団塊の世代のつぶやき

誇れる日本を取り戻そう

零戦、6機目が新造作業中

2018年01月04日 | ゼロ戦・大和

  自虐史観に犯され劣化してしまった日本人の中にも、2017年12月19日、第6652回の「倉敷の男性が戦闘機『飛燕』落札」で、取り上げたような気骨のある方もおられることを喜びましたが、その一方、折角修復して日本の空で飛んだゼロ戦の維持費もままならない情け無い日本の現状にがっかりもさせられました。

  そんなゼロ戦の6機目の修復が行われているのだそうです。ところが、これも残念ながら、日本でのことではないようです。

  産経ニュースより    2017.12.20

 【い まも飛ぶ大戦機】零戦、6機目が新造作業中 2018年の初飛行を目指す

 戦国時代の甲冑や刀剣類は歴史遺産もしくは美術品だが、零戦は忌まわしい兵器である、と、解釈する日本人は決して少なくな いだろう。しかし、かつての刃を交えたアメリカでは、零戦は航空史に名を刻むべきマイルストーンであり、後世に伝承すべき技 術遺産と認識されている。したがって飛行可能な零戦は、すべて米国登録機であり、もっか5機が現存している。そして現在、 2018年中の初飛行を目指して、6機目となる零戦の組み立て作業が進んでいるのだ。

 米ワシントン州エバレットのレジェンド・フライヤー社は、マーシャル諸島タロア島で回収した零戦4機分の残骸から、部材の 形状・寸法を割り出すリバース・エンジニアリングを駆使して、零戦の新造作業と取り組んでいる。同社は以前、飛行可能な独 メッサーシュミットMe262ジェット戦闘機の新造作業を手掛けただけに、技術力は米大戦機業界で高く評価されており、この 零戦も高度な完成度・忠実度が期待できる。しかも型式は、わずか343機しか生産されなかった稀少な32型で、飛行可能機と しては初となる。ちなみに零戦32型は、本機以外に筑前町立大刀洗平和記念館(福岡県朝倉郡)の収蔵機が現存するのみだ。

 2001年に始まったこの零戦再生プロジェクトは、当初、エンジンも栄21型発動機を再生して搭載する予定であった。とこ ろが途中で所有者が替わり、当時の再生エンジンでは長時間稼働に耐えられないとの判断から、米国製P&W R-1830ツイン・ワスプへの換装が決定した経緯がある。そのため機首周りの構造、カウリング全面変更など、大幅な改修が必要となり、なんと17年間に も渡る長期プロジェクトとなってしまったのだ。しかし、筆者が今年9月末に取材した段階で、ようやく2018年中に初飛行を 実施する見込みが立ったという。

 なお飛行可能な零戦再生プロジェクトは、本機のみならず筆者が把握している情報だけでも、他に複数機が進行している。この ように零戦が、故国ではなくかつての“敵国”で再生され、現代の大空を翔けている事実を、日本人として素直に喜んでいいの か、それとも歴史認識の格差を憂えるべきなのか。(文・藤森篤)

 【プロフィル】藤森篤(ふじもり・あつし)

 日本大学理工学部航空宇宙工学専修コースで、零戦設計主務者・堀越二郎博士らに学ぶ。30余年間、飛行可能な第二次大戦機 の取材・撮影をライフワークとする。著書は「零戦五二型・レストアの真実と全記録」「現存レシプロ戦闘機10傑」(エイ出版 社)など。


  こうやって、修復されていることは嬉しいですが、やはり、日本の冷淡さにはがっかりさせられます。
  これも、結局は、自虐史観のなせる業であることは間違い無いでしょう。先人の素晴らしい技術を日本人の手で残すことは絶対に必要です。
  本来なら、国が率先してやるべきことでしょうが、今の劣化した腰の引けた政治家達では無理でしょうね。
  こういう話題が出れば、日本中が一丸となって立ち上がるようにならなければならないですね。そんな日が来るのでしょうか。
  それには、やはり、日本人が目覚めることが必要です。憲法改正と同じです。独立が成れば、こんなことも直ぐにできるのじゃないでしょうか。その時には大和の復活も期待したいものです。

