたようだ。
 と、さも分かったようなことを書いているが、この▲6一龍、私の目には《こんな手でいいの?》というふうに映った。
 5一には2四の角も利いているし、合駒されるとかえって固めてしまうことにはならないか?龍も1段目が良いのか、二段目の方がいいのかもよくわからない。《頼りない》というのが第一印象だった。
 まあ、プロ的に観れば△5一桂は▲6二金、△5一銀は▲6二銀、△5一金は▲8一龍というふうに、合駒をしてはジリ貧状態に陥るので△4二玉(第5図)とかわすのが正着らしい。


 それにしても、第3図からの▲6一龍△4二玉(第5図)のやり取り、改めて見比べると

龍で王手して後手玉を上部に逃がしたようにしか見えない(私には)。たしかに、部分的にはそうだが、8筋に利かせながら桂馬を取る▲8一龍を見た的確な指し回しだったようだ。


 さて、梅田氏の『研究の功罪』では、封じ手の局面に戻って、両者の思慮にさらに踏み込んでいく。


 と、ここで力尽きました。よろしければ、次回もお付き合い下さい。
コメント
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