福井 学の低温研便り

北海道大学 低温科学研究所 微生物生態学分野
大学院:環境科学院 生物圏科学専攻 分子生物学コース

命のリレー

2007-05-13 19:27:49 | 南極

先の金曜日、研究室に宅配便が届く。差出人は、秋田在住の小児科医Mさん。封を開けると、秋田のミニコミ紙2編と一冊の写真集。

ミニコミ紙にMさんが書いたエッセイ『守られて』を読み始める。「娘として」で始まる冒頭には、こんなことが書かれています。

 母が逝った。享年57歳。このことに対する思いは語り尽くせない。医師として少なからず“死”に触れてきた。外科修業時代、逝く人を前に涙を堪えることができなかった。小児外科医を目指していた頃には、幼い命を見送った。母は「先生がそんなに悲しんだら、この子が成仏できない・・・」と慰めた。旧国立療養所あきた病院で、命懸けで呼吸し、命懸けで食べる重症心身障害者、筋ジストロフィーの患者さんに出会った。“病”そして“死”を通して多くの“生”に触れてきたつもりであった。しかし、これが自分の身に起こった時・・・いまだに言葉にできない。
     (Mさん「守られて・・・」より)

昨年2月のこと。ホスピスでお母さんの最後の呼吸、脈圧を確認したのは、娘のMさん。Mさんにとって、このことは医師としてはありがたいことでしたが、本当にお母さんが望んだことは、娘として寄り添うことではなかったかと、自問し続けています。

Mさんは、さらに、こんなことを綴っています。

 父が遺された。61歳。この数年は妻の介護に明け暮れた。
仕事と家族を愛し、お酒が大好きな“秋田衆”。検診ではアルコール性肝障害の指標γGTPは400を超えていた。しかし、母の病状が思わしくなくなり、最期の数ヶ月をホスピスで過ごした頃、父は母に寄り添い暮らし、まだまだ続くと信じていた介護の日々のために、初めて健康に留意した。
 父は母に守られている。現在の父はγGTP正常、娘の行う超音波検査で脂肪肝はない。
    (Mさん「守られて・・・」より)

Mさんとの出会いは偶然で、彼女が小児外科医を目指していた、危なっかしい医学生の頃。その後、小児科医の旦那さんと結婚。第一子の臨月の頃のMさんに再会したのは、私が札幌に赴任する直前でしたね。そして、2児の子育てをしながら、母として、妻として、勤務医として超多忙な毎日を送っている現在のMさん。その成長ぶりは、目を見張るものがあります。日々命と向き合う専門職として、不断の努力の積み重ね。失敗が許されない、緊張が続く医療の現場。そんなMさんの研鑽の日々を想像しただけで、我が身の怠業を恥じ入ります。

生前、Mさんのお母さんは、いとこの写真家藤原幸一氏の活動を応援し続けてきたそうです。彼の近著「南極がこわれる」(ポプラ社)が、Mさんからの宅配便には同封されていたのです。

01_8302_46この写真集のページをめくって行くと、血塗られた羽毛姿の傷ついたペンギンが生々しく紹介されています。なぜ、ペンギンは傷ついているのでしょう?南極探検、南極観測の名のもとに、南極の環境が破壊され、観測基地周辺はゴミの山。破棄された重機の金属刃でペンギンが傷つくのです。

肉眼で見えない汚染もあります。石油漏出は頻繁に起こる。有害化学物質の生態系汚染。

ミクロな汚染だけでなく、化石燃料の大量消費による地球温暖化。後退して行く大陸氷床。

南極観測には、「光と陰」があります。藤原氏は、「陰」の部分を鋭く批判しています。これまであまり語られることのなかった、南極観測の「陰」。観測隊に参加した科学者ならば、その悲惨さを十分認識しているはずです。以前のエントリーでも紹介いたしましたが、極地のような寒冷圏生態系は、微生物分解が遅く、一度破壊されると、回復しにくい特徴があります(「生態系の脆弱性」)

金曜日に届いたMさんからのメッセージは、私にとって、「陰」の部分の視点から日本の南極観測を捉えていく契機となりました。

Mさん。お母さんのおもい(バトン)をMさん経由でしっかり受け取りましたよ。必ず、そのおもいを、私が次世代に伝えますから。

今日は、母の日。新潟に住んでいる70代後半の母には、いつも心配をかけてばかりです。冷たく、不肖の息子ですみません。

院生の皆さん、お母さんに電話をしましたか?


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