日本人は目覚めるでしょうか!
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倉敷の男性が戦闘機「飛燕」落札

2017年12月19日 | ゼロ戦・大和

  ネットオークションに出ていると話題になっていた「飛燕」を、倉敷の方が落札したそうです。誰か日本人に買う人はいないものかと期待していましたが、やはり、有志はおられたようです。
  自分で、復元もされるようです。非行は無理のようですが、その意気は素晴らしいですね。川崎のオートバイの修理をやられているそうですから、川崎が手助けしてくれることを期待したいものです。

  山陽新聞より     2017年12 月01日
   
 倉敷の男性が戦 闘機「飛燕」落札 “帰国”の機体「復元したい」

 今秋ネットオークションに出品され話題になっていた旧日本陸軍の戦闘機「飛燕(ひえん)」を、倉敷市広江でオートバイ部品 の製造販売会社を経営する武浩さん(53)が落札、30日に納品された。太平洋戦争の南方戦線で任務中に胴体着陸したらし く、主翼や胴部が大きく破損しているが、エンジンなど機体のほとんどが残された状態で、武さんは七十数年ぶりに“帰国”した 機体を前に「自分たちの手で復元し、いつか多くの人に見てほしい」と意気込んでいる。

 機体はパプアニューギニアのジャングルで発見され、1970年代にオーストラリアのコレクターが入手した。今年10月、愛 媛県の代理人を介してオークションサイト「ヤフオク!」に出品。川崎重工業製オートバイのレストア(復元)やドレスアップを 手掛ける武さんが、原点ともいえる川崎航空機工業(現川崎重工業)が開発した「飛燕」を「何とか日本に戻したい」と入札。 1500万円で落札した。

 国内に現存する「飛燕」は他に、日本航空協会(東京)が所有する1機のみで、経済産業省の近代化産業遺産群に認定されてい る。同機を収蔵する「かかみがはら航空宇宙科学博物館」(岐阜県各務原市)によると、当時の日本では数少ない液冷エンジンを 搭載した軍用機で、零式艦上戦闘機(ゼロ戦)などの空冷エンジン搭載機に比べ、スマートで流麗なデザインが特徴という。同博 物館の島崎芳雄学芸員は「貴重な機体が日本に戻るのは喜ばしい」と歓迎する。

 機体は30日、コンテナに収められて倉敷に到着。武さんは今後、オートバイでの経験を生かして復元に取り組む。「日本の機 械技術の歴史を伝える“証人”として憧れの存在だった。かつての姿を取り戻したい」と話している。

 飛燕 正式名称は「三式戦闘機」。ドイツの戦闘機「メッサーシュミット」の液冷エンジンをライセンス生産した「ハ40」を 搭載し、1943年に採用。速度と運動性を両立させた戦闘機として約3千機が生産され、フィリピンやパプアニューギニア戦線 に投入された。しかし、動力系統の故障に悩まされ、45年には空冷エンジンに変更した「五式戦闘機」も登場。「飛燕」ととも に本土防空戦に当たった。


  飛燕と言えば、2014年12月02日、第 5553回の「帰っ てきたゼロ戦」で、取り上げたゼロ戦が、維持費に苦労されているようです。
  ここでも何度か取り上げさせていただいている長尾たかしさんが応援されているようです。大山さんが、「虎ノ門ニュース」で紹介もされていました。

   それにしても、こうした貴重なものを保存する気配も無い日本政府にはがっかりさせられますが、こうして、長尾さんや青山さん達がそうした働きかけをしてくれれば動き出すでしょうか。
  これも、反日売国左翼・在日共が反対と騒ぐのでしょうね。やはり、日本人が目覚める以外、こんなことも実現できないのですね。 

