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団塊の世代のつぶやき

誇れる日本を取り戻そう

★女性の人権運動と性暴力

2014年11月14日 | 日本の女性

  昨日、第 548回の 「世界で一番女性が輝いていた国だった」で杉田水脈さん が「女性が輝けなくなったのは、冷戦後、男女共同参画の 名の基、伝統や慣習を破壊する ナンセンスな男女平等を目指し てきたことに起因する」と素晴 らしい言葉を語ってくれていま す。
  何故、戦後そうなったかは GHQの工作だったことは確か ですが、その根本的考え方をア メリカの女性が持っているそう です。

   これも、
第 5534回の 「ア メリカ人の本音ア dメリカ人の本音」 でねずさんが取り上げてくれたマッ クス・フォン・シュラー (Max Von Schuler)さんの講演で聞いたものだそうです。   

   ねずさんの ひとりごとよ り   2014/07/02(水)

  女 性の人権運動と性暴力

  …略

   まあ、聞けば聞くほどびっくり仰天ですが、どうしてこのようなことが起こるかというと、3つの理由があ ります。

   ひとつは、米国社会では、議論というのは「相手に勝つためのもの」と認識されている、ということです。
日本人にとっては、議論はあくまでも、相互理解のためのものですが、彼らの発想では、それはあくまで相手に勝ち、相手を ねじ伏せるためのものだ、ということです。
ですから、議論に手段も目的も関係なく、とにかくその場の議論に勝ちさえすれば良い。
たとえそれが、ナンクセであったとしても、勝った方が上に立って、相手に言うことを利かせられると理解されているという ことです。

   二つ目に、米国社会は個人主義社会である、ということです。
個人主義は、常に自分以外の周囲の全てと、対立し、闘争する社会です。そこに一切の妥協も協調もありません。なんでもい いから対立軸を見いだし、闘争をしかけ、勝った方が権益を握る。それが「正しいこと」なのです。
こうした点は、支那や朝鮮ともよく似ています。
ただ一点、米国社会と支那朝鮮社会が異なるのは、そうはいっても米国社会には宗教という道徳的価値観が根底にある、とい う点です。支那や朝鮮にはそれがない分、どこまでも対立と闘争が続くわけです。

   三つ目は、アメリカン・ヒーローです。
米国人は、弱い者を守るのは、素晴らしいこと、という基本的マインドがあります。
ですから、「女性は弱いものである」ならば、それを「守るために行われるすべてのことは正しい」となります。
実は、米国人のこのマインドが、韓国の「わたしたちは被害者ニダ。強制連行されてひどい目に遭わされたニダ」という慰安 婦像建立運動に利用されてい る・・・というのが、Max先生のご講演の主題だったのですが、ここでは、そのご講演の主題ではなく、先生のご講演の傍 論として出てきた女性人権運動につ いて、述べています。

   こうした3つの理由があることから、米国の白人女性人権運動家たちにとって、日本人女性は「敵」なのだそうです。
なぜかというと、日本人女性は、男女は互いに対等な存在であり、互いの役割に基づいて、互いの良い点を生かし合い、扶け 合って生きて行くことが正しいこと、と堂々と主張します。
つまり、日本的共存の考え方をするし、それを人としての常識と思っているから、人前でも、堂々とそういう主張をしてしま う。
だからこれを打ち負かさないと、米国の白人女性運動家たちは仕事にならないから、「日本人女性は敵」なのだそうです。

   まったく、「やれやれ」です。

   思うのですが、こうした「対立と闘争」を社会の中心軸に置くという世界が、果たして本当に人類にとっての幸せな社会、理 想的社会となり得るのでしょうか。
そもそも、この世には、男と女しかいないのです。
大切なことは、どっちが上かではなくて、互いが良い所も悪いところもある対等な存在として、協力し合い、支え合って生き て行くことなのではないでしょうか。

   昨今では、日本にもこうした対立と闘争の人権思想が入り込んで来て、何かというと対立をあおり、闘争をしかけることが正 義であると勘違いしている人が増えているように思います。
けれど、それが本当に、人々にとって幸せなことかというと、決してそんなことはなくて、むしろ、そういう極端な意見を 言って活動している、ごく一部の人たちだけに利益や利得を生み出しているだけのことです。

   わたしたちが、本来日本にある美風を取り戻し、その美風を世界に向けて堂々と情報発信していくということは、実は、今 日、お示ししたような極端な思想家、 活動家、しかその人たちはすでに一定の利権や利得、そして社会的地歩を持っている、そういう人たちを、敵に回してしまう のことになるのかもしれません。

   男性がその体力をもとに、女性に性的な暴力を振るうことはまったくもって感心できません。
けれど、だからといってどちらが勝つか、どちらが支配するかという考え方では、どこまでも理不尽な対立となるばかりで す。

   世の中には男と女しかいないのです。
その二つが対立することが、人々にとって良いこととは到底思えません。
双方が、互いの良いところを出し合って、相互補完的に互いを支え合って行く。
支え合うから「人」と書くのです。

   日本には、そういう意味での和と結いと対等の文化があります。
その日本が、粛々とそして堂々と相手にわかるようにどこまでも和と結いと対等意識を主張していく。
そういうことのできる日本になる。
そのことが、まさにこれからの世界の標準的思想になっていくことが必要なときが、いままさにきていると思うのです。

  これは如何にアメリカの女性が大事に扱ってもらってなかったかの証拠ですね。言葉だけはレディース・ファーストなん て、さも大事にしているようにしていて、内実は全く女性を尊敬していないという欧米の国の真実でしょう。
  
  それに比べて、日本は表面は差別があるように見えるところもあるが、実際は女性が実権を握って、主人を手のひらで踊 らさせているという全く欧米では考えられない程大事にされていることが分かります。
  第 5534回の 「ア メリカ人の本音ア dメリカ人の本音」 の動画の最初の方でマッ クス・フォン・シュラーさんが 日本人の奥さんに操られている 話をされています。マックスさ んは身を持って日 本の女性が如何に重んじられているかを体験しているようです。

  戦後、この本当のところを理解できていないアメリカが日本に押し付けた考えを、日本の左翼女性がその気になって間 違った方向に推し進めて来たのじゃないでしょうか。

  やはり、日本は日本が嫌いな左翼が多すぎですね。



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