余りにも情け無い!
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★帰ってきたゼロ戦

2014年12月02日 | ゼロ戦・大和

  第 5533回の 「帰っ てきたゼロ戦」が一般公開されたそうです。輸送時のまま3 分割された状態だそうです。

  産経新聞が動画をアップしてくれていました。分割されているので、これは、ちょっと見られない珍しい動画です。 今まで、見たこともない部分も見られて興味深いものがあります。    

   産経フォトより   
2014 年11月21日
  

   飛 行可能な零戦の操縦席【360°パ ノラマ】 - 360°パ ノラマ写真 - 産 経フォト

【動 画】飛行可能な零戦“里帰り” 細部まで公開   2014.11.22


  旧日本軍の零式艦上戦 闘機(零戦)が21日、さいたま市のさいたまスーパーアリーナで一般公開された。日本人が所有し、飛行可能な零 戦が日本へ“里帰り”するのは戦後初めて。公開は24日まで。

  機体は、輸送時にエンジン、主翼操縦席部分、機体尾翼部分の3つに分解されたときのまま展示されており、零 戦の内部を間近で見ることができる。操縦席には人だかりができていた。
 
  企画したゼロエン タープライズ・ジャパン(東京)によると、現存する飛行可能な零戦は世界中に5機。公開された機体 は1970年代にパプアニューギニアのジャングルで見つかり、修理を受け米国で飛行していた。先月、国内に輸送 された。

  所有者のゼロエンタープライズCEO、石塚政秀さん(53)は「昔も今も日本の技術力は世界に誇れるものだ ということを知って国民に元気になってもらいたい」と話した。戦後70年となる来年は、再び組み立てて日本の空 を飛行させたいとしている。

  実際に実物が目の前で飛ぶところも見たいですが、
こうして分解されたものも見てみたいもので す。それにしても、考えれば分解できることも分かるはずですが、こうやっ て分解されたものを見て初めて認識するのですから我ながら頭悪すぎです。

  来年は第 5419回の想像以上に凄い「心 神」とこのゼロ戦と興味深い飛行が見られそうで楽しみです。

ワクワクします!
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帰ってきたゼロ戦

2014年11月12日 | ゼロ戦・大和

  第 5098回で取り上げた日本人が海外で所有していながら何だか訳の分からない理由で、「帰れないゼロ戦」が 帰ってきたそうです。
  帰国にはやはり何かと手続きなどあったようです。次は飛行させることにも面倒がありそうです。維持費も相当かかるよ うです。日本にとっては貴重な遺産です。何とか日本で飛ぶ姿を見たいものです。

  三菱重工が買い取って、第 5335回で取り上げた、来年初飛行と言われている平成のゼロ戦、「心神」ともに飛行させれば楽しいでしょ うね。  

  朝日新 聞デジタルより  2014年11月5日

   飛 べる零戦、米国から帰国 戦後70年に国内飛行計画

   米国で日本人が所有していた零式艦上戦闘機(零戦)が5日、日本に「帰国」した。今も飛べる機体で、6年がかりの 実現。戦後70年の来年、平和を願う国内飛行を目指す。

   零 戦特集ページ 動画や写真はこちら

  機体は三菱重工業製の22型で、パプアニューギニアで見つかり、米国人が購入し、ロシアでエンジンなど多くの部品を 交換して飛行可能な状態に修復され た。栃木県出身でニュージーランド在住の石塚政秀さん(53)が2008年に購入。「日本の技術力を世界に示したものづ くりの原点」と日本への輸送を企画 した。だが、年間3千万円の維持費がかかり難航。100人以上の協力と資金援助を得て、ようやく実現した。

  飛行可能な零戦は現在5機とされ、全て米国にあった。唯一の日本人所有のこの機体は9月、発見当時のエンジンと共に 横浜港に到着。日米当局から「武器 輸入」「軍用機輸出」と指摘され通関に手間取ったが、書類をそろえて「軍用ではなく、中古飛行機」と証明、5日にようや く入国し、三つに分解した姿で神奈 川県綾瀬市の保管拠点に着いた。零戦の計器板を複製・復元する活動をしている中村泰三さん(46)は「原形に近い状態で 復元されている。飛ぶ機体であり極 めて貴重」と述べた。

  次の目標は来年の国内飛行。飛べる状態を維持しての保存も目指す。飛行機の組み立て場所など詳細は未定で、飛行許可 や費用などハードルは高いが、「零 戦は近代日本を考える道しるべ。戦争を忘れず記憶し、平和を願いたい」と石塚さん。ネットで資金を募るクラウドファン ディングを6日に開始。企業スポン サーも募集する。零戦は、21~24日、さいたまスーパーアリーナ(さいたま市)で分解状態で有料展示する。問い合わせ はゼロエンタープライズ・ジャパン (03・5435・5568)。(吉村成夫)
 
  去年にはサポートクラブも立ち上がっていたようです。

   マイナビニュースより   2013/11/27

  2014 年の夏に零戦が日本の空を飛ぶ可能性が! - 零戦里帰りプロジェクト
 
  ゼロエンタープライズ・ジャパンは11月27日、米Zero Enterpriseが所有しアラスカ州に保管している零式艦上戦闘機(零戦)を日本国内で保存・管理するプロジェクト「里帰りプロジェクト」の具体的な スケジュールおよび「Zeroサポートクラブ」 を同日より発足したことを発表した。

  同プロジェクトは、同社取締役の石塚正秀氏がCEOを務める米Zero Enterpriseが所有するレストア済みの零戦を日本に移し、国内で動体のまま保存するというもの。早ければ2014年の3月にも国内飛行の準備をす るための"第一次里帰り"を行い、その後いったん米国に戻した後、9月に"本里帰り"をする予定。零戦を国内に移した後 は、博物館などで一般に展示するほ か、航空イベントなどで飛行を行う予定としている。

  一方のZeroサポートクラブは、零戦をいつでも飛行できる状態で維持管理するための費用を確保するために、会員か ら支援金を募る仕組みのこと。集 まった支援金は、零戦の輸送費、国内の駐車料、整備料などに充てられるという。会員には、イベントチケットの先行販売、 零戦搭乗写真の撮影などの特典を予 定している。

  今後の課題は、国内で維持メンテナンスする環境整備、保険、駐車場などの費用のほか、長期間日本で飛行・管理するた めに必要となる「JAナンバー」の取得(現在は米国所属のNナンバー)、国内で零戦を運転するためのパイロットの確保な ど。

  なお、零戦輸送中の事故、日米行政からの指導、世論からの反対などによって同プロジェクトは中止になる可能性もある という。万一中止になった場合は、理由を速やかに開示するとともに、サポートクラブの会員に対して返金を行う予定だとい う。

  やはり、維持も大変のようですね。ここは三菱さんに所有してもらうのが一番良さそうに思います。

  それにしても、心神が初飛行しようという年、それも戦後70年の節目に帰ってきて心神と一緒に飛行するなんてことに なれば、まさに日本の復活の象徴のような話ですが、左翼あたりが騒ぎそうな気もします。

  でも、見たいですね!
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★零戦の真実

2014年11月07日 | ゼロ戦・大和

  空飛ぶ車」でも書いたように飛行機にはどうにも惹かれるものがあります。飛行機と言えばゼロ戦をどうしても思い出してしまいます。戦前にあれだけのものを造りだした日本人の凄さを思わざるを得ません。
  その
先人の精神の凄さにも敬意を払わざるを得ませんが、物資の不足する中世界に誇れる飛行機を造りだしたその頭脳にも驚かされるばかりです。
  これもやはり戦前の教育がそれだけ素晴らしかったとも言えそうです。現代にも先人に引けを取らないだけの頭脳の人はいるのでしょうが、何分戦後教育の為に精神力では比べるべくもないのが残念です。
  私の大嫌いな外務省なんかはもしかしたらその典型なのじゃないでしょうか。頭は良くても日本を誇りに思えない人達が集まっているからあれだけ日本の為になる仕事には熱が入らないのじゃないでしょうか。
  外務省の試験には頭脳だけでなく心のありようも取り入れるべきじゃないでしょうか。そうすれば、少しは日本の為になる仕事もするようになるかもしれません。

  と話がとんでもない所に飛んでしまいましたが、ゼロ戦についての素晴らしい動画があったのでアップします。ゼロ戦に関する新たな視点に目を覚まさせられました。


  大和の動画もありました。大和のCGが素晴らしいです。
 


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平成のゼロ戦、「心神」

2014年04月28日 | ゼロ戦・大和

  第42話の「ゼロ戦」でも書きましたが、日本の誇れる技術で作られた「大和」や「ゼロ戦」を現代の技術で復活してもらいたいと思ってます。
  しかしながら、余りにも行き過ぎた日本の民主主義の現在、昨日も書いたように、日本中に新幹線を通すことすら実現できずにいます。エネルギー自立上の最大の武器である原発さえ動かすことも出来ずにいる今、ゼロ戦や大和の復元なんて到底かないそうもありません。
  ところが、平成のゼロ戦なる記事がありました。なんだろうと読んでみると、「心神」という第6世代の戦闘機の開発が進んでいるのだそうです。これは楽しみです。   

     東洋経済オンラインより  2014年04月20日

  平成のゼロ戦、「心神」が年内初飛行へ
  第6世代戦闘機となる"カウンターステルス機"の礎
  高橋 浩祐 :ジェーンズ・ディフェンス・ウィークリー東京特派員 

  宮崎駿監督の最後の長編アニメ映画「風立ちぬ」、そして百田尚樹原作の「永遠の0(ゼロ)」の興行ヒットで、ゼロ戦(零式艦上戦闘機)への人々の関心 や哀愁の念が高まっている。そんな中で、日本人の心をさらに引きつけそうな呼び名を持つ「平成のゼロ戦」が今年中に登場する。

  将来の国産ステルス戦闘機の試作機となっている「先進技術実証機」(通称・心神=しんしん)が、年内に初飛行するのだ。小野寺五典防衛相が4月10日の参議院外交防衛委員会で、心神の今年中の初飛行を改めて明言した。

  防衛省技術研究本部(技本)の関係者は「もともとゴールデンウィーク明けの5月にも心神をマスコミ陣にロールアウト(お披露目)する予定だったが、数カ月遅れている。初飛行は今年ぎりぎりになるかもしれない」と述べた。
ゼロの遺伝子を持つ「心神」

  試作機とはいえ、事実上の「日の丸ステルス機」の第1号となるのが、心神である。技本は、1995年度から「実証エンジンの研究」を開始。2000年度か らは機体のステルス性能試験やエンジン部分の推力偏向装置の開発を目的とする「高運動飛行制御システムの研究」も併せて実施した。そして、2009年度か らは8カ年計画で「先進技術実証機」の予算項目の下、心神の機体製造や飛行試験など試作費用だけで392億円の予算を確保していた。

  心神は現在、主契約企業の三菱重工業が、ゼロ戦を生んだ同社の名古屋航空宇宙システム製作所(旧・名古屋航空機製作所)の小牧南工場で、初飛行前の最後の 大仕上げ作業が施されている。つまり、心神はゼロ戦と同様、名航で誕生するわけであり、その意味で「ゼロの遺伝子」を受け継いでいるといえる。今年後半の 初飛行での成果を踏まえ、2016年度までに開発を終える予定だ。

  そもそも「心神」という名称の由来は何なのかが気になるだろう。もともとは、技本の中の人間が愛称として使うようになって、それが定着したのだという。

  近代日本画壇の巨匠である横山大観が、富士山を日本の「心神」と呼んでおり、富士山の絵を、多く描いたことで知られる。たとえば、1954(昭和29)年 5月6日付の朝日新聞の記事の中で、横山は次のように富士山について述べている。「古い本に富士を『心神』とよんでいる。心神とは魂のことだが、私の富士 観といったものも、つまりはこの言葉に言いつくされている。・・・(エベレスト)は世界最高の山だけに、さすがに壮大で立派だった。・・・素晴らしい壮大 な山だとは思ったが、富士を仰ぐ時のような、なんというか清々とした感情はわかなかった。富士は、そういう意味でも、たしかに日本の魂だと、その時も思っ たことだ」。

  つまり、心神という名称には、「日本の魂」という思いが込められているようだ。

  エンジンは双発。IHIが主契約企業となってアフターバーナーを備えたツイン・ターボファン方式のジェットエンジンXF5-1を開発した。最大出力は各約 5トンで、2つ合わせて10トン級。各エンジンの出力方向を機動的に偏向するためのエンジン推力偏向パドルをエンジンの後方に3枚ずつ取り付け、エンジン の推力を直接偏向できるようにした。

  この推力偏向パドルと、エンジンと飛行双方の制御を統合化したIFPC (合飛行推進力制御)技術によって、「従来の空力舵面では不可能な高迎角での運動性を実現した」と技本は説明する。つまり、この高度な制御技術を使えば、 これまでだったら迎角が50度を超えて失速しそうな飛行場面でも、機体制御が可能となり、空中戦での戦闘能力が高まるとみている。

  このほか、主翼と尾翼は富士重工業、川崎重工業が操縦席を製造している。機体の約3割に炭素繊維強化プラスチック(CFRP)が使われ、軽量化されている。
 
  IHI製のエンジン(筆者撮影)

  心神は全長14.2メートル、全幅9.1メートル、全高4.5メートルの単座式だ。「世界最強のステルス機」とされる米国のF22やF2よりは小さく、T4中等練習機よりは大きい。最大速度は明らかになっていない。

  心神は、F2戦闘機の後継機となる将来の「第6世代戦闘機」であるF3の生産に向けたプロトタイプ(研究試作機)である。つまり、防衛省は、心神を「第5 世代戦闘機」と呼ばれる現在のステルス機の上を行く、「第6世代戦闘機」のカウンターステルス機の礎にすることを目指している。

  航空自衛隊(空自)は昨年3月末現在で、ベトナム戦争で名を馳せた第3世代のF4を62機、主力戦闘機である第4世代のF15を201機、そして、米ゼネ ラル・ダイナミクス(後にロッキード・マーチンが軍用機部門を買収)のF16Cをベースに日米で共同開発された第4世代のF2を92機それぞれ有してい る。

  このうち、老朽化して退役が迫ったF4の後継機として、2011年12月、民主党時代の野田佳彦政権の下、日本政府は米国主導で国際共同開発中のF35を次期主力戦闘機(FX)として選定した。…以下略

  参照:ウィキペディアより  先進技術実証機 (航空機)

  日本で戦闘機の製造何てもう夢なのかと思ってましたが、こんなのが開発されていたとは驚きです。それが、今年の後半にも初飛行が見られるなんてワクワクしますね。現代の日本の技術でどの程度のものが出来上がるのか楽しみです。
  早く見たいものです。

  流石に心神の動画は無いのでゼロ戦のを上げておきます。

Flight Demo of Genuine Japanese Zero with ORIGINAL WWII Sak 

 小牧基地航空祭2010 ATD-X(心神)モデル ATD-X TRDI MoD Japan

日本の復活も近いのかも!
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ゼロ戦

2014年01月21日 | ゼロ戦・大和

  突然ブームになったゼロ戦に昔からのファンとしては戸惑いを覚える面もあります が、戦前にこんなに素晴らしい技術があったと誇れることは嬉しいですね。

  願わくば、大和と共に最新の技術で復活させて欲しいものです。そのくらいの遊び心 が国にあっても良いんじゃないでしょうか。

三 菱零式艦上戦闘機52型 MITSUBISHI A6M5 TYPE ZERO ゼロ戦

零 戦&ムスタング 組み立てから飛行まで 超貴重映像 1/3

 零 戦&ムスタング 組み立てから飛行まで 超貴重映像 2/3

 零 戦&ムスタング 組み立てから飛行まで 超貴重映像 3/3

 

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帰れないゼロ戦

2013年09月03日 | ゼロ戦・大和

  第 4962回第 5022回で何度か取り上げたゼロ戦が今ジブリの「風立ちぬ」で話題になっていますが、宮崎 監督の左翼発言を聞いてしまっては幾ら好きなゼロ戦と堀越さんの映画といえども見に行くことはありません。 ただし、何年か後にテレビでやればやはり見そうです。

  これも「はだしのゲン」 と同じで誰かが仕組んだ宣伝かもしれませんが、あのゼロ戦が日本に帰ってこれないという話題がありました。

  Business Media 誠より  8月29日

  日 本人所有の零戦が日本に「帰還」できない理由 (1/5)

現存する飛行可能な零戦を日本の財産と して帰国させる動きがある。しかもそれは日本人が所有しているというのだ。だが、なかなか前進しないのはなぜな のか?[伊吹太歩,Business Media 誠]

  ・・・略

  実際に飛行できる本物の 零戦を日本人が所有している

 そして現在、実際に飛行で きる零戦は世界にたったの4機しか存在しない(レプリカは除く)。マイ クロソフトの共同設立者で戦闘機コレクターとしても知られるポール・アレン氏、米カリフォルニア州の飛行機 コレクターであるスティーブ・ヒントン氏、航空ショーなどを主催する団体であるコメモラティブ・エアフォー ス(CAF)がそれぞれ1機ずつ所有している。

零 戦動画 2011 08

 

  そして残りのもう1機(22型)は、日本人が所有している。他の機体よりも最も「本物」に近い飛 行ができると呼び名も高いその1機は、ニュージーランド・クライストチャーチ在住の日本人、石塚政秀氏が所 有する。

  そもそも現存する飛行可 能な零戦のほとんどを米国人の所有しているというのも悲しい話ではないか。だが石塚氏が所有する1機も米国で登録・保管され、日本への「帰還」は果たせないでいる。だが石塚氏 はその零戦を、何とか日本に里帰りさせようと奔走している。…中略

  ただ日本の場合は、戦時 の「遺産」であることで問題になる可能性もある。日本を象徴する零戦が、「諸外国」を刺激するかもしれないから だ。安倍晋三首相が就任し、中国や韓国などから日本社会の右傾化が指摘される現在、戦時の象徴的な戦闘機を帰国 させることには賛否があるだろう。だが純粋に日本人の作り上げた当時斬新だった飛行機として、日本人がその偉業 を讃えることは何ら悪いことではない。…以下略

零 式艦上戦闘機五二型

 

  下の52型は上の話題と は関係ないものですが折角見つけてたのでアップしました。
  
  それにしても、何とも情けない国ですね。靖国参拝と同じ匂いがします。こんなものは有無を言わさず国が 買い上げて国立博物館のようなところに飾って当然でしょう。三菱が何故手を上げないのかも不思議です。三菱 ならきちんと整備して長い間飛ばすことも可能でしょうに、やはり国と同じで中・韓が怖いのでしょうか。
  私なんか、持って帰るどころか、大和とともに今の技術で復元して日本の誇りとして世界中を回ってもらい たいくらいです。

  国の宝と言っても過言で ないゼロ戦一つ持って帰れないなんてどんな国なんでしょう。本当に、中・韓の工作による日本の弱体化が見事に浸 透してしまっているようです。早く何とかしないと日本は本当に無くなりそうです。やはり国交断絶しかないようで す。

本当に腹が立 ちます!

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ゼロ戦日本の空を飛ぶ

2013年06月20日 | ゼロ戦・大和

  第 4946回の50年振りの大和で書いたように、子供の頃から軍艦や飛行機が大好きでした。戦争の何 たるかはもちろん知りませんから、純粋にその姿の格好良さにひかれていたのかもしれません。軍艦が大和と言え ば、戦闘機は当然ゼロ戦です。次に作るラジコンはゼロ戦にしたいと思ってましたが、結局手を出さずじまいで終わ りました。
  しかしながら、あの格好良さは現代にも通用するほどの出来栄えじゃないでしょうか。大和にしろ、ゼロ戦にし ろ、ここでも戦前の日本人の凄さを思い知らされます。本当に、今の日本人とは人種が違うようです。本当に、教育 の大事さをひしひしと思わされます。
  さて、そんなゼロ戦で実際に飛行できるものが残っているのだそうです。その貴重な映像がありました。まさか 本物が飛んでいる姿を見れるとは思いませんでした。やはりどう見ても素晴らしいですね。

零 戦 日本の空を飛ぶ

 

   きっと現代の飛行機から見れば時代遅れなのでしょうが、見びいきかもしれませんが今でも世界に通用する美しさだと 思ってしまいます。現在の技術でこのゼロ戦を再現したらどのくらいの性能になるのでしょう。戦前の日本人の素晴らし さを再評価するために大和とともに現代に再現させてみてはどうでしょう。

是非、見てみたい!

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50年目振りの戦艦大和

2013年04月04日 | ゼロ戦・大和

  無茶苦茶懐か しいものが突然目の前に現れました。もうとっくに処分したと思っていたのですが、我が女房様が捨てるに忍びなく押入 れの奥にしまいこんで忘れていたようです。息子が掃除をしていて見付けだしてくれたのです。なんと約50年前のもの です。さすがに多くの部品が無くなっていますが結構見られるものでした。
  それはこの部屋でも第 3879回第 4748回などで何度か書いたことがある戦艦大和の模型です。それも物も金もない時代ですから殆ど 木と竹で作ったものです。小学校の頃から造りだし、何度も改修しながらラジコンで動かすようにするために何年も お年玉を貯めてやっと1万円ちょっとで買った当時一番安かった1チャンネルの確か日の出というメーカーの送受信 機のセットを買って作ったものです。出来上がったのは高校生になってからだったと思います。
  サーチしてみたら、同じような人がいました。こちらは飛行機です。ラ ジコン40年前の送受信機 

何と、あの日の出に勤めていたと言う人もいました。 ラジコンショップシ ムラモデル

お金の無い私は飛行機は飛ばすのは難しそうだし、壊れたら 大変ということを考え手を出しませんでした。ゼロ戦のスケールモデルを作りたかったのですが諦めた覚えがあります。 やはりこのころから根性無しだったようです。
 今見ればやはり荒い作りで人様に見せることができるようなものではないですが、それても結構細かく作ってい て、我ながら、良くこんなものを作ったものだと感心します。今の私にはこれだけの根気はないでしょうね。そう考 えると、私の絶頂期は高校くらいまでだったのかも。それでも未だに当時どうやって作ったかなんてことを覚えてい ますから余程入れ込んでいたようです。
  実物の200分の1の縮小で作っています。1.3mくらいですから当時としては結構大きかったつもりです が、今ではこんなものかという感じです。ということで、記念に動画を撮ってみました。

戦 艦大和の模型 

 思い出すことはあっても、とっくに処分したものだと 思っていただけにやはり懐かしいものです。なんだか、このところ、自分のことを書くことが多くなったような気がしま すが、もしかしたら、そろそろ終わりが近づいたのでしょうか。

こりゃ面白いかも!

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